伍之参拾壱 熱に浮かされて
「あれっどうして私は、ここに!?」
「え? 私がお風呂に誘ったからだよぉ?」
チャポンと水音を立てて、私の横でお湯に浸かっている那美さんがこちらを向きながら微笑んだ。
かなり曖昧で白く塗りつぶされてしまった朧気な記憶を辿れば、お風呂に誘われてしまったことは辛うじて思い出せる。
が、その後、こうして湯船に浸かるまで、時が飛んだように思える程頭に記憶の類いが残っていなかった。
「変な話したからかなぁ……リンちゃん、ごめんねぇ」
申し訳なさそうに眉を寄せる那美さんの顔を見てると、頭を撫でたくなってくる。
普段のひょうひょうとした雰囲気とは違って、今の那美さんはとてもか弱く思えた。
「別に、私たちは仲間なんですから、助け合うのは当たり前ですから、気にしないでください」
私がそう言うと、那美さんの表情にいつもの澄まし顔というか、ひょうひょうとした雰囲気が戻ってくる。
それから、子供とは思えない大人びた笑みを浮かべて、那美さんは「ふーーーん」と言いながら目を細めた。
それから、笑みを深めて「それじゃあ、リンちゃんも、私を頼ってね」と首を傾げる。
私にはそんな那美さんの発言対して、思い切り盛大に溜め息を解き放った。
私のリアクションが想定と違っていたせいか、那美さんは目を丸くする。
ちょっとだけ湧いた優越感が心地よかった。
私は少し調子に乗ったまま「もう既にいろんなところで頼ってますよ、むしろ今更ですよ」と思ってるままをそのまま言葉にする。
が、そんな私に降りかかったのは、大量のお湯だった。
ピチャポタと顔をしたたり落ちるお湯の感触で、一瞬思考が止まっていた私は、何故そうなったかを理解する。
「なんで、お湯を掛けるんですか!?」
少し強めに抗議しつつお湯を掛けた犯人にジト目を向けた。
対して那美さんは、そっぽを向いた上で「リンちゃんが悪いんですぅ」と言い放つ。
「いやいや、那美さん。お湯をいきなり掛けたら、お湯を掛けた人が悪いと思いますけど?」
私の返しに対して那美さんは「ていっ」と言いながら更にお湯を掛けてきた。
「ちょっと、那美さん!?」
「お湯を掛けてうやむやにする作戦です!」
「な、何ですか、それ!」
「だからぁ~作戦ですぅ~」
声を弾ませながらバシャバシャとお湯を掛けてくる那美さんに対して、私も決意を固める。
「そういう事なら、負けませんよ!」
なるべく那美さんの顔に当たらないように配慮しながら、お湯を掛け替えした。
折角髪を洗って良い上げていた頭の上のタオルまでびしょびしょにした私たちは、改めて汗を流し直して湯船に戻っていた。
正直なところ、童心に返ってお湯を掛け合うのは楽しかったので、その分、恥ずかしさとむなしさが胸の内に残っている。
恥ずかしさか、お風呂に浸かってるからか、頬が少し火照ってきたところで、肩に何かが触れる感触がした。
確認のために視線を向ければ、隣でお湯に浸かっている那美さんの肩がピタリと触れている。
「那美さん?」
私が名前を呼ぶと、那美さんはこちらを見ずに「リンちゃんは自分の言葉の破壊力を自覚してくれないと困ります」と口にした。
「破壊力?」
何を指してのことかわからなかったので、そのままオウム返しに口に出すと「はぁ」と大きな溜め息を吐き出されてしまう。
その上でようやく子虎に視線を向けた那美さんは、頬が赤く染まっていて、目がいつもより潤んで見えた。
思わず心臓がドキッと跳ねるような那美さんの表情に、私は思わず息を呑む。
「本音と建て前が重なって聞こえる私にとって、それが同じ言葉だなんてそれだけで特別なのに、それが褒め言葉や感謝で一致したら、受け止め切れないの……リンちゃんも大人なら、察して頂戴!」
普段ののんびりした口調とは違うハキハキした那美さんの言葉は、その分だけ真に迫ってる気がして、私は「ご、ごめんなさい」と気圧されて謝ってしまった。
それに対して、那美さんはまたも溜め息を零す。
が、その後に続く言葉に、私は固まることになった。
「リンちゃんは、キョーイチセンセーかなぁと思ってたけど、普通の女の子にしか見えないし、違うのかなぁ?」
視線を天井に向け首を傾げながら、右手の人差し指を顎に当てる那美さんの考え事をするポーズで放たれた一言は問題てんこ盛りである。
まず、那美さんは『凛花イコール京一』を疑っていた……けど、違うかと考え始めていた。
その理由が、私が普通の女の子にしか見えないという点が、屈辱というか、もの凄いショックで、頭が真っ白になる。
「あー、ごめんねぇ、リンちゃん。流石に、男の先生と同一人物だなんて失礼だったよねぇ」
那美さんが手を合わせながらそう言うので、私は「ダイジョウブデス」と首を左右に振った。
ツッコミどころや否定したい点が盛りだくさんなのに、何をどうして良いかわからずに、私は混乱の真っ只中に放り込まれている。
混乱する私の様子に対してか、那美さんの「フフフ」という笑う声が耳に届いた。
恥ずかしいなと思ったが、身体の緊張は頑固だったらしく、身体はまったく動こうとしない。
そんな私の耳に、ポツリと、聞き間違いかと思う程小さな呟きが届いた気がした。
「リンちゃんの本当が男の人だったら、告白したかも」




