肆之弐拾壱 独演
「い、いいですけど……」
私が許可した直後、腰から離れた舞花さんは、尻尾に抱き付き対象を切り替えた。
ギュウッと尻尾を抱きしめる感覚に、思わず声が出そうになる。
両手を口に当てて、舞花さんのハグを耐えていると、ジト目をした花子さんが私の目と鼻の先まで顔を近づけてきた。
「凛花さん、何で入ってきたんですか? お姉ちゃんの許可を取ったんですか?」
かなり辿々しくなってしまったモノの如何にか説明を終えると、花子さんは腕を組んで「分身に、アプリ検証……ですか……」と呟いた。
「確かに、私たちの世界にいながら、こちらを覗く方法は喉から手が出る程欲していましたし……」
花子さんは自らの右手を顎に当てながら、一人呟きを繰り返す。
その姿に、一定の理解をしてくれているような雰囲気を感じたのだが、花子さんの「で・す・が」という三音で急に風向きが変わった。
「凛花さんが分身の体を使っているという証拠はありませんね」
花子さんの指摘に、私は『確かに』と思うと同時に、どうしようという気持ちで一杯になる。
その不安と焦りの混ざった気持ちを抱えきれず、私はすぐに花子さんに尋ねてしまった。
「あ、あの、どうしたら……」
そんな私の言葉に対して、花子さんは「衣装チェンジですね」と言い切る。
「衣装チェンジ?」
「本物の凛花さんは、布から縫製された服を着ていますよね?」
「え、あ、はい」
「つまり、もしも今着ている制服を他の服に変化させられるならば、少なくとも凛花さん本人ではないと証明出来るのです!」
あまりにもはっきりと花子さんに断言された私は、思わず「なるほど」と頷いた。
「そ、それじゃあ、衣装チェンジ、やってみます」
私の言葉に、いつの間にか私を取り囲むように立っていた皆がそれぞれ頷いた。
とはいえ、どうしようかと思った時、こちらを目をキラキラさせて見詰める舞花さんと目が合う。
それに気付いたのか、舞花さんがあまりにも嬉しそうに笑うので、分身の私の体にはない筈の心臓がトクンと高鳴った。
と、同時に、私の中に舞花さんにもっと喜んで欲しいという思いが生まれ、それが私の方針になる。
その沸き起こった気持ちに従うように、私は目を閉じて全身を包む制服に意識を向けた。
これまでの経験を元に、この身に纏った制服を別の服に替えたいと意識すると、その意思に沿うように制服に私の力が巡っていく気配がする。
そこからしばらく、私の頭に『変えられる』という強い確信が過った。
私はその確信を頼りに、制服に変化させる先のイメージを伝える。
直後、思い描いたとおりに変化が起こった。
「わあ」
その声は舞花さんの口から飛び出す。
想像通りの反応に思わず口元が緩むのを堪えつつ、右手と左手を、おでこの少し上を滑らすように重ねてからそれぞれ左右に開いた。
手の軌跡に沿って頭に装飾品が現れる。
衣装チェンジが終わったのを感覚で感じ取った私が、全身を確認するために自然を巡らすと、身に纏っていた制服は上下が一体となった青いドレスへと替わった。
「私とお揃いだ!」
舞花さんがそう言って飛びついてきたのでそれを受け止める。
もの凄く喜んでくれているようで、私も嬉しかった。
そんな嬉しさの余韻に浸る間もなく、那美さんによって状況は一変する。
「なるほど、尻尾は健在なんですね」
音もなく私の背後にいた那美さんが、そう言いながら堂々と私のドレスのスカートをめくり上げていた。
「ドレスなのに生足なのは、勉強不足ね」
那美さんの横にいつの間にか移動していた花子さんがそんなことを言い出す。
が、舞花さんに抱き付かれてる私は、振り返ることも出来ず戸惑うしか無かった。
助けを求めようと周りに視線を向けると結花さんとバッチリ視線が噛み合う。
すると、結花さんは少し頬を赤らめて「次は私の衣装を再現してくれるの? わ、私は別にやってくれて構わないわよ」と想定もしていなかったセリフを口にした。
一瞬、そうじゃなくてと言いかけそうになったものの、結花さんが視線を外したり向けたりを繰り返している仕草がとても意地らしかったので、その言葉に乗っかることに決める。
「那美さん、花子さん、舞花さん。次の衣装に替えるので少し離れてください」
私がそう言うと、思いの外あっさりと三人は私から離れてくれた。
「いきます」
層口にした時、視線を外したり戻したりしてもじもじしていた結花さんの表情がパッと明るくなり、こちらに視線を向けたまま固定される。
その変化にくすぐったいモノを感じながら、左の肩に右手を当てた。
これからするのは衣装の色替え、構造の変化までは必要ないので、手の触れたところから衣装の色が変化するイメージを膨らませる。
出来るという感覚が私の中に生まれたところで、左肩から左腕お腹の下と手を滑らせていった。
すると、手の触れたところから青かったドレスは赤く色を変えていく。
直接触れていないドレスのスカートへも、触れたところを起点にじわりと広がる変化が意図したとおりに伝播していっていた。
もうドレスの色が変わりきるのは時間の問題だと確信した私は、先ほどティアラを出現させた手順で、今度は左右の手を使ってティアラを撫でる。
自分では確認は出来ないけれど、きっと無事金色に変わったのであろうという確信は、こちらを見ていた結花さんが嬉しそうに抱き付いてきたことで得ることが出来た。
 




