興味と私の関係
この後の出来事は、私以上に桜井君が理解している話だ。
だから、多くは語らないで良いと思う。
机の中に、桜井永嗣と書かれた手紙を見つけた時の驚きとか。
実際に彼と正面から話した時の印象とか。
語ろうと思えば、色々と語れる日々ではあった。
だけどその辺りは、桜井君の視点で語ってこそ、意味を持つ。
まあ流石に、彼が好きでもない相手に告白する、なんてことをしてきたのには、かなり驚いたけど。
何にせよ、告白後のあれこれは、大部分を省略させてもらう。
私が探し当てた「日常の謎」は──直前まで忙しかったこともあり──殆どなくて。
強いて言うなら、吹奏楽部の友達から聞いた、練習サボリの裏事情くらい。
だから、それを「第一の謎」として提示して、だけどすぐに解かれてしまって……。
そんな風に、自転車操業でもしているかのようにして、私は謎を出し続けた。
傍から見れば、怪しすぎる振る舞いだったとは思う。
自分でも、「今の私の言葉はちょっと変すぎるかも……」と思ったくらいだ。
ただ、そうは言いつつも、私の正体を考察するという形で、彼は失恋のことを考えないようになっているようだった。
つまり、私の目的自体は達成されていた節があったので、結構計画通りだった、と言えるだろう。
────尤も、桜井永嗣という少年が、卓越した推理力を持っていたことに対しては、私としては何度もヒヤヒヤさせられた。
何しろ、「第一の謎」の時点から、私の些細な言動から矛盾点を暴き出し、「君は一体、何者なんだ?」と聞かれたのだ。
私としては、驚きで一杯だった。
正直、彼と直に会う前は、明らかにやけっぱちで私に告白してきた件と言い、百合さんへの想いと言い、彼はかなり感情的に行動する人なのだろうな、と思っていたのだけど。
実際に出会った桜井君は、かなり理知的な人だった。
いや、理知的と言う表現も、ちょっとずれているだろうか。
どんなに小さな出来事であっても、的確に観察している人、と形容する方が正しいかもしれない。
端的に言ってしまえば、変わった人だった。
だって、そうだろう。
普通、初見である少女に、突然「謎を解いて欲しい」とか言われて、無理矢理音楽室に連れていかれた、なんてことをされたら。
目まぐるしい状況の変化について行けず、話の半分も耳に入らないのが当たり前ではないだろうか。
だけど、桜井君はそんな状況の中でも、目の前の少女が「そろそろ」という言葉を口走っていた、なんて事実を正確に覚えていた。
こうして振り返っても、目ざといとか、良い目をしているとか、そう言う次元を超えた観察力だと思う。
私から仕掛けておいてなんだけど、仮に状況が真逆だったのなら──私が他人に突然謎解きを頼まれた、という状況なら──こうも的確な考察はまず出来ないだろうな、と何度も考えた。
こんなに差が生まれているのは、桜井君と比べて私の頭が悪いというよりも、彼がそれだけ個性的なのだろう。
「日常の謎」を探す時に痛感したことだけど、この世の中には意外と謎が少ないし、それらについて真剣に考えている人は、もっと少ない。
日常の小さな違和感なんて、気に留める人の方が少数派だ。
だけど、桜井君は、その「少ない」側の人だった。
本当に、何気ない日常会話の中であろうと、びっくりするほど細かいところを記憶している。
そして、推理を披露している段階で、「君はこう言うことを言っていただろう?」と、言っている本人ですら覚えていないようなことを言及するのが常だった。
それは、日常的にはまず必要とされないような技能だ。
かなり変わった特徴でもあり、そこだけ見れば、彼は変人と言ってもいいかもしれない。
だけど、私は、いつしかその「変」に、魅せられていた。
彼の推理を聞いているうちに深く聞き入ってしまい、自分が謎を出している側だ、ということを忘れかけたことすらある。
「謎解き」という、ドラマや映画の中でくらいしか見たことの無い行為を、実際に目の前でされるというのは、そのくらい面白いことで。
その謎解きを行えるくらいの能力を持つ桜井君は、今までのどんな友達にも持ちえない特徴を持った、凄い人なのだなあ、と思い始めて。
いつの間にか彼は、私にとっては今まで以上の興味の対象と化していた。
……ああ、このタイミングだ。
この時点で、私の桜井君に対するスタンスは、随分と変化していたのだと思う。
その時まで、私はきっと、桜井君に同情も共感もしていたけど、彼個人に興味は無かった。
というかそもそも、彼の性格や個性については、碌に知りもしなかった。
一方的に見つめていただけなのだから、当然なのだけど────ある意味、物凄く失礼なことをしていた訳だ。
だって、彼の過去や経歴ばかり見ていて、それ以外のことに目を向けていなかったのだから。
だけどこの辺りから、私は桜井永嗣という個人に、着目することが出来てきたと思う。
初恋云々の事情を度外視した、彼の人間像そのものを、ようやく見たのだ。
桜井永嗣と言う人は、ただ単に、私と状況が似ている人間、とかじゃなくて。
或いは、似たような失恋を経験した、同情すべき相手、でもなくて。
……もっと単純に、私が一個人として興味を持っている、そんな相手だ。
今までの友人の中では、見たことも無いようなタイプ。
そしてきっと、これからの人生においても、中々会うことが出来ないのではないだろうか、と思えるくらい稀少な人。
そんな風に、私の認識は変わっていた。
彼は自覚していないだろうけど、日を追うごとにその認識の変化は、私の行動に現れるようになっていた。
この頃から、次第に私は、「私が力になってあげたい、失恋中の少年」にではなく、「私の同級生である桜井永嗣」に、話しかけるようになっていたと思う。
何なら、「四つの謎」関係なく、もっと話したい、とすら思っていたはずだ。
特に、「第二の謎」で、様々な配慮を受けて、非常にお世話になってからは、猶更。
……まあ、ただ。
初恋の時もそうだけど、私は自分の中に生まれた感情を自覚するのが、非常に遅いので。
しばらく、私は自分自身でも、その変化に気がついていなかった。
だから、私が自分の変化に気づいたのは、もっと後。
レアが、私たちの学校に来てからのこととなった。
レア・デュラン。
フランスからやってきた、推理小説大好きな明るい美少女。
そして、私の大切な女友達だ。
日本ではたったの一ヶ月の付き合いでしかなかったけど、これからも仲良くしていきたい、と心の底から思える相手だ。
桜井君にも何度か仲が良い、と言われたことがあるし、周りから見ても上手くいっている関係だろう。
────ただ、これはあくまで、彼女と一ヶ月の時間を過ごした上での話だ。
今となっては言いづらい話だけど、彼女が日本に来た直後は、私は彼女にここまでの好印象は抱いていなかった記憶がある。
いや、はっきりと言ってしまえば、彼女の行動には結構振り回されたというか、かなり骨を折った。
ホームステイ先の生徒会メンバーとして、当然求められる仕事ではあるので、文句はないけど。
それでも、「ああ、また忙しくなるな……桜井君とも会いにくくなるかも」くらいの諦観は覚えていたと思う。
要するに、建前を省いた率直な感想としては、一人で相手をするのはちょっと疲れるかも、とは思っていた。
それ故に、という側面もあったのだろう。
自分の家に案内したレアが、「私、漫画で読みました!日本って、探偵が一杯いるんですよね!マコト、一人くらい知りませんか?」などと言ってきた時。
迷うことなく、桜井君の名前を出したのは。
所謂、一石二鳥だ。
生徒会メンバーとしてレアと行動を共にするのは必須事項で、なおかつ桜井君にも「四つの謎」を提示したいのなら、レアと桜井君を交流させればいいのではないか、という思いつき。
それに──巻き込まれる形になる桜井君には悪いけど──レアの相手を桜井君がしてくれる機会が増えるだろうから、疲労も半分こに出来る。
自画自賛になるけれど、効率的なプランだったと思う。
実際、この思いつきはかなり上手くいった。
桜井君の話を聞いていたレアは、非常に彼に興味を持ったようで────学校に見学に行った日には、私を振り切ってまで彼を探していた。
何とかして二人を見つけた時には、桜井君とレアは、殆ど抱き着いているような近距離で会話していたくらいなので、余程気に入ったのだろう。
だから、これは喜ばしい話だったはずだ。
留学生の相手と、「四つの謎」の提示と言う私の二つの目的が、上手い具合に一つになったのだから。
桜井君とレアが仲良くなるのを、止める理屈は無い。
そもそも、私がレアに桜井君のことを教えたのだし。
……だけど。
何故か。
本当に、その時は意味に気がついていなかったけど。
レアが、彼女の癖なのか、かなり近い距離間で──さながら、キスでもしているかのような近さだった──桜井君に話しかけているのを見つけた時。
私が口にしたのは、こんな言葉だった。
「それより先に、ちょっと離れましょう、レア。桜井君、近づかれ過ぎて、困っているから」
本当に、桜井君が、困っていたのだろうか。
今となっては、疑問の残る一言だ。