伍之拾捌 すれ違い
「リンちゃん、イージスって知ってる?」
二時間目と三時間目の休み時間、朝からソワソワしていた志緒さんが、ようやく意を決したようで、そう話しかけてきた。
そう聞かれて、私は「えーと……軍艦のヤツ?」と首を傾げる。
私の返しが予想外だったのか、少し止まってから、志緒さんは「えっと、多分リンちゃんが考えたイージス艦の……語源? 由来……かな?」と頬に右の人差し指をあてながら返してきた。
「あー、何だっけ、女神様……だっけ?」
「うん、そうだよ!」
私が話したい方向へ進んだからか、一気に志緒さんの表情が明るくなった。
そのタイミングで、珍しく東雲先輩が会話に参加してくる。
「イージスっていうのは英語名で、古代ラテン語でアイギス。ギリシア神話で女神アテナが父ゼウスから貰った神盾のことだろ?」
スラスラと出てきた説明に私は驚きつつ、素直に「東雲先輩詳しいですね」と口にしてしまった。
すると、東雲先輩は声は出さなかったものの、口を『あ』の形に変えて固まる。
そこから数秒動きを止めていた東雲先輩は、頬を少し赤くして目を逸らしたので、何を隠したのか興味を惹かれた私は「東雲先輩?」と声を掛けた。
私の追撃に、東雲先輩は諦めたような表情を浮かべながらこちらに向き直る。
「ゲームだよ……ゲームで出てきて、それで……覚えたんだ」
それを聞いて、東雲先輩は知識の出所がゲームな事を恥じたのだとわかり、少しおかしくなってしまった。
笑い出して東雲先輩を傷つけないように気を引き締めてから、改めて声を掛ける。
「東雲先輩。それってどんなゲームなんですか?」
「……興味があるのか?」
目をパチクリさせる東雲先輩に、私は頷きつつ「今、ゲーム機は持ってないですけど、前は少しやってました」と返した。
「そうなのか……知ってるかどうかわからないけど……」
意外にも東雲先輩の上げたゲームは、私も遊んだことがあるゲームだったので、つい盛り上がってしまった。
まあ、東雲先輩の場合はリメイク版の方で、私の方はオリジナルという差はあるが、ストーリーやシステム、クセやコツなどに大きな違いは無いので、違和感なく会話は進む。
お互い会話にのめり込んで楽しい思いをしていたのだが、突然、後ろから「リーンちゃん」と声を掛けられた。
振り返って声の主を確認した私は、急に後ろから声を掛けられた理由が思い付かず「……那美さん?」と戸惑いの声を上げる。
対して那美さんは普段と変わらない笑顔のままで「リンちゃん」と私を呼びながら静かに視線を動かした。
それに釣られて視線を向けた先で、俯いてしまっている志緒さんを見て、自分がやらかしたことに気付く。
「あ、あの、東雲先輩!」
「ん?」
「また、ゲームの話をしましょうね!」
「あ、ああ」
かなり強引に会話の終了を宣言すると、東雲先輩も、何かを察してくれたようで、頷いてくれた。
私は志緒さんに聞こえないように気をつけながら、長めに息を吐き出して気持ちを整える。
それから、ドキドキと鼓動が早くなった心臓を抑えつつ、放置する形になってしまった志緒さんに声を掛けた。
「それで、志緒さん!」
「え、あ、なに……リンちゃん」
眉を『ハ』の字にして上目遣いで志緒さんに見られるだけで、罪悪感で胸が痛くなった。
「お待たせしてごめんね」
「全然、待ってなんかいないよ」
私の言葉に対して志緒さんは首を振る。
待っていない……が、待ち時間を感じなかった方では無く、東雲先輩との話の終わりを待っていなかった方にしか聞こえなくて、申し訳なさで一杯になった。
とはいえ、ここで怯んでいてはダメなので、思い切って私から踏み込む。
「志緒さんはどうしてイージスのお話をしてくれようとしたんですか?」
けど、東雲先輩との会話が志緒さんに暗い影を落としてしまっているのは間違いなく「でも……」と口にするだけで、その先を言ってくれそうに無かった。
これは腹をくくらないとダメだと判断した私は、強めに「志緒さん!」と名前を呼ぶ。
「は、はいっ」
「私は、その、体が一つしか無いので……」
そう言った瞬間分身があるじゃ無いかと余計なことが頭を過ったので、無理矢理頭を振って余分な思考を追い払った。
ただ、それは事情のわからない志緒さんからしたら奇行でしかないので「リンちゃん?」と心配の滲む声を掛けられる。
そこに反応してしまうと話が進まないので、ここは敢えて無視をして自分の話を進めることにした。
「えーっと、その、私は一人しかいないから同時に二人の話を聞くことが出来ません。ついゲームの話題が出て東雲先輩と盛り上がってしまったけど、志緒さんを蔑ろにする気は無くて……だから、本当にごめんなさい」
私の考え、気持ち、場の流れ、いろんな要素はあったけれど、客観的にみれば、志緒さんを無視して、東雲先輩との会話を優先したようにしか見えない。
だから、許してくれなくても謝りたいと思って、私は下げた。
そんな私の中では、子の謝罪そのものが自分が楽になりたいだけじゃ無いかという疑念も湧いていて、自分の浅はかさが情けない。
自分に対する嫌悪感で一杯になりそうなところで、志緒さんは「もう……仕方ないな」と口にして苦笑を浮かべた。




