壱之拾弐 発言の裏側
「よろしく、キョーイチセンセー」
「……よろしく」
「よろしくお願いします」
「しまーす」
元気な結花さん、その影に隠れるような舞花さん、丁寧な志緒さん、かなり省略してきた志緒さんと返事があって、黒一点の東雲くんは頭を下げて応えてくれた。
口数が少ないだけで、無視されているわけではないので、東雲くんは余り言葉を口にしないタイプなのかも知れない。
そんなことを考えていると、横に立つ雪子学校長が生徒達に向かって話し出した。
「お互い自己紹介は終わったようだね。皆、林田先生はこの学校について未だ詳しくないから、君たちからも教えて上げられることは教えて上げて欲しい」
すると、結花さんが「はいっ」手を上げる。
「何だね、鏑木姉」
雪子学長の呼び方に、そう読んでるのかと思いつつ、結花さんが何を発言するのかを待った。
「えっと、ゆきちゃんセンセー、教えて良い所ってどこ?」
「もちろん『放課後のこと』以外だ」
二人の妙な言葉のやりとりよりも、雪子学校長の呼び方よりも、僕はこの時『放課後のこと』という言葉に強く興味を惹かれる。
が、雪子学校長が『放課後のこと』と口にした瞬間、子供達だけでなく、花子さんを含めた全員の表情に緊張が走ったのを、僕は確かに目撃した。
直後、僕のこれまで実社会で鍛えてきた処世術が『触れるな!』と警告を発する。
何かが瞬時に崩壊してしまいそうな、不安が色濃く、気持ちが落ち着かない得体の知れ無さに、僕は素直に自分の警告を受け入れることを決めた。
なので、僕は敢えて、そこに触れずに済ますことにする。
「未だこの学校に来て二週間経ってないですから、いろいろ教えてくださいね、皆さん」
僕がそう言って頭を下げると、改めて子供達から返事が返ってきた。
「任せてよ、キョーイチセンセ!」
「……は、い」
「私の知っていることで、教えて良いことなら……」
「なら~」
先ほどと同じ調子で返してくれた、結花さん、舞花さん、志緒さん、那美さん、その後様子を覗おうと視線を向けると、それに気付いた東雲くんは軽く頷いてくれる。
「みんな、ありがとう。よろしくお願いします」
そう返しながら、志緒さんの『教えて良いこと』にも、なんだか得体の知れない怖さのようなものを感じていた。
年頃の女の子なら、体重や体のサイズなど、言いたくないとか、教えてはいけないと思うようなことがあるだろうから、特に引っかかる事なく普通に聞き流せていたと思う。
けど、事前の雪子学校長と結花さんのやりとりがあるので、それ以上の意味が含まれているんだろうと、僕の頭は考えてしまっていたのだ。
実際の所はわからないが、少なくとも僕はそこに対して引っかかりを覚えるようになっている。
大したことではないかも知れないが、危険なものを感じ取った自分の勘を、僕は信じることにした。
好奇心に任せて、探りを入れることは絶対にしないと自分自身に誓う。
少なくとも今は子供達に勉強を教えていくことを優先すべきだし、暴いたところで、僕が納得出来るだけで、変に稿を卯を起こすことが良い方向に繋がる可能性の方が低いはずだ。
気持ちが決まれば、次の行動は自然と決まる。
「それじゃあ、最初の授業に入りたいのですが、よろしいですか、雪子学校長」
そんな僕の発言が、意外だったのか、雪子学校長は少し驚いた表情を見せた。
明らかに地雷臭がするのに、僕は踏み込んだりしないんですよ!と、心の内で思いながら、雪子学校長の返答を待つ。
すると、僕が『放課後のこと』について触れない意思を見せたのが通じたのか、雪子学校長はニヤリと笑うと、とても小さな声で「いいね」と口にして、教室の全面、僕と並んで立っていた黒板の前から、花子さんが参観している教室後方へと移動し始めた。
「任せた。林田先生」
雪子学校長の言葉に「わかりました」と返した僕は、早速、教室に既に運び込んでおいた実力テストの問題を収めた箱を取り出す。
教卓の真ん中に箱を降ろすと、そこへ教室中の視線が一瞬で集まった。
どうやら興味を示してくれたらしい子供達の反応に、順調に進められているという実感が湧く。
僕は皆の視線を受け止めたまま。返答をせずに、教卓の上に載せた箱の蓋を開けた。
直後、好奇心が予想通り一番強かった結花さんが「キョーイチセンセー、それなに?」と尋ねてくる。
僕はそんな結花さんに「授業で使うものが入っています……ちなみに、僕が作りました」と告げ微笑んだ。




