伍之弐 挑戦
「花子、卯木くん、その辺にしたまえ!」
いつもなら少し怖いと感じる雪子学校長の一喝も、この状況だと慈愛に満ちた救いの言葉に聞こえた。
表現しがたい、背筋がゾクゾクする悪寒のようなものを感じていた私の口からは「はい!」という自分でも吃驚する程、元気な返事が飛び出る。
その事に対して、花子さんが低い声で「なんだか、凄く嬉しそうですね」と耳元で囁いた。
咄嗟に私は「いや、そんなことは!」と口にしてから、コロコロと笑う花子さんを目撃する。
不満そうに聞こえたから慌てたのに、まるでそんな様子は見られず、花子さんに揶揄われたのだと察した。
「花子さん」
「むくれないでください。お姉ちゃんが話を進めたがっていますから……」
そう言われて、雪子学校長に視線を向けた私は、怒りの籠もった目に思わず「お、お待たせしました!」と頭を下げる。
私が頭を下げてから少し間を置いてから、雪子学校長は、溜め息を吐き出した。
「アプリを検証したいと思っていたからね……まあ、丁度いいと考えるとしよう」
雪子学校長は、壁に寄りかかるように床に座らさせられた私の分身を見ながら深い溜め息を吐き出した。
完全に呆れられているというのは、とても居心地が悪いので、私から会話を切り出して話を進める。
「えーと、スマホを出現させますね」
すると、私の横に立つ花子さんが「スマホを出すんですか!?」と少し驚いた顔を見せた。
「はい。衣服だけじゃ無くても、出せたんです」
私の返しに、花子さんは「アプリを通じて分身ちゃんの視界とリンクが出来るというのはお姉ちゃんから聞いてましたが、その出現させたスマホを使うんですね」と頷きを繰り返す。
そんな花子さんの様子を確認した上で、説明を求めるような視線を雪子学校長に向けるとすぐに答えが返ってきた。
「私は機械に詳しいわけでは無いからね。中途半端な情報を与えるより、自分の目で見た方が誤解も無くスムーズだと思ってね。卯木君の偵察能力について、スマホのアプリを使ったとだけ説明したんだよ」
「なるほ……ど?」
誤解を生じさせない為に、中途半端な説明をしないというのは納得出来るものだったので頷きかけて『スマホのアプリを使った』という中途半端な情報を雪子学校長が提供したことに気付く。
「あの……雪子学校長?」
「なにかね?」
「思いっきり中途半端な情報を提供してますよね?」
私の言葉に雪子学校長は笑みを返したまま、時を止めたように動かなくなった。
「あー、凛花さん、お姉ちゃんは単に面倒くさくて説明を省いただけなので、気にしたら負けですよ」
花子さんはそう言って私の肩に軽く手を乗せ「そんなわけで、実演して貰って良いですか?」と首を傾げる。
元々スマホを出すつもりだったので、拒否するつもりは全くないけど、一応許可を取った方が良いかなと確認した雪子学校長は、思いっきり顔を逸らしていた。
雪子学校長への尊敬と信頼を心の中で少し下方修正してから、私は花子さんに見せるために胸の前で手の平を上に向けて両手をくっ付ける。
「それじゃあ、スマホを出してみますね」
私の言葉に「わかりました」と言ってくっ付けた両手に花子さんは視線を向けた。
初めて出現させた時は、分身の付属品として出現させたから、分身の解除と共に消えてしまったのだと思う。
その対策として、出現させた二体目の分身の付属品としてスマホを出現させたけど、考えるまでも無く無駄だし、大きな制限になっているのは間違いなかった。
ならば、分身の付属品としてでは無く、私の付属品として出現させることが出来るんじゃ無いかと考え、今この場でその思いつきを試すことにする。
スマホのアプリは、分身の視界だけで無く、私本体や雪子学校長の視界を借りることも出来た。
つまり、スマホのアプリのテストに分身は要らないし、分身の付属品では無く、私のものとして出現させるのであれば、むしろ分身は消してしまった方が良い。
そう考えた私は、雪子学校長にも聞こえるように声を張った。
「今から、分身のモノではなく、私のものとしてスマホを出現させます。その実験のために、一旦分身を解除します!」
私の言葉に、顔を逸らしていた雪子学校長は、真面目な顔でこちらに顔を向けてくれる。
その後で、私に視線を真っ直ぐ向けたまま、深く頷いた。
私はそれを合図に分身を解除すると、光る紐へと戻りクルクルと、毛糸玉のように球体に丸まった後で、その場でパッと消失する。
直後、私の体に力が戻る感覚がして、分身を形作っていたエネルギーが戻ってきたのを確信した。
「いきますね」
私は花子さんや雪子学校長だけで無く、自分自身にも行動開始を宣告する。
分身の付属品とは違うという意識があるせいか、出来るという自信だけで無く、出来ないという不安も私の中にあったので、どの程度力を使うか見当もつかなかった。
それでもやり遂げる為には、心構えが大事だと、私の中で訴えるモノがあったので、それを強めるための宣告である。
分身の持ち物としてのスマホは出現させて使うことが出来たが、自分本体のモノとしては出現させられるのか、期待と不安の入り交じった思いで私は手の平の上に力を集中させた。




