肆之弐拾捌 気持ちに触れて
体に力が入り込んでくる感覚が『神世界』で解除した分身のエネルギーも私に戻ってくるのだと言うことを証明していた。
ゆっくりと目を開ければ『黒境』部屋の天井が見える。
「あ、リンちゃん、起きた!」
私が目を開けたことにいち早く気付いたのは舞花さんだった。
「『球魂』が出てこなかったし、本当にリンちゃんが直接『神世界』に入ってたわけじゃないのね」
結花さんの発言に、私はつい「信じてなかったんですか!?」と驚きの声を上げてしまう。
すると、結花さんは珍しく慌てた様子で「し、信じてなかったわけじゃ無くてね。改めて、分身だったんだぁって思えたって事よ!」と力説した。
だが、普段取り乱さない姉の様子に、口元を緩ませた舞花さんは「お姉ちゃん、それって信じてなかったって事じゃないの?」と意地悪を口にする。
「だーかーらー」
舞花さんの茶々に、結花さんの表情が険しくなったので、私は慌てて間に入った。
「自分の目で確認したことで、飲み込めたって事ですよね? 私も自分の目で確認しないと納得出来ないことがあるから、凄くわかります」
私の言葉に、結花さんは「リンちゃんならわかってくれると思ってたわ」と笑顔を浮かべる。
と、そこで終われば良かったのだけど、結花さんは舞花さんに視線を向けて、意趣返しとばかりに、わざわざ「意地悪な舞花と違って」と喧嘩を吹っ掛けてしまった。
「えー、舞花、お姉ちゃんと違って素直なだけだよ?」
まったく折れる気のない返しに、どう止めようかと考えていると、那美さんがいつのもののんびりとした口調で割って入る。
「折角、皆無事だったのだし、楽しくしましょう?」
那美さんの言葉に、結花さんも舞花さんもピタリと動きを止めた。
が、矛を収めるまでには至っていないらしく、少しピリついた空気が残っている。
しかし、これも那美さんがふわりと包み込むように解消してしまった。
「ユイちゃんも、マイちゃんも、思うところはあると思うけど、今日はリンちゃんが、初めて『神世界』に入った記念の日なんですから、お祝いをしないとですよ、ね?」
那美さんの言葉を切っ掛けに、舞花さんと結花さんの視線が私に向く。
「そうね」
「そうだね」
結花さんと舞花さんは、まったく同時に頷くと、まったく同時にお互いの顔を見合った。
「「お祝いの準備」」
バッチリと声を重ねて、舞花さんは「だね」、結花さんは「ね」と言葉を結ぶ。
直後、双子はバッチリと行動を重ねて、花子さんに向かって駆け出していった。
「「花ちゃん、リンちゃんの歓迎パーティーやろう!」」
賑やかに遠ざかった双子の声を聞きながら、私は那美さんに視線を向ける。
「那美さんって、スゴイですね」
ポツリと私の口をついてそんな言葉が飛び出た。
そんな私を向いた那美さんは「私は皆にニコニコしていて欲しいだけだよ~。リンちゃんもそうでしょう?」と笑う。
私はとてもそれだけとは思えない熟練者の裁きを見た気がするけど、一方で那美さんは賞賛しても華麗に流してしまいそうな気がするので「はい」と頷くだけにした。
那美さんとの話が落ち着いたところで、突然志緒さんに「ごめんなさい!」と謝られてしまった。
まったく心当たりが無かったので、私は首を傾げてしまう。
それだけで、私の考えが伝わったのか、志緒さんは「あの、ね、猫になると、自分でもコントロール出来なくて……」とうつむき加減に言葉を足してくれた。
話の内容や雰囲気から察するに、志緒さんは私に迷惑を掛けた良いうな気持ちでいるのだろうとわかる。
なので、私は私の本心を志緒さんに伝えることにした。
「私は狐人間の姿に、ちょっと抵抗みたいなのがあったので、動物の種類は違いますけど、同じような変化をする志緒さんがいてくれて、ホッとしました」
厳密には私は私自身が狐人間になっているのに対して、志緒さんは『神世界』だけでの変化なので、状況に違いはある。
それでも、動物人間という共通点があるということ自体が、私を安心させてくれたのだ。
だから、私の志緒さんに対する気持ちは感謝一色なのだけど、どうもそれが上手く伝わってないように感じられる。
私は少し考えてから「私は志緒さんが仲間なのが心強かったですし、抱き付いてくれた時、距離が近くなった気がして嬉しかったです」と、思ったことを付け加えてみた。
すると、志緒さんは私の顔をじっと見て、目をウルウルと潤ませ始めてしまう。
このままでは泣かせてしまうと思った私は、できる限り明るい声で「猫の時みたいに抱き付いてきてもいいんですよ?」と戯けてみた。
笑ってくれるだろうかと思っていたのだけど、志緒さんは無言で私に抱き付く。
「わ、たし……人付き合い……が、うまく……なくて……」
志緒さんの震えた声を聞きながら、私は『ああ、そうか』と思った。
真面目で人間関係もきっちりしている子だと思っていた志緒さんだけど、本当は踏み込む距離感が掴めなかっただけかも知れない。
決めつけはいけないと反省したばかりで、同じ事を繰り返してる自分に嫌気を感じながらも、体を震わせている志緒さんを落ち着かせようと、彼女を抱きしめるように回した手に、私は力を込めた。




