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放課後カミカクシ  作者: 雨音静香
第壱章 教師赴任
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壱之拾肆 不意に訪れた不穏

 問題集を解いていく子供達の質問に答えながら、鉛筆の動きで進み具合や悩み具合を確認して、僕は指導用に用意したノートにメモを書き込んでいた。

 特に指示を出していないお陰で、解き方からもそれぞれの性格がうかがえる。

 黙々と最初のページから順番通りに問題を解く、東雲くんと志緒さんはまさしくオールラウンダーといった感じだ。

 結花さんは算数が得意らしく、猛烈な勢いで問題を解いているが、他の科目は未だ手を付けていない。

 一方の舞花さんは、算数が苦手らしく、学年が上がり計算が複雑になると四苦八苦していた。

 それでも、一生懸命一つ一つ問題を解いている。

 結花さんの発言によると、舞花さんは国語が得意で算数は苦手らしく、結花さんはその逆とのことだ。

 つまり、結花さんは得意な科目から、舞花さんは苦手な科目から挑んでいる。

 こんなことでも性格は出るのだなぁとしみじみ感じてしまった。

 残る那美さんは、一応最初からゆっくりといている。

 ただ難しい、解けない問題に出くわすと、一旦手を止めて他の科目に移り、そちらを進めるという方法をとっていた。

 自分なりのペース、やり方で、でも全部を終わらせようとしてくれているのがとてもよく伝わってきて、つい応援したくなる。

 まあ、贔屓になってしまってもいけないので、僕の方からは声を掛けず、質問が来るのを待ちながら子供達の様子を覗っていると、参観している雪子学校長と目が合った。


「あの、どうかされましたか?」

 歩み寄って子供達のじゃまにならないように、小声で話しかけると、雪子学校長は「安心しただけだよ」と言って僕の背中を叩いた。

 身長差があるので背中と言うよりは腰だったけど、激励してくれたんだと思って素直に感謝する。

「ありがとうございます」

 直後だった。

 教室にいる僕以外の全員がピタリと動きを止めたのである。

「え?」

 思わず驚きで、僕の喉から勝手に声が漏れた。

 しかし、その場の誰も、子供達はもちろん、雪子学校長も、花子さんも僕に反応をしない。

 その以上とわかる状況に、僕が混乱していると、問題集に向かっていた子供達が素早く立ち上がった。

「林田先生。すまないが今日の授業はここまで、ここからは『放課後』だ」

 いきなりそう雪子学校長に言われて、慌ててそちらを見れば、かなり真剣な表情と出くわす。

 その表情だけで、冗談じゃないのだと、僕は雪子学校長の言葉を受け入れるしかなかった。

 一方、花子さんは教室の扉を開き、着物姿とは思えない軽やかな動きで、そのまま教室の外に駆けだしていく。

 それに対して僕が反応するよりも先に、東雲くんがその後に続いて教室を飛び出した。

「キョーイチセンセー、放課後が終わったら、またね!」

「行ってきます」

 結花さん、舞花さんが言うナリ僕の横を駆け抜けて行く。

「問題集、帰ってきたら頑張ります!」

 これまで通りの真面目な志緒さんらしい言葉も、早口なのと本人が駆けだしているせいで、相当焦っているという印象を受けた。

 続く、那美さんの声は「また~~」とのんびりしたものだが、その動きはおっとりさの欠片もない程俊敏で、やや先行していた志緒さんにあっという間に並ぶ。

 何が起こったのかまるで理解出来ていない僕に、この場に唯一残る形となった雪子学校長が声を掛けてきた。

「既に君も実感しているとは思うが、この学校はとても特殊な学校だ。君のこれまでの教師としての職務に対する真摯な態度は、尊敬と賞賛に値すると私は思う。そして、君がこの学校に赴任したのは、運命という導きだと確信した上で敢えて言っておく」

 スラスラと決まったセリフをなぞるように、そこまでを口にした雪子学校長の雰囲気が、急に変わる。

 これまでの子供然としたほんわかした空気ではなく、何かを積み重ねてきた人しか持たないような一種の迫力のような物を纏ったのだ。

 その瞬間、僕はこれまでどこか半信半疑……いや、()の部分が多かった学校長という肩書きに確からしさを強く認識する。

 そんなことを感じていたせいで、身動きも取れず、ただ無言のままでいる僕を見詰めながら、雪子学校長が指示を下した。

「君はこの教室で待機するか、自室で授業の準備を進めておいてくれたまえ」

 いつの間にか、プレッシャーを感じる気配も霧散させて、子供のその者の無邪気な笑みを浮かべて雪子学校長は笑っている。

 僕はそんな雪子学校長の変化に飲まれて、素直に頷いてしまった。

 雪子学校長は僕が頷いた直後、くるりと踵を返して、自らも駆け出そうとして、そこで足を止める。

「ついてきてもいい。だが、命を懸る覚悟と、これまでを捨てる覚悟がないなら辞めておきなさい」

「それはっ」

 どういう意味かと問う前に、雪子学校長は教室の外へと走り出してしまっていた。

 木の廊下を駆ける足音が瞬く間に遠ざかっていく。

 僕はその足音を聞きながら、即決出来ずにただ呆然と立ち尽くすことしか出来なかった。

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