漆之玖 一歩
「それにしても、なかなか研究のしがいがある仕様だね」
月子教授は興味津々といった様子でプロジェクターに食いついていた。
「わかりやすいですけど、選択に悪意を感じました!」
私の感想に対して、花子さんは「悪意なんてありませんよ! この可愛さと美しさの共存を、月子お姉ちゃんと共有したかっただけです!」と力説で返してくる。
そんな花子さんの発言に、頷きつつ月子教授は私を見た。
「確かに、今は林田くんを演じているのもあって、肌と肌の付き合いはしていなかったね」
私がもの凄い疲労感を覚えつつ「そう……ですね」と返すと、月子教授は「ふむ」と口にしてから、笑みを浮かべる。
「かつてのように、今の姿でも裸の付き合いをしてみるかね?」
「月子教授! 私はこれまで教授と裸の付き合いなんてしてませんから、誤解を招きかねない捏造発言は辞めてください!!」
そんな私の訴えを聞いた雪子学校長は、大きな溜め息を零しながら「いちいち卯木くんを揶揄わないように」と注意してくれた。
本当に心強いなと思っていたら、花子さんが「もう、お姉ちゃんばっかり、点数を稼いで、ズルイですよ!」とクレームを付ける。
対して雪子学校長はとても冷静に対処して見せた。
「馬鹿なことを言っていないで、発見したのは脳内イメージの投影以外の発見は?」
花子さんは雪子学校長の問いに表情を引き締める。
「基本的に映像の投影をメインに調べていたから、他に重大と言えるような発見はありませんね」
雪子学校長は、花子さんの言葉を受けて質問を口にした。
「重大ではないものはあると?」
花子さんは「実物との違いはいくつか確認しましたが……」と口にしたところで、私に視線を向けてくる。
そんな花子さんの言葉に、月子教授は頷きながら「折角の面白い機能が消えてしまうかも知れないね、凛花さんに聞かせてしまうと」と、同じく私に視線を向けた。
二人の視線が私に向いたところで、雪子学校長は聞き取れるかどうかの小さな溜め息を零す。
それから「卯木くん」と私を呼んだ。
「はい」
返事と共に視線を向けると、雪子学校長は「申し訳ないんだが、君が実際のプロジェクターとの違いを耳にしてしまうと、折角の機能が喪失してしまうかも知れない」と口にする。
そこで一拍おいて雪子学校長に向けて「私は席を外しますね」と伝えた。
「気を遣わせて済まないね」
「いえ、知らない方が良いこともありますから」
思わず苦笑してしまったが、頭に思い浮かべた映像を投射出来ることがどんなにスゴイことか、わからないわけでは無い。
むしろ、私が真実を知らないことで貴重な機能を維持出来るなら、賛成以外の選択肢は無いといえた。
私は一人、先ほどまで雪子学校長と月子教授と共にいた教室に戻ってきていた。
既に、二人から『はさみ』を出現させるという課題は与えられていたので、私は一人でそれに挑む。
特訓場での検分が終われば、雪子学校長がこちらに来てくれるので、それまでに成果を出したいと私は考えていた。
ちなみに、今日の特訓を終了してはどうかという意見を花子さんが提案してくれたのだが、月子教授が『私が眠ることで、プロジェクターが消滅してしまう可能性』を指摘したことで、その案は却下となっている。
代案として、その際に特訓場内の声の届かない場所で待つという意見を月子教授は提案したのだが、これは私が断った。
なぜなら、まず私自身が好奇心が抑えられなくて聞いてしまいそうなのが一つ、加えて、幼い外見の身体に引き摺られているのか、夜はあまり深い時間まで起きていられず、今も多少眠くなってきているので、座って待っていると寝てしまいそうなのが一つ……もう一つ付け加えるなら、三姉妹の輪に入れずに見ているだけというのが少し寂しい。
最後の理由は恥ずかしくて口にはしなかったが、好奇心と眠気という理由に大いに納得して貰った結果、眠気覚ましも兼ねて先ほどの課題に挑むことになったのだ。
ちなみに、特訓場を出る際に出現させたスマホには、私の視界が映し出されているので、今は私一人だけど、何かあればすぐに駆けつけてくれる手はずになっている。
まあ、山奥の学校で、人の出入りが限られているのに、何かあるとは思えないけど、心配してくれているのだと思うと、素直に嬉しかった。
先ほどまで、雪子学校長や月子教授と一緒にいたせいか、一人になって戻ってきてみると、思った以上に教室は広くてガランとしているように感じられた。
木造の校舎のせいもあって、人の気配が無いと、少し不気味な感じがする。
「い、意外に、気味が悪いかも……」
声に出してしまったせいか、なんだか教室に踏み込むのが躊躇われた。
「それにしても、何で教室の真ん中なんだろう……」
目指す『はさみ』の見本が置かれている机は、教室のほぼ中央にポツンと置いてある。
普段使ってない教室だけに、机と椅子が教室後方に寄せられ、重ねられているので、より一層目標の机の孤立感が凄かった。
とはいえ、ずっと廊下に立っているのも、私が怯えていると勘違いさせてしまいそうなので、意を決して一歩を踏み出す。
ギィ。
私の踏み込みと共に木の板が敷き詰められた床が鳴いた。
「あっぐっくぅっ」
慌てて両手を口に重ねて声が漏れるのを塞いだお陰で、悲鳴にはなっていない。
一人で夜の教室に入れないなんて思われたら、揶揄われるだけだ。
『頑張って、卯木凛花!』
心の中で自分を励ましながら、私は口に手を強めに当てたまま更なる一歩を踏み出す。
幸い覚悟していたせいか、自分を奮い立たせたお陰か、二歩目が立てた床を踏みしめる音はそれほど大きくはなかった。




