伍之拾伍 ダメ
「リンちゃん、おはよう!」
「おはよー」
「あ、舞花さん、結花さん、おはようございます」
薬が効いたのか、ぐっすりと眠れたお陰で、今朝はすっきりと起きることが出来た。
ただ、未だにあの白化して崩れ去った光景を思い浮かべると体が震える。
タイミングが悪いことに、そんな思い返しで表情が強張ったところを那美さんに見つかってしまった。
「あら、リンちゃん……悩み事?」
那美さんの問い掛けに上手く反応出来ず「えっ……と」と言葉に詰まってしまう。
とりあえず、何かを答えようと那美さんを見た瞬間、脳裏にその体が白い石像へと変貌し、砂状の粒子となって崩れ落ちる姿が浮かんだ。
「そん……ちがっ……」
脳裏に浮かんだ嫌なイメージを消し去ろうと、両手で目を覆っても、頭を振っても、効果が出ない。
それどころか、皆の目を惹いてしまった。
「リンちゃん、大丈夫?」
普段ののんびりとした口調では無い那美さんの声が耳に刺さる。
「ど、どうしたの!?」
「ちょっと、調子が悪いの?」
右肩に舞花さん、左肩に結花さんの手が置かれ、二人から心配する声が掛けられた。
「あ……え……なんでもありま……」
収拾がつかなくなりそうなのもあって、ともかく誤魔化そうと思ったのだけど、いつの間にか私の前に回り込んでいた志緒さんがしたから顔をのぞき込んでくる。
「志緒さ……」
「何でも無くないよね?」
心配そうな眼差しにわずかに怒りの色が混じって見えるのは、私が誤魔化そうとしたことに気付いてるからだと思った。
頭に浮かんだイメージは、私の不安が作り出したモノで、それを口にすれば、皆に不安を振りまくことになるのでは無いかと思うと、言わなければという気持ちと、言っても良いのかという迷いが、私の中で対峙して、判断がつかない。
そうして黙ってる私の肩が、舞花さんと結花さんによって揺すられた。
「黙っていたらわからないよ!」
「そう、どんなことでも、話してみないとわからないわ!」
順番に舞花さんと結花さんの目を見る。
二人だけじゃなく志緒さんも、那美さんも、少し距離はあるけど、東雲先輩も私を見詰めてくれていた。
皆の思いやりのある目線に応えねばと、私は意を決する。
「あの……えーと……」
と、切り出したものの、雪子学校長や花子さんと『神格姿』の特訓をしているのは秘密では無いけど、仮の出入り口の検証に関しては言って良いのかわからず、またも言葉に詰まってしまった。
そんな私に対して那美さんは「ゆっくりで良いのよー」と微笑みかけてくれる。
ただそれだけのことなのに胸がポカポカと暖かくなり、より囲んでくれている皆の顔がはっきりと目に映った。
そうして皆の顔を見ているうちに、ああ、そうか……と、納得のいく答えが頭に浮かぶ。
「私は皆を護りたい……」
あの棒のように、想像の中の那美さんの石像のように、砂粒に名って消え去るなんて事は絶対にさせたくないと、私が願い、胸に引っかかっていたモノが形になった瞬間、頭のてっぺんに強烈な痛みが走った。
衝撃の正体、私の頭にチョップを落とした那美さんが、いつもと変わらないのんびりした口調で「はい、だめーー!」と言い放つ。
痛みと言葉の二重の衝撃に固まっていると、左右から肩と腕を舞花さん結花さんの手によって支えられ、その場で立たされた。
そんな私の目の前では、どこから用意したのか、志緒さんの手で少し堅めのクッションが足下の床に接地される。
「はい、正座」
那美さんは言うなり一本だけ立てた右手の人差し指で、志緒さんによって置かれたばかりのクッションを指さした。
そこから間を置くこと無く、私を支えていた双子がタイミング良く下向きに力を加えて、そのクッションの上に私を座らせる。
何事かわからずに、助けを求めて東雲先輩を見れば、無言で左右に首を振られてしまった。
助けが無いことを悟った私の正面には、新たに志緒さんが用意したクッションに、私と同じく正座をした那美さんが座る。
そうして、向き合った那美さんと私の視線が交わると、静かに一方的な会話が始まった。
「良いですか、リンちゃん。皆を護りたいという人は、大抵、その皆に自分を入れていません」
ズバリと切り込んでくる言葉に、私は何のリアクションもとれなかった。
「ちなみに、実例はアレですよ」
ニコニコ顔で、東雲先輩を『アレ』呼ばわりする那美さんには、逆らえない凄みがある。
私はただ黙ったまま、那美さんの言葉を待った。
「ドラマやアニメや漫画の世界では、自己犠牲はよく見かけますし、美しく描かれることが多いですが、ここでは禁止です」
「き、禁止って……」
「やってはダメということです」
「そ、それはわかりますけど……」
私の返しに対して那美さんは左右に首を振る。
「わかっていません。わかっていたら『けど』なんて言いません」
「うぐっ」
鋭い指摘に、タジタジになっていると、那美さんが表情を苦笑に変えた。
「皆に傷ついて欲しくないって、この場の全員が思っていることですが……以前のまーちゃんとリンちゃんの問題点は、いざとなれば自分を盾にしようと思っていることです」
那美さんの言葉に私は「でも」と口にする。
咄嗟の時はあり得るし、禁止されたからといって、どうにかなるモノじゃ無いという気持ちで那美さんに合い対そうとしていたのに、目が合った瞬間、難しそうだと痛感した。




