陸之拾伍 答え合わせ
「……教授」
自分でもわかる程声が震えているのがわかった。
対して林田先生は、私を見詰めたまま、何の反応も返さない。
そのままどこか胸をざわつかせる沈黙が訪れた。
刻一刻と時間だけが過ぎていく中、林田先生は何のアクションも見せない。
気持ちだけが焦れていき、何か追加で口にすべきだろうかと考え始めたタイミングで、林田先生が口を開いた。
「なぜ……いや、誰のことですか?」
切り返された言葉に多少の違和感はあるものの、一般的に『教授』といえば役職であり、あだ名まで含めたら、該当する人間は無数にいる。
私の目線で『教授』といえば、あの人だというだけの話だ。
「私の言う教授は……あの人のことです」
「あの人?」
聞き返されて、私は得体の知れない怖さに、背筋が凍るのを感じる。
あの人以上の情報が頭に浮かんでこないのだ。
小刻みに震える右手を左手で掴んで、震えを止めつつ、林田先生に問い掛ける。
「……あの人……教授についての意識を書き換えましたね?」
林田先生は私の問いに対して「さて」とだけ答えて口を閉ざした。
これ以上は何も言うつもりは無い。
私には林田先生がそう言っているように思えてなら無かった。
ならば、引き下がるのかと言えば、答えは否である。
現状、私の口にした通り、林田先生が意識を書き換えたのなら、確実に教授が林田先生ということだ。
書き換えられた記憶を修復してさえしまえば、私は真実にたどり着ける。
そう考えると難解な推理に挑む闘志が沸き起こってきた。
現状、私の頭には教授と呼んでいた人物がいた記憶以外は朧気で、もやが掛かっているようだった。
名前も、容姿も、思い出せない。
それでも私が教授に対して恩を感じているからか、この学校の教員の職を紹介していたことは私の中に深く刻まれていた。
ずっと、教師になりたくて、なる機会に恵まれなかった私に、チャンスをくれた教授に対する感謝は大きい。
結果的に、卯木凛花の姿になるという予想外はあったし、その結果として林田京一として教壇に立つには、分身を上手く使いこなせるようにならなければならなくなってしまった。
まあ、この姿になった時、雪子学校長からは『放禍護』に拘わらず、教員の仕事を続けてもいいと、別の選択肢を示して貰っていた上で、私自身が選んだ結果なので、教授のせいでは無い。
そう考えると、何故教授が林田先生に成り代わろうとしているのが謎だ。
新学年が始まったばかりで、新たな教師の赴任は避けたかったのかも知れない。
が、産休や育休、怪我や病気療養で、臨時採用ということもあるので、林田京一である必要は無いのだ。
にも拘わらず、林田京一として教授がここに来たのは、林田京一の容姿である必要性があるということになる。
考えられるかのうせいとして、私と林田京一が別人だと皆に印象づけるためというのが思い浮かんだ。
かなり私に都合の良い解釈だけど、未だ分身操作技術を実用レベルまでは扱い切れていない私に代わって、林田京一を演じてくれているのではという可能性である。
私の身代わりを務めてくれているのならば、当然、林田京一の姿でなければならないワケだ。
納得は出来るし、理にも適っているけど、あまりに自分に都合の良い考えに思わず苦笑してしまう。
真相かどうかを確かめたかったし、他の理由も浮かびそうに無かったのもあって、私は率直に聞いてみることにした。
「教授……私の為に、林田京一を演じてくれているんですか?」
「その発想、自意識過剰じゃ無いかね?」
林田先生はそう言って溜め息をついて見せた。
その口調と素振りが、雪子学校長に凄くよく似ている気がする。
思わず「雪子学校長?」と声に出すと、林田先生は「なにを……いっているんですか?」と私の普段に似せた口調で切り返してきた。
けど、私の振りをしてくれているのだから、口調は私に似せているはずなのだが、それが何故か花子さんの話し方を真似ているように聞こえる。
「雪……花?」
そう呟いた直後、私の頭に一人の名前が突然浮かび上がった。
「月子! 緋馬織月子」
その名を口にした瞬間、林田先生の姿が光に包まれ、その身を包んだ光が霧散し、一人の女性が姿を見せる。
「……年上の女性を呼び捨てというのはあまり感心しないなぁ、お嬢ちゃん」
ニヤリと口角を上げて、そう言い放ったのは、私が『教授』と呼んでいた恩師『緋馬織月子』だった。
「今は、確かにお嬢ちゃんかも知れませんけど……」
不満そうに私がそう言えば、月子教授は「そうか」と笑みを深める。
「以前と同じく、青年と呼んだ方が良いかな?」
「……それは辞めてください。一応今は卯木凛花なので」
なんだか懐かしさを感じて、思わず胸がジンとしたタイミングで、月子教授は平然と急所を突いてきた。
「そう言えば、君、今の自分を示す時に、女の子、少女、女子という表現を極力避けるよね」
実際、言わないように言い回しを考えているので、そんなことは無いと突っぱねることも出来ず「うっ」と声を詰まらせてしまう。
それは当然認めたも同然なので、月子教授は「諦めて受け入れてしまえ。何なら意識を上書きしてやろう」とニヤニヤとしながら言い放った。
 




