肆之拾玖 決着
直線状の鋭い光が走った。
下から上へ向けて『種』のど真ん中を一直線に線が走り、光を放ったのである。
その光景を上手くかみ砕くことが出来ずに呆然としている間に、今度は線上の光が四方八方から『種』の黒を引き裂くように煌めいた。
最初の一閃と違い、無数の直線はその全てが四本の平行線で構成されている。
それが東雲先輩と志緒さんによるものだというのは、わかるのだが、正直何が起こっているのか、頭の理解が追いつかなかった。
「まーちゃんとしーちゃんが、無事細切れにしてくれたから、もうすぐ終わるよ、リンちゃん」
那美さんにそう言われて、今見た光の直線が『種』を切り裂いた何かの軌跡であったことを理解する。
直後世界が急激に変化を見せた。
赤色で構成された荒廃したドーム状の空間が、急速に収縮し、世界は青空の広がる桃源郷へと変貌を遂げる。
先ほどまで世界を歪めていた『種』の脅威が去ったのだと感じて間もなく、舞花さんと結花さんが近づいてきた。
「リンちゃんお待たせー」
舞花さんはこちらに手を振りながら駆け寄ってくる。
状況としては一段落したからか、結花さんは舞花さんに何か言いたげだが、口を閉ざしてその後についてこちらに向かってきた。
ただ、警戒を解いているわけではないようで、結花さんは時折周囲に視線を飛ばしている。
私は結花さんの油断しない姿に、自分も見習おうと思うと同時に、MAPがあるにも拘わらず『種』がどうなったかを確認していなかったことに思い至った。
すぐに自分のやるべき事を忘れる自分の愚かさに情けなさを覚えつつも、脳内でMAPを展開させると、先ほどまで陣取っていた種のマークは消えている。
『あ、消えてる』
すっかりと発音出来ないのを忘れて、またも鳴き声を発してしまうと、それに反応したらしい舞花さんがあっという間に飛んできた。
「何今の、鳴き声!? え、可愛い!」
顔同士が触れ合う程直近に近づいてきた舞花さんの顔に思わず目が丸くなったが、直後に私の視界は大きく変わってしまう。
何が起こったのか視界の動きと体感、そしてMAPの変化を加味すると、私を抱き上げている那美さんが体を回転させて舞花さんと私の距離を取ったらしいと推測出来た。
「ちょっと、なっちゃんだけ、ずるい~~~」
不満を口にする舞花さんに、那美さんは「抱き加減を間違うと、リンちゃんが大変なことになるので、まず落ち着いてからよ~」と言い放つ。
それに続くように結花さんが口にした言葉で、舞花さんは一気に項垂れてしまった。
「いくら雪ちゃん先生が外で待っているからって、リンちゃんに怪我させたくないでしょ?」
「……うん」
その返事を聞いて那美さんは抱えた私を、舞花さんと結花さんの方へ向ける。
「リンちゃん、マイちゃんのところにいく?」
那美さんにそう尋ねられた直後、目をウルウルと潤ませた舞花さんと目があった。
この状況で、拒否は出来ない。
少し苦しいかも知れないけど、きっと大丈夫だと自分に言い聞かせてから、頷くとすぐに舞花さんの両腕がこちらに伸ばされた。
私がその手に身を委ねようとした瞬間、首の後ろを摘ままれる感覚と供に、私の体は上方向に引っ張り上げられる。
『へっ!?』
驚きが間の抜けた鳴き声に変わり私の口から漏れた。
が、私をつまみ上げた主は、そんなことお構いなしに私の体を回転させ、文字通り鼻と鼻を突き合わせてくる。
私をつまみ上げたままで花子さんは眉と眉の間に深い皺を刻みつけて尋ねてきた。
「凛花さん、どういうことなんですか? 何でお姉ちゃんと外に居ないんですか?」
いつも温厚な花子さんとは違う、背筋が寒くなるような怒りを秘めた問い掛けに、私は狐姿のもあって答えられない。
どうしようかとお思っていると、新たな声が聞こえてきた。
「花子さん、リン……後輩にも事情があると思う。とりあえずはここを出てから……」
その声は聞き慣れている声よりもやや高めだったが、口調と言葉選びですぐに東雲先輩だとわかる。
この世界では、というより『神格姿』は女性の姿になるので、東雲先輩がどんな容姿になっているのか気になって視線を向けると、そこには刀だらけの少女の姿があった。
左右の腰に二振りずつ、背中に長い刀を一振り、合計五振りの日本刀を身に付けている。
白い上衣に赤い袴という神社の巫女そのものの衣装に身を包んだ東雲先輩は、背中まである黒く長い髪、メリハリがはっきりとした体つきに、長身というモデルのような目を見張る出で立ちをしていた。
「ここは安全じゃ無い。外に」
こちらを優しげな目で見ながら、花子さんにそう言って取りなしてくれた東雲先輩の姿に、私はちゃんと自分の口で説明しなければという思いに駆られる。
それが切っ掛けだった。
体の中で何かが膨れ上がるような感覚がして、あっという間に体中に巡り広がっていく。
直後、手足がグングンと伸び、体の形が変わり始めた。
そこからの変化はあっという間に終わる。
花子さんに首根っこを掴まれて、宙に浮いていた脚が、気付くとピタリと地面についていた。




