肆之弐拾伍 注文
「それじゃあ、設置していきます」
花子さんはそう言うと四本の球のついた棒を手に『黒境』の鳥居の横に立った。
棒の一本を右手で握った花子さんは、躊躇無く突き刺すように腕を振るう。
私からは壁のあるパントマイムを見ているかのように、ピタリと空中で動きを止めた花子さんの右の拳はゆっくりと開かれ、何も無い空中に棒が突き刺さった様子で、そのまま空中に取り残された。
空中に刺さったわけでは無く、恐らく花子さんに見えている世界では、棒を突き刺せる壁か何かがあるんだろう。
私がそう考えたからだろう、瞬時に土壁が出現し、四本の棒がそこに突き刺さっている光景に変わった。
正直予想をしていたとはいえ、その変化の早さは驚きでしか無い。
もっとも、他の皆は慣れているからか、あるいは私のように、視界内で急激な変化が起こっていないのか、平然としていた。
私だけが取り乱して、花子さんの作業を邪魔する訳にはいかないので、皆に習って何も無かった風を装うことにする。
視線を花子さんに戻すと、右上から、右下、左下、左上と、時計回りに壁に刺さった棒の球体部分に触れていった。
花子さんの指が触れて離れる時に、黒かった球体の中心にポッと小さな光が灯る。
先端が光り始めた棒の刺さる壁から少し距離を取った花子さんは、丁寧に指さしながら光が四つ全ての棒に灯ったことを確認していった。
確認を終えた花子さんは短く「開門」と口にすると、四つの棒に取り付けられた球体が同時に光を増す。
「うわぁ」
思わず声を漏らしてしまった私は、邪魔になってはいけないと思い慌てて口を手で覆った。
そんな姿を振り返ってこちらを見た花子さんに見られて、苦笑されてしまう。
「もう門が開くのを待つだけなので、しゃべっても大丈夫ですよ」
花子さんの気遣いの籠もった一言を、少し恥ずかしく感じながらも、邪魔にならなかったことにホッとして「わかりました」と返した。
「それよりも、光が強くなるので気をつけてくださいね」
既に棒の刺さる壁を背にしている花子さんの背後で、恐らく徐々に光を強めていたのであろう球体が、こちらからはそのシルエットすら確認できないほどの強烈な光を放っている。
このまま見続けるには痛い程の光の増幅に、私は慌てて花子さんに倣って、壁に背を向けた。
振り返ると、私の後ろに立っていた舞花さん、結花さん、志緒さん、那美さんは背を向けていて、袖で少し光を遮りながらこちらを見てくr手板のであろう東雲先輩が、振り返った私を確認してから、くるりと体を回転させる。
私を心配して見守ってくれていたんだろうかと、都合の良い希望が頭に浮かび、頬がカッと熱くなった。
この体は分身なのに自分の体のように、感情に連動した変化があることに、今更ながら暴走した記憶が揺り起こされて、今度は体がキュッと冷える様な感覚が全身に広がる。
だが、自分の体の変化に戸惑っている間もなく、私の視界は状況の変化を捉えていた。
地面に出来た私の影がくっきりと濃さを増し、より黒くなった直後、視界が一瞬白一色に埋め尽くされる。
とはいえ、視界が白くなったのは、体感で一秒にも満たない短い間であり、地面に落ちた影も黒さを失っていた。
振り返って、壁の様子を確認したい気持ちはあるものの、それは迂闊すぎると思った私は、目を閉じて頭の中でMAPを展開する。
頭に展開したMAPの中では、出現したばかりの壁も『黒境』も、光る線で綺麗に縁取られて鎮座していた。
ただ、壁に刺さった球を結ぶように四角が構成され、そこは墨で塗りつぶしたように黒くなっている。
MAPで見る限りでは『黒境』の鳥居の枠内も墨で塗りつぶしたように黒いので、これが『神世界』と私たちの世界を繋ぐ扉というか、出入り口なのだろうと判断して目を開いた。
すると、私……というより恐らく後ろの『黒境』や壁に視線を戻したのであろう皆の目がこちらを向いていることに気付く。
「あ、えーと……」
視線がこちらに向いているのもあって、何か言わねばと思ったのだが、その肝心な『何か』が思い付かず、言葉が続かなかった。
すると、見かねたのか東雲先輩が少し心配そうな顔で「凛花?」と声を掛けてくれる。
瞬間、私の中で何かのラインが繋がった気がして、気付いた時には、声を出していた。
「えっと、東雲先輩の衣装も再現してみますね!」
「なんでそうなった!?」
東雲先輩が思いがけず取り乱したのを見て、私は何故かふんわりと気持ちが軽くなったのを感じる。
と、同時に、私の体を覆っていた志緒さんの衣装を模した服が光の紐へと替わり、体を包み込み始めた。
こうなれば途中で止めると裸で終わってしまう可能性が高いので、東雲先輩を驚かせたままというのは忍びない気がするものの、衣装チェンジを継続させる。
東雲先輩のような和風の衣装をイメージして、つま先からかかと、くるぶしに掛けて真っ白な旅が現れ、赤い鼻緒が足の親指と人差し指の間に出現し、足の裏には硬質な板の感触が生まれた。
先輩を模しているので、上衣は白い着物、お腹のやや上側に帯の感触がして、そこを中心に下へ向けて緋色の袴が伸び始める。
が、そのタイミングで花子さんから「膝上丈のミニスカート風で!」と突然の注文が放り込まれる。
「え!?」
思わず驚きの声を上げた私だが、頭の狐耳はバッチリとその声を捉えていたせいで、袴は膝上で伸びるのをやめ、膝から足袋までの肌を晒すこととなった。




