伍之拾陸 世界のルール
「良いですか、リンちゃん。もしも、リンちゃんを護って、他の皆が怪我をしたり、死んでしまったら、嫌だよね?」
「あ、あたりまえですっ!」
那美さんの問い掛けに、思わず熱が籠もり言葉が強くなった。
対して、那美さんは変わらぬ調子で「じゃあ、リンちゃんがまーちゃんに庇われて、まーちゃんが傷ついたら嫌って気持ちわかるよね?」と微笑む。
「それは……」
私はそれ以上言葉を続けられなかった。
もし自分が護る立場で無く、護られる立場だったら……もし自分が立てになって何かあった時に、護られた子がどう思うのか……それらを考えてしまったら、いざという時に動けなくなってしまう。
だから、敢えて避けてきたのだ。
わかるかと問われれば、その答えは一つしか無い。
「……わかります」
私の答えに、那美さんは大きく頷くと、じっとこちらを見詰めてきた。
那美さんはそのまま動きを止めてしまったので、私は何かしなければと言う気持ちに駆られてくる。
「で、でも、誰かがしなきゃいけない時が……」
言いながら、現実を突きつけるようで嫌だと思いながらも、これは皆より大人な私の役割であると言い聞かせて言葉を続けようとした。
が、舞花さんが言葉に遮られてしまう。
「誰かが、他の皆を護るために、盾にならなきゃいけない状況にしなきゃいいんだよ」
その言葉を耳にした私の頭に浮かんだのは、そんなに上手くいくわけ無いだった。
実際、何が起こるかわからない相手に対して、甘く見すぎだと思う。
けれども、舞花さんに続けて結花さんが口にした言葉は、現実味をまるで帯びてないものだった。
「むしろ、何があっても、皆が無事でいられる方法を準備しておけば良いじゃない」
思わず目が点になった私に、笑みを深めた那美さんが「ねぇ」と声を掛ける。
「はい」
「……リンちゃんは大人な考えをしているみたいだから、私たちの考え方や対策を甘いと思うのは仕方ないと思う」
那美さんの言葉、というよりはそのしっかりと状況やこちらの思考を把握しているという事実に、私は驚きを感じ、言葉を失う。
「確かに、リンちゃんたちが考えるように、本当にどうしようもない時は来るかも知れない……それに備えて考えを巡らせるのは、大事なことだと思うわ」
そこまで口にして那美さんは言葉を切った。
話の流れと那美さんの口調から話は続くと思う……けど、これにどんな言葉が続くのか、全然想像がつかない。
それ故に、私は那美さんが何を言うのか気になってしかたなかった。
だからいつの間にか、自分の想像よりも前のめりになっていたのだろう。
「言葉の続きがそんなに気になる?」
那美さんにそう言って首を傾げられてしまった。
少し恥ずかしいとも思ったが、隠すことでもないので、素直に「はい」と頷く。
「簡単なことだわ」
那美さんはそう言ってから「そういう事態になると考えなきゃ良いのよ」と言い切った。
「え?」
「『神世界』はイメージの影響を大きく反映する世界。常に考えていること、固まったイメージがより現実になりやすい世界なの」
那美さんの言葉に続いて舞花さんが「考えてることが起こりやすいんだよ」と続ける。
「最初、あっちの仕組みがわからなくて、火山とかあったらどうしようなんて思ってたら、本当に火山が出てきたわね」
「お姉ちゃん、それはリンちゃんには内緒にしてっていったよ!」
結花さんの言葉に対する舞花さんの反応から、火山を出したのは舞花さんなんだろうか……と、漠然と思った。
「えっと、だからね。皆を護って盾にならなきゃいけないって思えば、思う程……ね?」
志緒さんに言われて、彼女たちが『神世界』の先輩であり、自分よりもはるかに心得ている事を思い出す。
と、同時に『考えている』事で、その状況を呼び込むという考えがとても衝撃的だった。
「頭で考えたせいで、起こってしまう……ってこと?」
私の辿々しい言葉に志緒さんはゆっくりと頷く。
「だから、まーちゃんも含めて、舞花達は考えたんだよ!」
「ピンチになったらどうしようとか、危ない時はこうしようとか考えずに、いつでも皆が無事で帰って来られて当然! ユイ達は絶対無敵! ってね」
舞花さんが胸を反らし、結花さんが輝かんばかりの笑顔を浮かべた。
子供っぽい、現実を見ていない、そんな考えだと、私の中の京一は目の前の言葉を受け止めようとはしない。
でも、私はこれが正解でいいんだと思った。
小学生の頃の私は、こんな風に何でも出来ると思っていたんじゃ無いかと思う。
いつの間にか、この世は思い通りにならないものだと学んでしまったけど、これから挑んでいく『神世界』は、この世、この世界とは違うのだ。
それなら、林田京一の考え方に縛られる必要なんて無い。
子供のように自由に、自分を信じて、何でも出来ると思う方が、少なくとも『神世界』では通じるのだ。
そう思うと、なんだか悩んでいたことが馬鹿馬鹿しくなって笑いがこみ上げてくる。
笑っている私の様子に「あら?」と言って那美さんが微笑むと、笑いの輪は一瞬で皆に広がっていった。
 




