伍之肆 衝撃
それなりに不穏感のある言葉に、私は警戒しつつ「ちょうどいい?」と雪子学校長に尋ねた。
対して雪子学校長は平然とした様子で「以前、君の誘惑について専門家を呼んだと言っただろう?」と返してくる。
「じゃあ」
「ああ、もうすぐこちらに到着する予定だ」
「そうなんですね!」
思わず弾んだ声を出してしまったことに、途中で気が付いて慌てて口を押さえた。
そんな私の動きを見た雪子学校長は「楽しみそうで何よりだ」と軽く笑う。
恥ずかしさが増したが、変に口を挟むと、より状況が悪化しそうだったので、話題を変える為に気になっていたことを口にした。
「そ、そう言えばなんですが……仮の出入り口ってどうなっているんですか?」
私の質問に対して、雪子学校長は一瞬で真顔になり「私も丁度皆の意見が欲しいと思っていたところだ」と口にして踵を返す。
そのままスタスタと歩き出した雪子学校長は、訓練場の入り口の前に辿り着くと、こちらに振り返った。
「現場を見てから続きを話そう。行くぞ二人とも」
「は、はい!」
雪子学校長に返事を返して後に続こうとしたタイミングで、花子さんが「待ってください」と口にする。
「どうした、花子?」
「私と凛花さんはここに残ります」
「へ?」
花子さんの意図が読めず、間の抜けた声を上げた私と違い、雪子学校長は「わかった」と理解した上で了承した。
一人蚊帳の外に放り出されてしまった私は、思わず花子さんと雪子学校長の間で視線を行き来させる。
そんな混乱する私に、花子さんは「テストの続きですよ」と告げた。
「続き?」
「お姉ちゃんには分身ちゃんに同行して貰って、私はここでスマホの機能の検証、凛花さんは分身ちゃんの操作に集中という役割分担です」
かなり丁寧に説明をしてくれた花子さんに「なるほど」と頷いて、分身に駆け寄る。
意識してなかったせいで、制服姿で出現させてしまった分身に触れ、その服装を私と同じ運動着スタイルに変えた。
「もう、お着替えは、手間取りもしませんね」
花子さんの言葉に対して、頷きつつ「コツが掴めたなって言う自覚があります」と返す。
「この調子なら、ファッションショーはいつでも開催出来そうですね!」
「……」
満面の笑みで放たれた花子さんの発言に、私は言葉を失った。
そんな私にも、花子さんは容赦が無い。
「舞花さんも、結花さんも、那美さんも、志緒さんも、今晩はデザイン画を描くって張り切ってましたよ」
そこまで言ってから私の両肩に手を置いて「これは逃げ道はありませんね」とニコニコしながら言い放った。
当然これに否定の言葉を返すことは出来ず、かといって肯定するのには抵抗があって、またも私は返す言葉を失ってしまう。
そんな私と花子さんのやりとりに、終止符を打ったのは雪子学校長の呆れ声だった。
「花子、いつまでもじゃれてないで検証に入るぞ」
「はーい」
「それじゃあ、分身の体を動かしますね」
私はそう宣言すると、花子さんが用意してくれた柔らかなクッションに体を預けて、分身へ意識を移した。
既に服装は元々の私と同じなので、肌に触れる衣服の感触は大きく変わらないが、柔らかなクッションに座っている本体とは違い、分身は板の床と壁を背にしているので、その点で感覚の主体が本体から分身に切り替わったのを実感する。
分身の目を開いた私は、予想通り直近にあった花子さんの顔を両手で包み込むようにして退けた。
「はにをふるんでふは」
「何をするんですかって、花子さんの顔が邪魔だから、退けただけです」
「ほんなひほひ」
「酷くは無いですよ。予め心の準備をしておかなかったら吃驚してました」
私は立ち上がるのに邪魔にならない距離まで花子さんの顔と体を押し退けてからゆっくりと立ち上がる。
「それは、つまり私の心と凛花さんの心が通じ合っていたと言うことですね!!」
「なんで、そういう結論になったのかわかりませんが、雪子学校長も待ってますし、スマホのアプリを起動させてください!」
私の返しに、花子さんは「え、冷たくないですか?」と言いながらも、私が出現させたスマホを操作し始めた。
「花子さんのペースに呑まれると、話が進まなくなるって学んだんです!」
「そうですねぇ~凛花さんと遊ぶのは楽しいですけど、凛花さんの寝る時間が遅くなるのはいけませんからね。残念ですが検証に集中しましょう」
のんびりとした口調に反して、スマホを操作する指に迷いは無く、私と雪子学校長ではあり得ないスピードで、メニュー場面に辿り着いたらしい。
「これで名前を選ぶと視界を繋げるわけですね」
花子さんが向けた画面には、この場の三人だけで無く、舞花さん達子供達の名前、それから『卯木凛花(分身)』が黒文字で列記されていた。
「名前、この場にいない皆の名前も並んでいて、黒文字だけですね」
私が目にしたモノをそのまま言葉にすると、雪子学校長は「グレーのなるのは『神世界』にいる場合という説が有力になるな」と有力になった説を口にする。
私がその意見に同意して頷くと、花子さんが「まずは分身ちゃんに繋ぎますね」と宣言した。
「お、私とスマホが見えますね……なるほど、選んだ対象の視界が映るのは確認しました」
接続が成功したので、このまま雪子学校長と共に、仮の出入り口に向かおうとしたところで、花子さんが聞き捨てなら無い言葉を口にする。
「じゃあ、次は音声ですね」
「え?」
思わず驚きの声が口から出た私に、花子さんは『異界NetTV』って、TVなんですから、音も出るでしょ」と平然と言い放った。
 




