漆之参 可能性
「ほら、ここがスイッチだが、凛花さんのモノは押せないだろう?」
月子教授はスクリーンに映し出されたお掃除ロボットの詳細映像と対比させながら、私の出現させたものとの違いを指摘した。
商品説明の夜と、そこにスイッチがあり、ここを押すことで、電源が入るらしい。
なるほどと思いながら、スクリーンと私の出現させたモノを見比べていると、月子教授が新たな質問を口にした。
「ところで、凛花さんはこれを出現させる時に、電源については考えたかい?」
月子教授にそう聞かれて、出現させた時の事を思い返したが、正直、お掃除ロボットを出現させようという意識ばかりで、電源だとかスイッチだとかまではまるで考えていなかったと思う。
ここで見栄を張ってウソを言っても意味が無い……どころか、正確な現状把握を疎外するだけなので、素直に「出現させることばかり考えていて、電源とか、動力はまったく考えていませんでした」と告げた。
私の答えに、月子教授は「なるほど」と口にしてから、新たな質問を投げ掛けてくる。
「では、これはどうやったら動くと思う?」
「え、あの、スイッチがあるんですよね?」
「そう、この映し出されている商品にはスイッチがある……が、この説明を目にする前はどうかな?」
「どうって……」
「スイッチの事は頭が回っていなかっただろう?」
月子教授の指摘に、私は「それは……その通りです」と恥ずかしく思いながらも、事実なので頷いた。
コンコンと私の出現させた物体のボディを指で叩きながら、月子教授は「でも君はこれをお掃除ロボットとして出現させている」と言う。
お掃除ロボットのつもりで出現させたのは事実なので、私は素直に頷いた。
「と、すればだ、これは動くはずだ」
月子教授の言葉にはまったく揺らぎを感じない。
つまりは、確信を持って断言したということだ。
そう確信した私の目は、自然と自分が出現させた物体へと向かう。
丁度、お掃除ロボットに私の目が向いたタイミングで月子教授は「では、これを動かすにはどうしたら良いのか……少なくとも君の知らなかったスイッチではない筈だ」と言い切った。
月子教授の発言に促されるまま、私は出現させた時のお掃除ロボットのイメージを思い返す。
そして、思い至った。
「あ……ひょっとして……」
私はとても小さな声で呟いたというのに、月子教授は聞き逃さない。
「何か思い付いたことがあるようだね、試してみたまえ」
ニコニコとしながら、月子教授は手にしていたお掃除ロボットを床に置いた。
思い付いた方法は少し恥ずかしいので、躊躇いがある。
が、この状況で、恥ずかしいから嫌だというわけにも行かず、私は目を閉じて長く息を吐き出すことで気持ちを整えた。
そして、目を開けるなり勢いで思い浮かんだ起動方法を実行に移す。
「AIくん! お掃除をして!」
私の声が響いた直後、床に置かれたお掃除ロボットは見事に駆動音を立てて動き出した。
かつてテレビ番組で見た時のように、お掃除ロボットは下部から出したブラシを高速回転させ始める。
そのまま床の上をのろのろと動き始めたお掃除ロボットを見ながら、月子教授は「なるほど」と手を叩いた。
「音声認識か……これは凄いな」
月子教授の言葉に揶揄うような気配は感じられない。
むしろ、感心しているように聞こえた。
私にはその反応がどうにも信じられず「スゴイ……ですか?」とつい尋ねてしまう。
すると月子教授は子供のように表情を輝かせて、私に近づき力一杯肩を叩いてきた。
「君は自分の凄さがわかっていないな!」
「でも、ロボットだから、声で動くとか……」
そこまで言って、私は『もの凄く子供っぽい発想だ』という言葉を口にするのが恥ずかしくて、言葉を途切れさせてしまう。
けど、月子教授の考え方は私とまるで違っていた。
「良いかい? 君は本来スイッチで動く機械を、イメージでカスタマイズして、声で動く機械として出現させたということなんだ!」
興奮気味にまくし立てる月子教授に、私は気圧されてしまったが、その言葉が止まらない。
「つまりだね。想像力があれば、本来とは違う機能の……いや、ひょっとしたら、存在しない道具や機械を出現させられる無限の可能性が、君の物質化能力にはあるということなんだよ!!」
自分が想像よりも凄いことをしていたこと、そして、更に凄いことが出来そうだという事に、頭の整理が追いつかず身体が硬直してしまった。
「……ただ機械を再現して出現させる能力では無かったんですね……」
花子さんの驚きの感情が詰まった呟きに、月子教授が「スマホや扇風機、テレビに、パソコン……凛花さんが使い方や構造を知っている機械で、物質化の能力を試していたら気付かなかったかも知れない事実だね」と呟いて雪子学校長に視線を向ける。
「能力開発に長けている雪姉の指導だけはある……流石以外の言葉はないね」
月子教授の手放しの賞賛に対して、雪子学校長はまんざらでも無い表情を浮かべて「ま、まあ、あたりまえだわ?」と頷いて見せた。




