漆之肆 二人のコーチ
「イメージの固まっているモノに、無理矢理能力を付与するのは難しいみたいだね」
月子教授は私の出現させたラジコンの車を動かしながら感想を漏らした。
ぱっと見遊んでいるようにしか見えないが、こう見えて月子教授は真面目に検証中なのである。
検証内容は、車のラジコンに空を飛ぶ機能を付与する実験だ。
ドローンのように飛ぶ車のラジコンというオーダーで出現させたのだが、車としての動きはちゃんと出来るのに、付与したはずの空中いうを飛ぶ機能は発現していない。
「車のおもちゃが飛ぶわけは無いですよね」
私の呟きに、月子教授が「あー、それだね」と指をさして来た。
訳もわからず、ほぼ反射で「えっ!? それですか?」と反応した私に、月子教授は深く頷く。
「凛華さんが、頭のどこかで車のおもちゃは空を飛ばないと思っているから、能力の付与が出来なかったんだろうね」
とても納得出来る見解に、私は思わず「なるほど」と口にしてしまった。
そんな私を見ながら、顎に手を当てた月子教授は「ひょっとすると、お掃除ロボットの方も駄目かも知れないね」と呟く。
「ダメ?」
首を傾げた私に、月子教授は「検証したいから、もう一度お掃除ロボットを出してみてくれるかな?」と注文を出した。
「は、はい」
疑問に対する答えは欲しかったものの、月子教授の検証結果を聞けば、解消出来ると判断した私は、指示通りに『お掃除ロボット』を改めて出現させる。
直後、月子教授が躊躇無く「AIくん! お掃除をして!」と指示を飛ばした。
しかし、その声に反応したのは、一つ前の『お掃除ロボット』だけで、新たに出した方は何の反応も示さない。
同じモノを出したはずなのに、違いが生じたという事実に私が戸惑っている間に、月子教授は次の行動に出ていた。
新しい方の『お掃除ロボット』のスイッチを押したのである。
すると、先に動いていた『お掃除ロボット』の様にブラシを下部から出して回転させた新たな方もお掃除を開始した。
「さて、凛華さん、この状況から導き出せる法則は?」
月子教授の問い掛けに懐かしいモノを感じつつ、私は私なりの考えを示した。
「私の認識が変わると、出現させるモノに即座にフィードバックされます」
「その通り……なのだけど、ソレは単に事実だね」
月子教授の言葉に、私は頷く。
何しろ、月子教授は法則を導き出せと言っていたのだから、状況をただ事兄しただけの私の発言で『優』や『良』が出るわけが無かった。
それどころか『可』だってあやしい。
なので、私はレポートの加点を狙いに行くことにした。
「出現する物体は、私のイメージや認識によって自動的にアップデートされることは間違いないです」
私の言葉に対する月子教授の軽い頷きは、続けて良いということだろう。
少なくとも月子教授の意図からは外れていないはずだ。
「根拠は、お掃除ロボットの起動が、私が商品情報を知る前と後で、音声認識からスイッチ式に切り替わっていることです」
月子教授は「いいですね。では、こちらは?」と頷きつつ、手元に握っていたラジコンのコントローラーを振ってみせる。
私は一度頷いてから、まずラジコンについての事実を上げた。
「ラジコンへの能力の付与についてですが、この車のラジコンに飛行能力を持たせて出現させようとしましたが、出来ませんでした」
ここまでは単に事実なので、月子教授は頷くだけで口は開かない。
私はそのまま推測を言葉にした。
「これは、私の認識の問題かも知れません……その、車が飛ぶわけが無い……という……」
少し自信が無かったせいか尻つぼみになってしまった私の推測に、月子教授は「ふむ」と呟く。
それから、私へ視線を向けて「知識を得ることで、自由な発想が束縛されてしまう顕著な実例というわけだね」と月子教授は苦笑して見せた。
ここで、一歩引いていた雪子学校長が口を開く。
「月子、私は機械に関しては疎い。今の現状から考えると、分身能力の発展、物質化、具現化の能力開発は、月子が担当した方が良いのではないか?」
ソレを口にした雪子学校長はかなり真面目な顔をしていて、月子教授も真剣に検討しているようだ。
私としては、私の気付かないところを指摘してくれる二人のどちらも心強い。
今回のような機械を出現させる方向は、月子教授が得意かなとは思うけど、雪子学校長は狐や人の出現など生物を出現させる方に長けているのだ。
はやく分身『林田京一』を完成させたい私としては、雪子学校長と生物の具現の方をメインにしたい。
そう思って結論を待っていると、話し合いを終えた月子教授が良い笑顔で私を見た。
嫌な予感を感じつつ、向けられた視線の意味を問うために「何でしょう、月子教授」と尋ねる。
「私がこちらに滞在出来る間は、雪姉と交代で君の指導をすることにしようと思う」
意外に普通な結論に、私は「そうですか」と受け入れを示すために頷いた。
が、ここで話が終わらないのが、月子教授らしいと言うべきか、とんでもないことを口にする。
「というわけで、今日は私の担当日にしたので、早速君の記憶を弄らせて貰えるかな?」
これが嫌な予感の原因だと悟ったモノの、言っていることが無茶苦茶すぎて飲み込めなかった。
「なにを……言って、いるの……ですか?」
ぐるぐると頭が回るような混乱を感じつつも、どうにか絞り出した言葉に、月子教授は「何、簡単なことだよ」と言う。
「君が知っている家電の知識を精神操作で忘れさせたら、現実には無い機能を有した機械を出現させられると思わないかい?」
その質問の私の答えは『思う』だけど、その為に記憶を弄られたのではたまったモノではないので「思いません!」と切り返した。




