伍之弐拾弐 定まる流れ
食堂の自分の席に座ったところで、遅れて入ってきた舞花さんは、一目散に私の前にやってきた。
「リンちゃん!」
「は、はいっ」
鬼気迫る勢いで名前を呼ばれたせいで、つい返事が上擦ってしまう。
けど、私のリアクションにお構いなしで、舞花さんには私の前に持ってきた本を開いて私の前に置いた。
「これ見て! これを出して欲しいの!!」
「スターライトステッキ?」
舞花さんの指さしたページに書かれた星形のオブジェのくっついたステッキの横に書かれた名前を読み上げると、舞花さんが「そう!」と嬉しそうに頷く。
どうやらこの本は、舞花さんが好きだというアニメの資料集か何かのようだ。
「なるほど、これを参考にしたら上手くいくかも」
「ほんと!? 何かわからないことがあったら、何でも聞いて、舞花、詳しいから!」
「その時はお願いします」
舞花さんにそう告げると、嬉しそうに胸を叩きながら「任せて、リンちゃん!」と歯を見せて笑う。
そんな舞花さんの後ろから、雪子学校長が声を掛けた。
「舞花くん、わかっていると思うが……」
僅かに怒気を含んだ雪子学校長の低めの声に対して、舞花さんは「雪ちゃん、ゴメンね。お昼ご飯だよね?」と両手を合わせて謝罪すると、本を置いたまま結花さんの隣の席に移動して腰を下ろしてしまう。
「舞花さん、この本は……」
「リンちゃんに預けておくよ! リンちゃんは大事に使ってくれるって信じてるから!」
目をキラキラされてそう言われると突き返すのも忍びないし、期待して貰った以上、汚すわけにもいかないというプレッシャーが、私の肩にのしかかってきた。
とはいえ、まずは昼食なので、舞花さんが開いていたページのページ数を暗記してから本を閉じる。
作品タイトルと共に、可愛らしい衣装に身を包んだ女の子達が、華やかに描かれている表紙を見ると、ついつい微笑ましくて笑みがこぼれた。
「あ、リンちゃんも、好きなの?」
そう尋ねられて私は「可愛いなって思いました」と答える。
「じゃあ、リンちゃんも変身しよう!」
「えっ!?」
それは話の流れてとしては違和感が無い言葉だったかもしれないけど、この衣装を着る事を提案されるとは思いもしていなかった私にとっては、とてつもなく衝撃的だった。
が、そんな私を置き去りにして、舞花さんの思考は既にその先へと到達してしまう。
「というか、メンバーは6人、舞花達も6人、皆で出来るよ!」
衝撃の発言に、一番最初に反応したのは東雲先輩だった。
「ちょっと、待て、オレもか!?」
いつもより言葉が多いのが、東雲先輩の動揺を示しているみたいで、その慌てぶりを見たからか、私を固まらせていた衝撃は大分薄まった気がする。
「大丈夫、こっちの世界じゃなくて、あっちなら、まーちゃんも女の子だし、全然問題ないよ!」
東雲先輩の動揺などまったく意に介さず舞花さんは断言してみせた。
確かに理屈で言えば、舞花さんの言う通りだが、ずっと男子として生きてきた矜持というモノがそれを邪魔する。
つい最近、自分自身で体験したばかりなので、東雲先輩も納得するのにしても、大きな葛藤があるだろうなと、同情は禁じ得なかった。
だが、話の流れはそんな東雲先輩に優しくは無い。
「舞花が好きなの知ってるし、皆で何かするのも楽しそうだし、ユイは付き合うわよ」
結花さんは好奇心に満ちたキラキラの瞳を私にむけながら、少し胸を張ってみせた。
「ありがとう、お姉ちゃん! 舞花、嬉しいよ!」
「ま、まあね」
舞花さんの返しがあまりにもストレートだったせいか、少し戸惑いの色を見せた結花さんだが、前言撤回も態度を改めることもせず、少し大袈裟に頷いて応える。
こうして結花さんを味方に引き入れた舞花さんだが、続いてその輪に参加するのは志緒さんだった。
「マイちゃん、私にも出来そうな役とかある……かな?」
「あるよ、もちろん、ばっちりな役の子がいるよ!」
舞花さんの言葉に、一瞬目を丸くした後で志緒さんは「じゃあ、やってみたいな」と参加を表明する。
「劇……やってみたいなって思ってて……ちょっと違うかも知れないけど……」
志緒さんは、目線を下げて、上げる度に視線を向ける相手を変えながら、そう自分の考えを皆に伝えた。
それに頷く舞花さん達、首を振る人はいない。
「じゃあ、まーちゃんは保留として、リンちゃんも参加……よねぇ?」
おっとりとした口調でそう尋ねてきた那美さんに、私は「那美さんはどうするんですか?」と切り返した。
すると、間を置くこと無く「当然参加よぉ、面白そうだものぉ」とコロコロ笑う。
そして、そう返されてしまった以上、私の答えは決まったも同然だった。
「で、リンちゃんは?」
念押し気味の那美さんの問い掛けに、私は「ちょっと恥ずかしいですけど……やります」と頷く。
興味が無いと言えばウソになる程度には好奇心がうずくし、何より変身アイテムを出現させられるか、そしてそれが安全なのかを検証するのは、やっぱり自分の体が一番だ。
アイテムだけ出して、後は任せたと言える性格ではないので、大袈裟に言えば、頷くのは運命付けられていたということだと思う。
こうして五人が舞花さんの好きなアニメキャラの扮装に挑むことになり、結果、残る一人の意見を確かめる流れになるのは当然だった。
 




