伍之拾弐 切断
花子さんの声掛けで、自分のすべきことを思いだした私は、目を閉じて分身の解除を開始した。
繋がりにくさを感じていたせいか、全身を光る紐に変えて分散させるイメージが上手く形にならない。
ノイズが発した時に雪子学校長は口にしたように『神世界』との繋がりが不安定になっているのかも知れなかった。
それでも諦めずに解除をイメージし続けていると、ようやく変化が始まったのを感じる。
一度転がり出すと、そこから先はスムーズだった。
坂を転がり出したボールのように、意識を集中させなくても、分身が少しずつ形を失い、私へと力が流れ込んでくる感覚がする。
このまま集中を解いても、流れは変わらないという自身の元、長めに息を吐き出した。
想像以上に緊張していたらしく、それだけでも体が軽くなる。
それでも、雪子学校長からの指示は、分身を消すことで、未だ完全に消え去ったわけではないので、目を閉じたまま、自分に流れてくる力に意識を向けた。
最初の流れ始めには、大きな力の流入を感じたが、以降は安定して一定を保っている。
スマホのノイズからすると、力の流れにも影響が出るのでは無いかと思っていたが、想像以上にスムーズに感じられた。
「スマホの映像が途切れました」
花子さんの報告を受けたのは、もうすぐ分身が消えるなと感じた直後だった。
実際目で見ているわけではないので、どのように消えていっているのかわからないけど、私の中のイメージでは足下から徐々に上へと上がるように光る紐へと変化していって、最後に頭が残っていた感じがしている。
恐らくこの感覚通りに、分身は消えたはずだ。
そんな風に分身の消え方を考えていると、花子さんから次の報告が上がる。
「分身ちゃんへの接続が切れて『異界netTV』も接続先選択画面に戻りましたね……リストから分身ちゃんが消えてます」
私は目を開きながら「私の方でも、分身が消えた感覚がしました」と実感を伝えた。
「了解です。ちょっと待ってくださいね」
花子さんは私に一度頷いてから手にしたスマホを操作する。
そこから数秒後、コール音の後で、スマホから雪子学校長の声が聞こえてきた。
『無事、分身を消せたかね?』
「はい、成功出来たと思います!」
『そうか、間に合って良かった』
スマホ越しでもわかる雪子学校長の安堵感ののった声が嬉しい。
思わず緩む口元を無理に引き締めて、続く言葉を待つが、残念ながら私宛では無く花子さん宛のモノだった。
『花子。こちらの状況を撮影するから、モニターに出して、録画を頼む』
「了解です。お姉ちゃん」
二人は言葉を交わし合うと、通話を終了させる。
花子さんは私の力で出現させたスマホから引き抜いたコードを、自分のスマホに差し替えて、モニターに絵像を映し出した。
先ほど分身の目を通して見た黒板とその設置された壁がモニターに映し出される。
「正直、変化がないように……見えます、ね」
モニターの映像を見ながら、私は感じたままを口にした。
私の意見に対して、花子さんは「映像としてみる範囲では、凛花さんが言うように変わってなさそうですね」と頷く。
が、すぐに「ただ『神世界』へと繋がる穴は小さくなっているはずです」と花子さんはモニターを見たまま、言い加えた。
私も『異界netTV』の接続にノイズが走った原因は、穴が小さくなったからだろうと考えていたので、頷きで同意を示す。
すると、黒板の前に、手に掃除ブラシが握った雪子学校長が入ってきた。
雪子学校長は、こちらに視線を向けることなく、手にした掃除ブラシの柄を黒板に当てる。
何をするのかと映像に注目していると、雪子学校長はブラシの柄を横向きに滑らせ始めた。
黒板に柄を押し付けているようで、ズズッと少し抵抗があるような鈍い動きで『神世界』との出入り口を構成する四本の棒が作る長方形の中へと侵入させる。
しばらく、柄は黒板をなぞりながら移動し、長方形のほぼ真ん中に至ったところで、黒板へと沈み込んだ。
直接見ているわけでも無いので、あくまで目算だが、出入り口の大きさは30センチ四方も無さそうに見える。
ほんの少し前まで私の分身がくぐれるくらいの大きさはあったのにななんて考えていると、黒板の出入り口に挿したままだった掃除ブラシが急に床に落ちた。
「え?」
驚いて思わず近づいたモニターに、雪子学校長が落ちた掃除ブラシを拾い上げる姿が映る。
その直後、雪子学校長が持ち上げた掃除ブラシの柄が映し出された。
大きく画面に映し出されたスッパリと鋭利な刃物で切断したかのような綺麗な平面が、私の背筋を凍らせる。
何しろ、通り抜けさせたタイミングで『神世界』との繋がりが閉じてしまっていたら、綺麗な断面を見せることになったのは、私の分身だったのだ。
分身自体は体を真っ二つにされても大丈夫かも知れないけど、同調していた場合、私の精神が持つかわからない。
特にイメージの影響を受けやすいと思われる私の場合は、最悪の事態だってありえるはずだ。
自分の軽率さを実感する程、血の気が引いていく。
冷えた体を自分の手で抱きしめながら、私は一歩踏み止まる癖を付けようと決意した。




