伍之参拾弐 誘惑
「告白って……」
「私、リンちゃんが特別好きになっちゃったからね」
シレッと返してきた那美さんの発言に、私は頭が真っ白になって固まってしまった。
正直、京一時代を通じて『告白』なんて縁が無かっただけに、その時点で私には扱いに困る内容である。
じっとこちらを見詰めたまま動きを見せない那美さんに、どう対処したら良いかと真剣に考えているのにまったく案が浮かばなかった。
何のリアクションも出来ずに固まった私を、興味深そうに見ていた那美さんだったが、笑みを深めるとズイッと距離を詰めてくる。
「あ、でも、リンちゃんが女の子同士でもいい人なら……」
パチャパチャと水音を立てて近づいてきた那美さんの体が、私の肌に密着した瞬間、私は「ちょっちょっと待ってくださいっ!」と慌てて止めに入った。
が、那美さんは少し悲しそうな顔で「やっぱり、嫌?」と聞いてくる。
私は那美さんを悲しませたいわけではないので、ブンブンと左右に必死に首を振った。
「いや、嫌とかそういう事じゃ無くてですね!」
「じゃあ、いいんだぁ」
嬉しそうな那美さんが、お湯の中で指に指を絡ませるようにして、手を繋いでくる。
私はそのまま流せるわけにはいかないと「那美さん!」と強めに名前を呼んだ。
「なぁに、リンちゃん?」
「あ、あの、雪子学校長に言われている事があって……」
「雪ちゃんに?」
那美さんに頷きで応えてから、続きを口にする。
「私の『神格姿』は狐に由来しているんだけど……」
那美さんにそのつもりは無いのだろうけど、腰を折るタイミングで「ええ、狐さん姿もぉ、狐耳と尻尾の姿も可愛かったわぁ」と言われ、思わず話を止めてしまった。
が、私が話さなくては話が進まないので羞恥心を振り払って、無理に言葉を続ける。
「見た目の話は置いておいて、その狐に由来するらしいんですけど『誘惑』の能力があるかも知れないんです」
私の言葉を吟味するように「ん~~~」と唸ったあとで、那美さんは「それがどうかしたの?」と尋ねてきた。
「いや、那美さん。考えてください。その、いま、私を好きって言う気持ちは、その能力の影響かも知れないんですよ!」
那美さんは私の訴えに対して「じゃあ、リンちゃんは『誘惑』してるの?」と質問しつつ私の目を見る。
私はふるふると左右に首を振って「使ってないです!」と断言した。
「リンちゃんが『誘惑』の能力を持っていたとしても、使ってないなら問題ないんじゃないのぉ?」
そう言ってくれる那美さんには、ちゃんと伝えなければという思いで「確かに使ってはいないですけど……」と認めたところで、続ける言葉に詰まる。
那美さんは言葉に詰まった私を握る手に力を込めて「ですけど?」と続きを促してくれた。
私は軽く目を閉じて気持ちを立て直すと、止まった言葉の続きを口にする。
「私の意思とは関係なく、能力は発動しているかも知れなくて、雪子学校長も気を抜かないようにと……」
何度も視線を上下に動かし、那美さんの反応を覗いながら、そこまで話し切った。
那美さんの反応をじっと待っていると「それ、普通じゃ無いのぉ?」と首を傾げられてしまう。
「で、でも、私に自覚が無いだけで、那美さんを『誘惑』してて、その……好きって思わせているかも知れなくて……」
私の言葉を遮るように、那美さんはギュッと握ったままの手に力を込めて「リンちゃんは真面目ねぇ」と笑った。
「人を好きになる切っ掛けって、いろいろあると思うわぁ。そこには容姿に由来するものもあるだろうしぃ、匂いの可能性もあるだろうしぃ、行動や言動に惹かれることもあるでしょ? リンちゃんの『誘惑』だって、切っ掛けに過ぎないと思うんだけどぉ?」
那美さんの言葉に対して、私は何故かムキになって反論してしまう。
「それは確かにそうかも知れないですけど、私の場合は相手を洗脳しちゃってるかも知れないんですよ? それは決してやって良いことじゃないですし、それで生まれた好意なんて、おかしいと思うんです!」
私は言い切ってからハッとした。
那美さんはフォローしてくれただけなのに、私は何故感情的な訴えをしてしまったのかと、後悔の念がムクムクと私の中で大きくなっていく。
そんな私に向かって那美さんは「リンちゃんは、しょうがないなぁ」と苦笑した。
「……リンちゃん」
「は、はい」
「私がリンちゃんを好きだなって思ったのは、私の目や耳を、傷ついてる人や困ってる人に手を差し伸べ、寄り添える素敵な能力と評してくれたからよぉ」
那美さんはニコッと笑って「洗脳なら、こんなにはっきりと好きになった切っ掛けを認識出来るかしら?」と問うてくる。
私の思い描いていた『誘惑』は、暗示をすり込んで、それが事実だと思い込ませると言うモノだ。
その基準で言えば、那美さんが口にしたように、きっかけがあるのは可笑しい気がしてくる。
となると、那美さんは、『誘惑』に関係なく、私の言葉を切っ掛けにして好意を寄せてくれたということだ。
そう考えるととてつもなく嬉しいし、向けられていた好意の全てが心地よく同時に恥ずかしく思える。
未だに絡まるように握られたままの手が、肌に触れている腕や足が猛烈に熱を帯びているのを感じながらも、私はなんの行動もを起こせなかった。




