伍之拾参 動画検証
戻ってきた雪子学校長は、私の顔を見ただけで、思考の過程の予測がついたらしく「少しは身にしみたかね?」と、尋ねてきた。
私は大人しく「はい」と頷く。
実際、考えなしだったと反省すべき所は多いし、この姿になってからは、今までと比べものにならない程考えが回っていないのは事実だ。
性別が変わったからか、年齢が幼くなったからか、そのどちらもかはわからないけど、ともかく以前と違うという認識と意識を持たないと、取り返しのつかないことになりかねない。
初めて『神世界』に突入して目にしたのが、こちら側の一方的な大勝利だったせいで、知らずに気が緩んでいた。
何よりも考えを改めないといけないのは、掃除ブラシの柄を綺麗に切断したのは、災いの『種』ではなく、こちらと『神世界』との繋がりが断たれたというただの『現象』に過ぎない。
戦う相手だけではなく、世界そのもの、こちらと異なる世界が相手であることを念頭に置いて、慎重に慎重を重ねなければ、どこで足を掬われるかも知れないということだ。
ほんの少し何かがずれてしまうだけで、命に関わるのだと言うことを、しっかりと頭にたたき込む必要があると、私は深く心に刻みつける。
そんな私の考えなど読み切っているのであろう雪子学校長は、私が決意と共に頷き顔を上げたタイミングで「ほどほどにな」と口にした。
「さて、先ほどまでの情報の積み重ねで、いくつか判明したことがある」
話を切り出した雪子学校長に、私と花子さんは黙って視線を向け、続く言葉を待った。
「ある程度予測していたが、やはり人工的な出入り口も『黒境』と同様に常に開いたままにはしておけないということは確かなようだ」
雪子学校長の言葉に軽く頷いた花子さんが「ただ人工の門には『黒境』との違いもありましたね」と返す。
何が違うのかまったく見当もつかなかったので、私は素直に「違いとは何ですか?」と率直に尋ねてみた。
「時間経過による変化です……人工の門の方は、徐々にくぐれる範囲が狭まっていましたが、『黒境』は最後まで鳥居のサイズはもちろんのこと、通り抜けられる範囲が変わることはありません」
「言われてみれば、確かに消える寸前まで『黒境』の鳥居が欠けることはありませんでした」
私がそう言って頷くと、雪子学校長は「先ほどの掃除ブラシのような実験として、過去に『黒境』に対して、棒状のモノで通り穴の範囲を探ったり、一部を『神世界』へ渡したまま経過を見たりと言ったことを試している」と教えてくれる。
「花子が動画資料を管理してくれているから、後ほど見せて貰うと良い」
雪子学校長に「わかりました」と頷くと、花子さんが苦笑とも微笑ともとれる曖昧な笑みを浮かべて、その動画資料の多彩さを教えてくれた。
「ロープ、糸、コード、パイプ……様々な材質のもの、形状のもの、大幣や数珠などと言った宗教由来のモノまで、様々なモノが実験に投入され、例外なく綺麗な断面を見せています」
オチの言葉と花子さんの表情からして、二つの世界に跨がって存在し続けるモノはないのだろうと、納得しかけた頭に雷のような閃きが起こる。
「……あれ?」
何かに気付いた気がして、漏らした私の言葉に、花子さんが「どうしました?」と首を傾げた。
「あ、いえ……」
そう答えながら、私は疑問の正体を懸命に探る。
「凛花さん?」
心配そうに私の名前を呼んでくれた花子さんには申し訳なさを感じつつも、疑問の真相を探り当てるための思考を巡らせることを最優先した。
そして、引っかかりの原因に思い至る。
「あの……雪子学校長」
「なにかね?」
「人工の出入り口を作るのに使った棒ってどうなりました?」
そう、私の感じた違和感の原因はこちらと『神世界』を繋ぐ道を作った道具だった。
私の考えでは、実験に使われた数々の品物と、あの道具は根本的に違う。
先ほどの掃除ブラシも、映像に映っているであろう品々も、二つの世界を繋ぐ穴に通しただけに過ぎないのに対し、球の付けられた出入り口を作り出した棒は、いわば穴をこじ開けた品物だ。
開通したトンネルに通しただけのモノと、そのトンネルそのものを掘削した道具がまるで違うというのは、的外れな考えでは無いと思う。
だからこそ、黒板から突き出た、アチラとこちらを繋ぐ穴を開けた道具が、どうなったのかが気になったのだが、雪子学校長から動画で示されることになった答えは言葉を失うモノだった。
黒板の壁、四つの棒で構成された出入り口となる四角形が全て映し出され、最後に雪子学校長の手で、切断された掃除ブラシの柄を映したカメラとは別に、四点の棒をズームして撮影していたカメラがあったらしく、それを花子さんの操作で再生して貰った。
映像を見るまでは、掃除ブラシと同じように、向こう側に取り残された部分を失って、綺麗な切断面を作り床に落下すると予測していたのだが、映像に残された結果はまるで違う。
それが、二つの世界を繋いだ穴が消滅した瞬間かどうかはわからないが、ほんのわずか、淡く発光した直後、棒は白い何かに変わり、秒と置かずに、サラサラとした細かな砂のような粒子に変わって床めがけて崩れ落ち始めた。
瞬く間に白い砂に変わり果てた棒は姿を消し『神世界』から世界を跨いで繋がっていた棒が貫いていたはずの黒板には何の痕跡も残っていない。
ほんの直前まで、棒が突き刺さった痕跡すら見られない黒板の綺麗な姿に、私はなぜだか寒気を催す程ゾッとした。




