肆之拾漆 合流
一瞬踏み込むのを躊躇したが、それを完全に吹き飛ばしたのは、更なる爆風だった。
未だ視界には直接捉えられてはいないが、クルクルと種の周りを移動し続けている花子さんを始めとした皆のマークが、激しい戦闘を行っていると告げてくる。
加勢出来なくとも、せめて状況を見るくらい出来なくては、これからの役になど立てないと、私は赤い領域に狐の分身を踏み込ませた。
直後、これまでとは空気がまるで違うことに気付く。
獣の体で毛皮に覆われているからかも知れないが、もの凄く暑かった。
とはいえ、既に『種』の領域に踏み込んでいる以上、暑さに怯んでる場合じゃ無いと周囲を見渡す。
すると、広がりつつあるドーム状の赤い世界の中心付近に巨大な物体が浮かんでいるのが嫌でも目に入った。
黒い雲のようなしっかりとした実体が無い不定形の物体は、黒いもやのような煙上のなんかを時折吹き出している。
見ているだけで不快感を覚えるそれが『種』であるのだと理解した瞬間、種から吹き出した煙状の物体が、突如爆発を起こした。
先ほどから、空気を震わせていたのはこの爆発だったのかと思いながら、吹き飛ばされないように必死に地面にしがみつく。
桃源郷を越えて『種』の領域に踏み込んだせいか、先ほどよりも周りに与える影響が大きいのか、これまでと違って必死に耐えなくてはいけないほど、威力が増していた。
この場に留まるだけでも、難易度が上がっている事実を前に、一度桃源郷へ引き返そうかという考えが頭に浮かぶ。
少なくとも、この場所で粘っている間は、狐の分身との同調を切ることは出来そうに無く、それは雪子学校長と意見を交わせないということだ。
『やっぱり、引き返そう』
立て直すためにそう決めた私は、その場で180度回転して、赤の世界と桃源郷の教会を目指す。
だが、その直後私の体は宙を舞っていた。
何かの攻撃を受けたわけでは無く、背後で起きた爆発の爆風で体が浮き上がったのだと、視界の変化と体に受ける感覚で理解は出来たが、足場の無い空中ではどうすることも出来ない。
ともかくどうにかしようと、空中で手足をばたつかせていると、突然何かに抱き留められた。
「君、大丈夫?」
背中から腕を回されているので、顔を確認出来なかったが、脳内に浮かぶMAP情報がそれが誰かを示す。
マークに書かれたのは『那』の文字、那美さんだ。
そう確信して見上げた先に見えたのは、間違いなく那美さん……の面影があるけれど断言出来ない。
何しろ、雪子学校長のように見慣れた姿では無く、大人の女性の顔立ちになっていたのだ。
更に身に纏うのは、黒いとんがり帽子に、黒いローブという西洋の魔女スタイルで、地面に対して横倒しの状態で浮いているホウキの柄の上に立っている。
両腕で私を抱えているので、そうなっているのだとはわかるのだけど、綱渡りの綱のようにホウキの柄に立ち、しかもそのホウキが宙に浮いているのは衝撃的だった。
「えーと、君は、神獣? それとも、神使?」
那美さんの質問に、どう答えようかと思っていると、目の前でまたも爆発が起こる。
爆風が那美さんと私を飲み込もうとした瞬間、私たちと爆発の間に、人影が一つ、文字通り飛んできた。
「なっちゃん、だいじょ……何その子!?」
右手を爆風側に突き出して巨大な円形の氷を瞬時に発声させた声の主は、こちらを振り返るなり、目を輝かせる。
MAPで確認するまでも無く、いつもと変わらない容姿の舞花さんだった。
全身を水色のフリルたっぷりなドレスに身を包み、白銀に水色の宝石が輝くイヤリングが両耳、ティアラが頭上に輝いている。
そんなまさに童話のお姫様と言わんばかりの出で立ちで、舞花さんは足下に生み出したらしい氷の足場の上に立っていた。
「可愛い!!!」
いつものようにハイテンションになった舞花さんが、一気に距離を詰めてくる。
那美さんから私を受け取ろうと腕を伸ばした舞花さんだったが、結花さんらしき「二人とも何やってるの!?」という怒鳴り声が響いて、私を含めた全員がビクッと体を震わせることになった。
が、怒鳴られ慣れているのか舞花さんはすぐに結花さんに言葉を返す。
「だって、可愛い銀狐さんが居て、巻き込まれたら危ないでしょ?」
そんな舞花さんの言葉に一番最初に反応を示したのは、花子さんだった。
「ぎ、銀狐ですか?」
こちらに向けて飛んでくる花子さんは、普段と変わらない容姿をしているが、その服装は全身黒の和装……というよりは忍者装束といった感じの出で立ちである。
顔以外を布で包み、着物の合わせ目から僅かに覗く内着は、細い鎖が幾本も重なる鎖帷子に見えた。
そして、私たちの目前までやってきた花子さんは目を丸くしてから「ひょっとしてですけど……」と恐る恐るといった風に切り出す。
「凛花さん……ですか?」
花子さんがそう発した瞬間、その場の全員の視線が私に集まった。
とりあえず、視線に答えるために、コクリと頷いてみせるが、それを切っ掛けに舞花さんが『種』の存在を忘れてしまったかのように、私に意識を集中させてしまう。
「え、ほんとに、リンちゃんなの? え、狐さんになれるの? 毛並みかっこいい、でもふわふわもふもふで可愛い、え、なでていい? なでていい?」
かなり興奮して迫ってくる舞花さんに恐怖を感じる私だったが、何故か私を抱きしめる那美さんの力も徐々に増していて、潰されそうな程の圧迫を狐の分身は感じ始めていた。




