漆之陸 新目標
「月子、卯木くんは未だ不安定な部分がある。あまりおもちゃにしてやるな!」
雪子学校長の言葉に、月子教授は「そうですね」とニヤニヤ顔を辞めた。
花子さんは「私も凛花さんの反応を楽しんでしまいました」と謝罪しつつ身体を離す。
まさしく鶴の一声で状況を変えてくれた雪子学校長に、私は心強さと感謝を抱かずにはいられなかった。
「ゆ、雪子学校長」
「君もこの二人……特に月子の言葉には余り惑わされないように」
感激する私に向けられた苦笑混じりの雪子学校長の言葉に、私は「はい」と大きく頷く。
「よし」
私の返事に深く頷いた雪子学校長は、花子さん、月子教授と視線を移してから「ということだから、あまり構い過ぎるなよ」と念を押してくれた。
私の精神を操作はしないという取り決めが雪子学校長、月子教授、花子さんの三者で合意された結果、実験の方向は、私の分身術でどんなモノまで出現させられるかに焦点が移った。
「それじゃあ、このプロジェクターいってみましょう!」
花子さんの明るい声に私は頷きを返しつつ、先ほど設置されたプロジェクターを観察する。
構造や仕組みは詳しくないモノの、目の前に実機があるので、どの程度知らない状態で再現出来るかという実験を兼ねることになった。
機械に詳しい花子さんや月子教授から追加の情報を得ずに、知らない部分は私の想像で補う。
私の想像がどのような機能を付与するのかに、花子さんや月子教授はもの凄く興味が湧いているようだった。
その事にプレッシャーを覚えたのだけど、雪子学校長は「情報が欠けた状態で、実機そのものを出現させるという期待の裏切り方もあるのではないかね」と囁いてくれたお陰で、大分気持ちが軽い。
私の中にも何か余計なことを考えたりすると、失敗するような予感めいたモノがあるので、雪子学校長の言葉はとても強い支えになった。
目を閉じて、頭に思い描くプロジェクターを出現させることに意識を集中させて少し、私の身体から放たれた何かが形を作り始めた。
造形は出現させ始める前に、しっかりと目にしているので、とてもスムーズに形が作られていく。
けど、内部構造がよくわかっていないのもあって、外面が出来た途端、プロジェクターを形作る速度が急低下した。
あまりにも進んでいる感じがしないので、カンニングしているような後ろめたさがあるものの、目を開けて実機を確認することにする。
「……って、何をしてるんですか……?」
目を向けてプロジェクターを診ようとした私の視界に、真面目な顔で両手に小さな旗を持って振っている花子さんと月子教授に呆れつつ声を掛けた。
「もちろん応援だとも、なぁ花子」
「はい。凛花さんの応援ですよ」
二人揃って、にこやかに言い放たれた私は「そう……なんですね」と曖昧な言葉を返す。
すると、月子教授は出現させている途中のプロジェクターを見て大きく頷いた。
「よし、形は出来ているな。内部構造は難しいから、そこを想像するんじゃ無くて、これが映像を投影する機械だということを想像してみたらどうかな」
「それって……」
私が戸惑っていると、月子教授は「もちろんアドバイスだよ」と笑みを浮かべる。
思いがけない優しい言葉にか、林田先生の姿形で穏やかな笑みを向けられたからか、頬に熱が走った。
それを悟られるのがなんだかもの凄く恥ずかしくて、私はプロジェクターを出現させている手元に慌てて視線を移す。
「早速試してみます!」
少し強めに宣言して、意識を手元に集中させた。
月子教授のアドバイスが功を奏したのか、停滞していた変化が外面を出現させたときほどで無いにせよ、スムーズに巡り始める。
私自身は出現させ始めた時と変わらず、プロジェクターの内部構造はまったくわかっていないのに、出現させようとするモノが『映像を映し出す機械』に最適な形で形成されていっている確信が湧いてきた。
映像を投影するための機構がどうなっているのかがわからなくて悩んでいたのに、漠然と映像を映す機械を出そうと思うと先に進むところに、仕組みというか、法則のようなモノを感じる。
私は実感でそれを感じ取ったのだが、月子教授は思考でそこに至っているのだとすると、素直に凄いなと思うしか無かった。
多少……いや、かなりのマッドサイエンティストな月子教授は、その分実力も確かということは間違いないと思う。
ともかく、あと一歩で出現させられるという感覚に従って、私は最後の一押しとばかりに意識を集中させた。
「これはスゴイ機能ですよ、凛花さん!」
ニコニコと声を弾ませていう花子さんに、私は苦笑するしか無かった。
何しろ出現させたプロジェクターには大きな欠陥があったのである。
お掃除ロボットの件があって意識していた電源やスイッチは本物と同じような形で再現出来たのだけど、私は肝心なことを失念していた。
プロジェクターで映し出す映像の送信方法がまったく抜けてしまっていたのである。
そして、試行錯誤の結果、花子さんの絶賛を受けることになったのだった。
 




