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バウムクーヘンと彼女と謎解きと  作者: 塚山 凍
EpisodeⅠ:音色の研究
9/94

ミスと怠惰の関係

 ……ただ、結論から言うならば、神代の連絡先に関しては、僕は心配する必要が無かった。

 その日の夜、僕の使っている無料通話アプリを介して、神代が連絡を取ってきたからである。

 どうにも、友達の友達の友達の……という縁を辿り、僕のクラスメイトから紹介してもらったらしい。


 それが手間だったから、というわけでも無いのだろうが、彼女が送ってきた内容はシンプルだった。

 画面に映るのは、単に一言。


『第一の謎、解けた?』


 ────あまり悩まず、僕は返信をした。

 彼女と同様に、シンプルな返事を。


『明日、第二音楽室の前に来て欲しい。そこで謎解きをしたいから』


 打ち込み終わると、すぐに「既読」の二文字が現れた。

 さらに、画面上に「了解」と簡素な文字が映る。

 続いて、「何時に行けばいい?」と送られた。


 ──そうだな、()()()()()()()()()()、ちゃんと指定しておかないと。


 そう考えながら、僕は集合時刻を打ち込んでいった────。




 そんなこんなで、次の日の放課後。

 少し早めに僕が第二音楽室の前に行くと、既に神代はそこに佇んでいた。


「……やあ」


 何と声をかけて良いのか分からず、適当に呼びかけてみる。

 すると、軽く俯いていた彼女が、すぐに顔を上げてくれる。


「桜井君、来たのね」

「ああ……上手い具合に、謎が解けたから」


 そう告げると、神代は何故か少し微笑む。

 同時に、軽く首を傾げながらこう言った。


「その様子だと、自信があるのね?貴方がした推理に」

「自信と言うか……『こうじゃなきゃおかしいよな』っていう話を思いついただけだよ」


 手を振りながら言葉を返すと、神代はまた首を捻るような動きをした。

 だが、それを静止した僕は、軽く口元に指を当て、「シー……」と言う。

 丁度、昨日の神代と同じように。


 こうやって神代と話している間も、絶え間なく第二音楽室から聞こえてくる吹奏楽部の演奏音。

 その動きを察して、僕は出来る限り口を閉じるように促したのだ。

 いやまあ、例の物の音量からすると、別に多少話していようが余裕で聞こえるだろうとは思っていたが、念のため、だ。


 僕の意図を察したのか、神代もまた、自身の両手で自分の口をふさぐような動きをする。

 美少女と言うのは得なもので、その動きは随分と可愛らしかった。


 だが、今はそんなことはどうでもいい。

 重要なのは、これから聞こえる、例の音のタイミングである。


 ────そして。


 不意に、「ピヒャー!」という感じの音が、演奏音に挿入された。

 さらに、その後にはやや静かな間が流れる。


 ──来たか。


 予想していた物が、予想していたタイミングでやってきた。

 それだけの事なので、僕は大して驚かなかった。


 そして、それは()()()()()()()()()()()

 彼女は軽く上を向いただけで、すぐに口元に添えていた手を解く。


「また、聞こえたわね。あの音……」


 そう言う神代に、僕は軽く頷く。

 同時に、こうも言った。


「神代……今の時間、見てくれる?」

「時間?」

「ああ。それが、凄い大事なところだから」


 言葉少なに、僕はそう言ってみる。

 僕が見てもいいのだが、一応謎解きを聞かせる側として、彼女自身に確認してほしかった。

 その方が、彼女も僕の話を理解しやすいだろう。


 僕に言われた通りに、神代は自分の腕時計に視線をやる。

 そして、律儀に報告してくれた。


「ええと……午後五時丁度、くらいね」

「そうだね。僕が、『午後五時直前くらいにここに来て欲しい』と指定したから、当然と言えば当然だけど」


 今日は、昨日と同様に三時くらいに授業が終わっていた。

 だからこそ、このタイミングとなったのである。


 ──これで四回目……確定ってことでいいか。


 神代の前で、僕は密かにそう考える。

 そして、神代に向かって、「ここで確認したいことは全部聞き終わったから、移動しない?」と提案した。




 僕が提案した移動場所と言うのは、つい二時間前まで授業をしていた、僕のクラスの教室である。

 先述したことだが、この時間帯の教室には、まず人がいない。

 だからこそ昨日、僕が神代に告白する際に利用したのだが────人がいないという環境は、こう言う時にも有効活用できる、と踏んだのだ。


 すなわち、今から僕が行おうとしている謎解き。

 この目的のためには、この教室がうってつけの部屋だった。


 故に、すぐに第二音楽室から移動した僕は、大して緊張もせずに、普段から使っている自分の席に座り。

 他クラスの生徒である神代は、座る席を探すように周囲を見た後、結局僕の隣の席に腰を下ろす。


 それを確認してから、僕は静かに口を開いた。

 何故、謎が解けたのかを説明するために。




「さて────」




「今回の、第一の謎の話。あれを聞いた時の僕が、最初に不思議に思ったことは、『何故、神代の前ばかりで、そんな音がタイミングよく聞こえているんだ?』ということだった」


 まず、自分がそこを不思議に思ったかを説明しておく。

 その方が、これからの話には都合が良かった。


「だって、そうだろう?仮に、あんな目立つようなミスをする部員が吹奏楽部に居たとしても、普通、ミスをするタイミングなんて、ランダムなはずだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「でしょうね……まあ、だから私も不思議に思ったのだけど」


 一つ頷いた神代は、「それで?」という顔をする。

 まあ確かに、ここは神代自身も言っていた疑問点だ。

 彼女としては、目新しくも無い話だろう。


 だから、僕は次に彼女が言及していなかった謎に話を広げた。


「だけど、よく考えたら、もう一つ不思議な点があった。……それが、あの凄い音が聞こえる『時間』なんだ」

「時間……具体的に、午後何時くらいに聞こえていたか、ということ?」

「そうだ。そして君の話を総合すると……あの音には、規則性があったことが分かった」

「規則性?」

「ああ。具体的に言うと、さ」


 軽く、息を整える。


「あの音は、今日で四日連続で聞こえているけど……その全てが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ということだよ」


 ────神代が、最初に例の音を聞いた日。

 その日の状況について、神代は確かこう言っていた。


 神代はその日、生徒会のメンバーとして、代表委員会に参加していた、と。

 そしてその代表委員会は、放課後が始まってすぐに開始し、二時間くらいで終わった、と。


 それが終わったからこそ、彼女は決定事項を書きに、第二音楽室横の掲示板に赴いたのである。

 つまり、授業が終わって二時間と少しが経過したタイミングで、例の音に初遭遇したわけだ。


 そして、次の日の遭遇。

 この日は、授業が午前中までしか無かった。

 だからこそ、彼女の話にあった通り、一時間くらいで給食も終わり、解散となったのである。


 つまり、この日授業が終わって放課後になった時間と言うのは、午後一時くらいのことになる。

 そして、この日彼女があのミス音を聞いたのは、おやつの時間。

 すなわち、午後三時くらいのこと。


 単純に引き算をすると、やはりこの日も、授業が終わってから二時間くらい経った頃に例の音が響いたことになる。

 そしてそれは、三日目と四日目──昨日と今日──も例外ではない。


 昨日、僕が神代に引きずられてあの音を聞いたのも。

 今日、逆に僕が神代に指定した時間も。

 どちらも、午後五時ごろ────午後三時くらいに授業が終了してから、約二時間経過した時の話になる。


「そして、普通に考えれば、授業が終わって放課後になった時間って言うのは、そっくりそのまま()()()()()()()()()ってことになる。つまり……」

「あの第二音楽室では、練習を始めて二時間経つと、絶対にあの音が聞こえる、ということね?」


 話の趣旨を理解したらしい神代が、軽く驚いたような顔でそう呟く。

 やや、芝居がかったような動作だった。


「だけど……そうだとすると、もっと話が不思議になるわね。そんな、機械的にミスをするなんて」

「……そうだ。これは、人間のやることとしては、ちょっと考えられない。それこそ、機械的な特徴だ。だから……これらは全て、人間と言うより機械がやったことだと考えるのが自然だと思う」


 ふう、と僕は軽く息を整えた。

 そして、いよいよ結論を話してみる。


「僕たちが聞いたあの音は、第二音楽室に設置されている、スピーカーから流れていた()()()()だったんだと思う。多分、あの部活では毎日毎日、スピーカーから録音した自分たちの練習音を流しっぱなしにしていたんだ。だから、毎日同じタイミングでミスの音が流れるんだよ……録音音声だから」


 録音音声、と小声で神代が呟く。

 同時に、こうも言った。


「だとしたら、何故そんなことを……」

「まあ、普通に考えたら、一つしかないと思う」


 部活中に、自分たちの練習する音を──ミスした音も込みで──流す理由。

 そんなもの、数多くは考えられない。


 より上手くなるために、自分たちの演奏の出来栄えを確認しているか。

 或いは────()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、だ。


「恐らくの話だけど……第二音楽室に居る吹奏楽部の部員たちは、練習をサボっているんだよ。だから、あの音を流したんだ。自分たちのサボりが、バレないように」


 第二音楽室の、開きっぱなしの小窓。

 それと、カーテンを閉め切って尚微かに音が聞こえる窓ガラスを思い返しながら、僕はそう断言した。

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