肆之参拾 納得
「連絡役の重要性はわかりますけど……」
理屈としては納得出来る……が、だからといってすぐにやりますと言える無いようでは無かった。
現状、こちらの現実世界と『神世界』をリアルタイムで結んで情報をやりとり出来るのは、私の分身だけである。
何か重大な問題があった時……例えば、全滅の危機が迫った状況で、情報を持ち帰ると考えた場合、最も適任なのは間違いなく私だ。
そして、提案の通り、私がこちらの世界に残り、分身を『神世界』に送った場合、仮に『神世界』で私が消されても、情報を受け取ることが出来る。
配置としても、私の感情を別にすれば、最善手だと言えた。
けど、それでも、私だけが安全な場所にいて、東雲先輩や舞花さん、結花さん、那美さん、志緒さんと私よりも年下の子供達が命を張っていながらという思いが、頷くのを拒ませる。
「そんな顔をするな、凛花」
東雲先輩の気遣いに対しても、私は「でも……」と反論してしまった。
でも、私の中にある『こっちに残ったら、皆の盾になれない』という思いが……そう考えて、私は自分の勘違いに気付く。
そもそも生身で挑まないことを卑怯だと思っていたけど、冷静に考えればそうじゃなかった。
分身なら、私のエネルギーが続く限り何度でも作り出せる。
少なくとも、二体までは同時に作り出せているのだ。
そして、分身なら、いや、分身だからこそ皆の盾になることが出来るんじゃ無いかと思い至る。
自ら危険に飛び込むつもりは無いけど、生身でないからこそ出来ることがあると思えば、私だけがこちらで待機しなければいけないというもどかしさにも意味が見いだせる気がした。
「凛花?」
「え、あ……」
黙り込んだことを心配してくれたのであろう東雲先輩の呼びかけに、私は咄嗟に返しが思い付かず言葉を詰まらせてしまう。
「どうした?」
表情に真剣味が増した東雲先輩に、私は「か、考えていたんです」と、どうにか返事をした。
「考えていた?」
「はい……その、私なりに、生身で参加出来ないことを、分身で加わることを納得しようと思って……」
「……そうか」
東雲先輩は私の言葉を聞いて、明らかにホッとした表情を見せる。
私を心配してくれているのがわかる姿に、思わず分身を盾にする構想まで口にしてしまいそうになったものの、どうにか踏み止まった。
何しろ、これを口に出したら全力で怒られる予感がする。
別にいざという時の切り札として考えただけで、積極的に盾になりに行こうというわけではないので、宣言する必要は無いはずだ。
「凛花……俺もそうだったからちゃんと言っておくぞ」
急にそう切り出されて、私は思わず「東雲先輩?」と疑問符付きでその名前を口にする。
「自分がどうにかしなくちゃなんて考えるな。いいか、誰にも傷ついて欲しくないと思っているのは皆一緒だ。それはつまり、自分が皆に傷ついて欲しくないと思っているのと同じく、皆も自分に傷ついて欲しくないと思ってるって事だ」
東雲先輩の言葉は言ってしまえば当たり前の事だと思った。
けど、安易に頷くことが出来ない。
それは私自身が当たり前だと認識していながら、その言葉の意味を理解しきれていなかった証だと、続く東雲先輩との会話で思い知ることになった。
「俺は、唯一の男だし、他のメンバーよりも年上だ」
「……はい」
東雲先輩が口にしたのは、私が『神世界』に挑むに当たってずっと考えていたことそのものだった。
「だから、皆を護ろうと少し無茶をしていた……らしい」
「らしい?」
私の聞き返しに、東雲先輩は苦笑しながら「自覚してなかった」と口にして頭を掻く。
そんな東雲先輩の言葉に、ドキリと心臓が跳ねた。
まるで、東雲先輩が、ほんの少し先の私の姿のように思える。
「皆を護る。護りたいって思いが強すぎて、必要以上に前に出ていた。結果『種』の攻撃を避けきれなくなって、腕を飛ばされた」
東雲先輩の語りで、あの日の、私が参加を決めた瞬間の映像が脳裏に走った。
そのせいで、私がどんな表情を浮かべてしまったのかわからないが、東雲先輩は「大丈夫だ、校長先生のおかげで、なんともない」と左腕を右手で叩き、その後、左肩をぐるぐると回してみせる。
「東雲先輩……」
私が名前を呼ぶと、東雲先輩は苦笑を深めて「そうだよな」と言いながら再び頭を掻いた。
「俺も、凛花や他の皆に同じ事が起きたら、嫌だ……そう考えてようやく気づけた」
しみじみと言う東雲先輩に、私は大きな溜め息を吐き出してから「気をつけます」とだけ返す。
「ああ……まあ、気をつけていても、咄嗟の時には、勝手に体が動くもんだけどな」
東雲先輩の自嘲気味なセリフに対して、これまで静観していた雪子学校長が口を開いた。
「それでも、意識していることで、無謀は減らせる」
「……雪子学校長」
「外で待つ人間の気持ちも考えたまえよ」
雪子学校長の言葉に、私を見てから東雲先輩は「はい」と頷く。
私もそんな東雲先輩に遅れて「心掛けます」と返すと、雪子学校長は満足そうに頷いた。




