漆之拾壱 天使
翌朝、朝の身支度を調えて、食堂に立ち入ると、舞花さんの大声に出迎えられた。
「凛花ちゃんは天使だったの!?」
「へ?」
予想もしなかった言葉に、当然ながら私の目は点になる。
狐だったの聞かれれば、そうかも知れないし違うかも知れないと、解答に悩むところだけど、天使は身に覚えが全くなかった。
「なんで、私が天使だなんて……」
馬鹿げたことと一蹴出来ないのは、今の容姿がそれなりに整っている上に、自分でも制御出来ているかわからない『誘惑』という要素があるからに他ならない。
加えて、月子教授によって皆の認識が一夜にして書き換えられたのを目撃したばかりなのもあって、何かの影響を舞花さんが受けてしまった可能性もあった。
疑える要素が多すぎるせいで絞れない。
ここは下手に考えない方が良いと判断して、私は舞花さんの話を聞くことにした。
「なんでそんなことを言い出したんですか?」
私の質問に対して、舞花さんはパチパチと目を瞬かせてから「え、だって、昨日の夜会ったよね」と何を言っているのといわんばかりの表情を向けられる。
「た、確かに昨日、舞花さんらしき球魂と会いましたけど……」
私が頷くと、舞花さんは「あ、やっぱり、夢じゃ無かった」と晴れやかな笑みを浮かべた。
「へ?」
思わず間の抜けた声を上げた私に、舞花さんは「舞花、寝てるとふわふわと球魂がお散歩しちゃうことがあってね。夢か、本当にお散歩しているのかよくわからない時があるんだ」と補足してくれる。
が、それと『天使』が繋がらない。
「夜にふわふわ飛びながらお散歩なんて、舞花さんの方が天使っぽいですけど?」
私は思ったままを言葉にしてみたのだけど、舞花さんはそれに対してふるふると左右に首を振った。
「だって、リンちゃん、天使の翼付いてたし」
「は?」
思わず目が点になったところで、結花さんが「マイ、それ本当なの!?」と目を輝かせる。
「お姉ちゃん!?」
舞花さんは結花さんの食いつき方に少し驚いた声を上げた。
一方結花さんは舞花さんの手を取ると「ねぇ、リンちゃんに天使の翼が生えてたって本当なの!?」と目をキラキラと輝かせる。
対して舞花さんは大きく頷いて「本当だよ!」と何の躊躇も無く頷いた。
直後、結花さんは瞬間移動でもしたのかという素早さで目の前にいて、気付いた時には私の手は包み込むようにして握られている。
「え? えぇ?」
思わず驚きの声を上げた私などお構いなしで、結花さんは「見たい!」とキラキラの目を近づけてきた。
「み、見たいと言われてもですね……」
「マイだけ、ズルイ!」
「いや、あの……私に身に覚えが無いというか……」
それが正直な私の記憶というか、認識である。
けど、自然体で舞花さんに「舞花見たよ?」と首を傾げられてしまうと、私自身でも思う程、誤魔化している発言のようになってしまった。
当然、結花さんも私の誤魔化しと捉えて「リンちゃん!」と更に顔を近づけてくる。
「あ、あのですね。結花さん、それに舞花さんも、私には身に覚えが無いんですけど……誤魔化しとかウソとかじゃ無くてですね!」
少し慌てた感じにはなってしまったので、説得力は薄れてしまっているかも知れないモノの、それが真実なので、じっと二人を見詰めて目で訴えた。
その甲斐があったのか、結花さんは私から視線を外して、舞花さんを見る。
舞花さんも困った表情を浮かべた。
私としては、身に覚えが無いから間違いじゃ無いかと思っているだけで、舞花さんを追い詰めたいわけじゃないのでどうにか助け船を出そうと思ったのだけでお、上手い言葉が出てこない。
そんな不甲斐ない私に代わって、那美さんが「二人とも、ウソを言ってないみたいだから、何かすれ違いが起きてるかもねぇ」と間に入ってくれた。
「すれ違い……」
私の呟きに対して、舞花さんは「舞花、ちゃんと見たんだけどなぁ」と呟く。
舞花さんがウソを言っているとは思えないモノの、私にも身に覚えがないので、どうしたモノかと悩んでいると、花子さんがひょっこりと顔を出した。
「お嬢ちゃんたち、この状況に丁度良いブツがあるぜ?」
闇の商売人でもイメージしているのか、普段とまるで違う口調でそんなことを言い出した花子さんが私は気になって仕方なかったが、舞花さんは違うところに食いつく。
「丁度良いブツってなに!?」
「ふっふっふ。聞いて驚け! なんと頭の中の記憶を映像として投影出来る『脳内記憶投影機』だ!」
花子さんは胸を張って、自信満々の表情で言い切った。
一方舞花さんは「それって私が見た天使なリンちゃんを皆にも見せられるって事!?」と自分に必要な情報を的確に抜き取る。
「そう、その通り! そして、今、投影機をいろいろ試しているところなので、丁度良いかなと思ったんですよ」
いつも通りの口調に戻した花子さんがそう言って微笑めば、舞花さんは両手を大きく振り上げて喜びの声を上げた。
「やった!! これで天使なリンちゃんを皆に見せられるよ!!」
舞花さんの言葉に目を輝かせて結花さんが「早速、早速、見に行きましょう!!!」と声を張る。
が、ここで、雪子学校長が「待ちたまえ」と制止を掛けた。




