序 獣と化して
それは想像したこともないような不思議な感覚だった。
ただ速く、より速く、そう思うだけで、体がそれにふさわしい動きへと変化していく。
二足歩行だった走りは四つ足となり、気付けば人間を真似ただけの無様な二足の疾走は、獣のごとき四足での疾走ヘと変わっていた。
私の意識では全力疾走していることに変わりはないが、二本足と四本足ではその速度が桁違いに変わっている。
あまりにも早くなってしまったせいか、気付くと視界は圧倒的に狭まり両側面が見えず、認識出来るのは前方の狭い範囲だけになっていた。
その上、目に入る景色は色を失い、白黒写真のようになってしまっている。
にも拘わらず、私が恐れを感じなかったのは、感覚的に視えているからだ。
どうやって感知しているのかはわからない。
視覚ではないので、嗅覚なのか、聴覚なのか、それとも再肋間的なモノなのか、可能性は無数にあって、絞れるだけの確定的なモノは思い浮かばなかった。
それでも、脳裏にはグリッドと光るラインで構成された地形情報が浮かんでいて、狭まり色あせた視界と比較すれば、確かな情報なのだと確信出来ている。
まるでゲームのマップ機能のような周辺認識なのは、認知したそのままの情報では、私の頭が理解できないからだ。
……と、思う。
どちらにせよ確証も、推理の手がかりもない以上、これ以上考えても意味が無いと、私は意識を切り替えることにした。
いや、切り替えたと言うよりは、どちらかというと溢れてくる高揚感に、抗いきれなくなっただけかも知れない。
何しろ、一歩走るだけで、胸が尋常ではない程、弾むのだ。
ただ駆けるだけが、こんなにも高揚感をかきたてる面白いモノと感じたことはこれまでない。
これが獣の本能なのかも知れないと思うと同時に、ひやりと背中が冷えるような悪寒を覚えた。
ただ闇雲に、この感情に流されてしまっては、理性を失ってしまうのではないかという意識が、酷く胸をかき混ぜ不安を煽ってくる。
その不安に私はいつの間にか足を止めていた。