陸之拾 ノイズ
「希少性については認識して貰えたようだね」
林田先生の言葉に、私は素直に頷いた。
「理解が早くて助かります」
笑みを交えて放たれた林田先生の言葉は、これまでのどの言葉よりも本心が含まれているように響く。
多少の労力を惜しんで、問題を大きくする恩師の『教授』を連想しながら、私は林田先生に尋ねた。
「それで、希少性はなんとなくわかりましたけど、それが私たちの意識を塗り替えるのとどう繋がるんですか?」
林田先生は本当にウンザリという表情を浮かべてから「そこも推論で埋めてくれると助かるんですがね」と言う。
私は満面の笑みを顔に貼り付けて「誤認するのは危険な状況ですので、キッチリと説明してください」と要求した。
林田先生は私のっ言葉を聞くなり、うんざりといった様子で表情を曇らせる。
その林田先生の見せた反応に、僅かな心地よさを覚えつつ、私は更に踏み込んだ。
「早く終わらせたければ、全て包み隠さず話した方が、早く終わると思いますよ」
私の言葉に林田先生は苦笑を浮かべながら「まあ、確かに」と頷く。
「簡潔に言うと、君の二重生活が問題視されたんですよ」
「え?」
想像もしていなかった内容に、一瞬思考が止まってしまった。
林田先生は、そんな私を気にすることなく自分のペースで言葉を続けていく。
「卯木凛華と林田恭一の両立、一人二役、純粋に『神格姿』を研究する人間からすれば、実に興味深いケースであるワケですが、防災や減災を目指す人間にとっては、余計なノイズと認識されました」
そこで一旦言葉を止めた林田先生は私を見た。
これで推測が立っただろうと問うような眼差しに呼び起こされるように、急に思考が回り出す。
わかるわけが無いという憤りが原動力になった気がするが、声を荒げたところで推測や情報収集が進むわけではないので、努めて冷静に話の先を求めた。
「ノイズ……って、どういう意味ですか?」
面倒くさそうに目を細めた林田先生をじっと見詰めて、私には引く意思がないことを示すと、諦めたように説明を再開する。
「要は君が卯木凛花であり、林田京一である為に、どちらの時に知り得た情報か判断に迷ったり、それぞれの立場での意見を考えなければいけなかったり、人一人分余計に考える必要がある上に、それぞれが独立している演技もしなければならないという……きみが、ただの卯木凛花であったなら生じなかった思考や行動が、ノイズ……余計なモノと感じる面々がいるということだよ」
私は林田先生の言葉に、素直に納得してしまった。
確かに、私が二人の立場を分身を使って成り立たせようとすることや、どっちが聞いた話だったか、林田京一ならどう考えるか、といった思考や行動は私が林田京一で、同一人物だと明かしていれば生じなかった問題といえる。
もしくは、完全に林田京一であることを諦めて、彼は何らかの事情でこの場所を離れたとしていた場合も、二重生活は発生していなかった。
私から見ても、私のわがままなので、防災や減災を担当する面々が、それを余計なモノ、ノイズとする気持ちは残念ながら理解出来てしまう。
そして、そこがわかると、林田先生が皆の意識を塗り替えようとしたいとも推測が立ってしまった。
「始めから……生まれた時から、私は卯木凛花という存在だったと、私が認識してしまえば、少なくとも、私は林田京一としての立場を考えたり、存在を維持するために分身で身代わりを立てたりはしない……と」
私のまとめに林田先生は「ノイズを根元から遮断出来るというわけです」と何度か軽く首を上下させる。
正直、合理的だなとは思う……けど、確かにわがままだとは思うけど、ノイズ呼ばわりされるのには正直納得がいかなかった。
なので、少し荒い口調になってしまったが、林田先生に質問をぶつける。
「それでどうするんですか?」
「どうするとは?」
瞬きをして首を傾げる林田先生に、多少イラッとしたモノの、私の言葉不足もあるので、ここは言葉を補うことにした。
「私が林田先生の説明を受けて、それでも意識の塗り替えを望まなかったらどうするんですか?」
林田先生は私の言葉に「ああ」と大きく頷く。
それから実にあっさりとした口調で「特に、何もしません」と言い切った。
「は?」
思わず一音しか声に出なかったのは、返答があまりにも予想外だったからである。
少なくとも、私は林田先生と揉めることも視野に入れていたので、簡単に引き下がられてしまったことに戸惑った。
「まず、意識の塗り替えが認識されてしまった以上、凛花さんの受け入れがなければ、もうこれ以上の能力の行使は出来ません」
林田先生はそういったが、私はそうは思わない。
だから、真っ直ぐ「本当は強制的に行使することが出来るんじゃないんですか?」と問うた。
対して林田先生は「もちろん出来ます」とあっさり認める。
その手の平返しの早さに、もの凄い不信感が湧いてきたが、それは林田先生の続く言葉で一瞬にして増殖を止めた。
「しかし、強制的に行使した場合、拒絶反応が起こり精神、記憶……場合によっては身体、そして特殊な能力にまで影響を及ぼす可能性があります」
林田先生の言葉を聞いた瞬間、私の脳裏に浮かんだのは『希少』という単語、何故彼が冒頭でそれに触れたのかが、納得を持って私の中で一つに繋がる。
「……つまり、強制的に意識を変えた場合、希少な私の能力が失われる懸念があるから、手を出さない……ですか……」
私の言葉に林田先生は久方ぶりの笑みを浮かべて「ご明察」と口にした。




