肆之拾捌 役割
「舞花!!」
「ひゃっ!」
かなりの怒気を含んだ結花さんの言葉に、舞花さんは文字通り飛び上がった。
「ご、ゴメン、お、お姉ちゃん」
慌てて結花さんの声がした方に振り返った舞花さんは、両手を合わせて謝罪する。
そこには、舞花さんと色違いの赤いドレスに身を包んだ結花さんが、両足それぞれの下に出現した二つの炎の球を足場にして、空中に立っていた。
結花さんが身に付けるイヤリングとティアラは、水色の宝石が赤く、銀の装飾が金色になっている点を除けば、意匠に至るまでの全てが舞花さんとそっくりである。
ほとんど同じでありながら、しっかりと対照的な部分も入り込み調和している二人の出で立ちは、まさに双子ならではに思えた。
「それじゃあ、私達は離れていましょうねぇ~」
のんびりとした並さんの声が響くと同時に、スゥ―ッと滑るようにして皆と距離が開く。
私達と距離が生まれたことに、舞花さんは「あっ」と声を漏らしたが、結花さんの「マイ~」という自分を呼ぶ声に、慌てて『種』に向き直った。
「詳しくは後で聞きますが、今は那美さんと、待っていてください」
花子さんは言うなり踵を返す。
皆が、ホウキ、氷の足場、火の球と様々なものを足場にしていた中、花子さんはどうやって宙に浮いているのか見えなかったので、意識を向けると、私の耳が不満げな独り言をキャッチした。
「いきなり『神世界』に送り込むなんて、お姉ちゃん、話が違うじゃない」
それを聞いた私は、花子さんがこの銀狐の体が『分身』だと認識していないことに気付く。
花子さんにすら『分身』と見抜けないなら、思いの外早く一人二役もできるのではと余計なことを考えていると、またも起こった爆発で、今が危険な状況であることを強制的に思い出させられた。
「リンちゃん、大丈夫かしらぁ?」
ふわりふわりと宙を浮きながら、私を片手で抱え、開いた右手を前に出して、舞花さんの氷の幕のような透明な壁を生み出しては爆風を受け流していた。
その間も、ホウキの柄に両足で立ち続けている。
奈美さんは絶妙なバランスでその体勢を保っているかもしれないと考えた私は、バランスを崩させることがないように小さく頷いて、大丈夫だと訴えた。
意図通りに伝わったのか、那美さんは少しホッとした表情を浮かべてから、視線を上げる。
私が奈美さんの視線を追う様に、前方を見ると、頭の上から説明の言葉が降ってきた。
「いま、攻撃のメインはユイちゃん。今回の『種』は燃えるガスみたいなものだから、火で体を爆発させて削っているところ」
なるほどと思いつつ、私はコクリと頷く。
「花ちゃんは忍者だから、火遁の術で援護していて、マイちゃんは、爆発の余波で皆が怪我したり吹き飛ばされたりしないように、氷の壁とか、水のシャワーを使ってくれているの」
奈美さんの解説に頷きつつ、見上げるように顔を上げると、バッチリ視線が交わった。
「私?」
笑みを浮かべてそう尋ねてきた那美さんに、私は小さく頷く。
「私は魔法使いだからね。空を飛びながらいろいろしてるの」
説明がざっくり過ぎて、つい首を傾げると、那美さんはおかしそうにクスクスと笑ってから、具体的な説明を付け足してくれた。
「さっきみたいに魔法で防いだり、こうしてリンちゃんみたいに迷い込んじゃった神獣や神使、それからヒトを保護したりする担当かな」
奈美さんの言葉で、私は雪子学校長と花子さんから聞いた話を思い出す。
その中で『神世界』に迷い込んでしまう人の話もあった。
無意識に過去の話だと思っていたけど、那美さんの言葉で『神隠し』は今も起こり得ることなのだと知って、皆が挑んでいるものが一層過酷で、重大な事なのだと認識を改める。
「それから、まーちゃんとしーちゃんは、出番まで待機してる」
『なるほど』
思わずそう応えたのだが、口から出てきたのは、コンとか、ワンとか、ニャーではなく沸騰寸前のヤカンが立てる様なふわぁ~んという間抜けな鳴き声だった。
「あら、可愛いお返事」
奈美さんはすぐにそう言って笑みを深めたけど、私としては言葉をなさなかったことが恥ずかしい。
とはいえ、今の状態で何か言っても、鳴き声にはなっても言葉にはならないのは明白だった。
言葉を交わして意思疎通を果たし無いのにできないというもどかしさに、八方ふさがりになっていると、那美さんは急に表情を引き締める。
それだけで何かが起こると察した私に、那美さんは「だいぶ『種』が小さくなってきたから、まーちゃんとしーちゃんが動くよ」と口にした。
言われた私は『種』の方へと視線を向けるとともに、しばらく存在を忘れていたMAPを頭の中で展開する。
すると、私と奈美さんのいる場所から『種』を挟んだ反対側に、東雲先輩と志緒さんのマークがあった。
空中を飛び回っている他の四人とは違い、二人のマークは地面の上にある。
話の流れから『種』を弱らせた後にあるという二人の出番は、恐らくとどめを刺す存在と言うことだと私は考えていた。
そうなると不謹慎とは思うものの、二人がどんな姿の『神格姿』で、どんなタイプの攻撃をするのかが気になって仕方が無い。
攻撃のその瞬間をしっかりと見届けようと、私は『種』とその向こう側にいる二人に意識を集中させた。




