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バウムクーヘンと彼女と謎解きと  作者: 塚山 凍
Episode reverse:謎解きと彼とバウムクーヘンと
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すれ違いと私の関係

「推理物が好きなんだったら……謎解きとかも、好きなのかな?じゃあ、自分で実際にやってみるとか……」


 連想するようにして、そんな言葉が浮かんでくる。

 一応、馬鹿げた思い付きであることは自覚していた。

 常識的に考えれば、いくら推理小説が好きであろうと、謎解きを自分でするのが好きだとは限らない。


 いや寧ろ、読むのは好きでも自分でやるのは全く、という人の方が多いだろう。

 推理作家や推理小説マニアが探偵役として大活躍するのは、フィクションでのみ成立する話だ。


 もっと言えば、百合さんの言う「推理小説とかの本が好き」というのが、どのくらい確かな物なのか、この時点では分かっていなかった。

 百合さんの記憶があやふやで、実際は別のものが好き、というのは十分にあり得る話だし、そうでなくとも桜井君が百合さんに見栄を張って、適当を言った可能性もある。

 あの一言だけで「桜井君に謎解きをやらせてみよう」というのは、無茶な判断だろう。


 だけど────これ以外に、私が提示できる「桜井君が興味を持ちそうな物」がない、というのも、また事実だった。

 勿論、百合さんに密かに聞けば、また別の趣味を聞き出せるかもしれないけど……。


「けど、そうすると百合さんに『桜井君は百合さんのことが好きだった』ってことがバレちゃうかもしれない……しかも百合さん、雰囲気からして桜井君の想いには、気づいてなさそうだったし」


 そんな懸念が、自然と浮かんだ。

 要するに現状、百合さんはまさか桜井君が自分を相手に失恋を経験しているとは気がついていないだろう、ということだ。


 そうなると、今の桜井君としては、自分が百合さんを好きだったという事実は──桜井君がダメもとに告白をしていたとかじゃない限り──絶対に彼女に知られたくないだろう。

 知られたところで、惨めになるだけだ。


 私がお兄ちゃん相手に失恋を隠しきったことと、同じ感情。

 いっそここまで来たら、最後まで相手に知られない方が、まだ傷は浅いと言う判断。


 それが良いか悪いかは別にして、私がそこを崩すわけにはいかない。

 つまり、ここから先の計画を私は、「桜井君は推理小説が好んで読んでいた時期があるらしい」という情報だけを頼りに進めなくてはならないのだ。

 そうなると、私の口から飛び出た「謎解きを実際にやらせる」というのは、その情報から思いつけるほぼ唯一の提案と言えた。


「具体的には……私の方から、何か夢中になれそうな謎解きを頼むとか、悩み事を相談する形になる、かな。まあ、現実には推理小説に出てくるような殺人事件なんてそうそう起こらないから、もっと些細な謎を持ち掛けることになるだろうけど」


 ……ここで些細な謎、という単語を選んだのには、理由がある。

 というのも、丁度この時期、私自身がその些細な謎に遭遇していたのだ。


 この時期まで仲良くしていた舞が、あまり遊んでくれなくなってしまったという謎────後に、「第二の謎」として桜井君に持ちかけた話である。

 舞に変化が起きた時期というのは、夏休みの少し前あたり。

 桜井君の失恋を悟ったのとほぼ同じ時期に、私は長年の友人に関する「日常の謎」にも遭遇していたのだ。


 無論、この時期の私には、それが根の深い問題であり、実際は唐突でもなんでもない変化であることには気がついていない。

 ただ単に、舞は何か用事でもあったのかな、また暇になったら事情でも聴こうかな、と不思議に思っていただけだ。


 だから、ここで私が注目したのは、舞の変化よりも、「自分のような普通の人でも、そういう些細な謎なら遭遇する」という発見の方だった。

 この知見は、使えるのではないか、と。


 推理の対象とするには規模が小さいかもしれないけど────こういった、些細な「日常の謎」なら。

 桜井君に持ちかけるだけの数が、容易に集まるのではないか?


「でも、桜井君が謎解きが得意だった場合、あんまりにも簡単な謎だったら、すぐに解かれちゃう……じゃあ、何個か用意しないといけない、か」


 ふーむ、と大きく天井を仰いで。

 それから私は、手元のメモ帳に「『日常の謎』を用意しておくこと!」と書いてみた。


「あ、でも、その場合最初はなんて声を掛けよう?私はともかく、桜井君は私のことを知らないだろうし……見ず知らずの同級生が突然『謎を解いてくれ』って言うのは、いくら何でも……」


 んー、と唸って見せる。

 普通に、自分が百合さんの知り合いであることを打ち明けるのが一番手っ取り早いのだろうけど────その場合、桜井君が私を避けるのではないか、という気もする。

 私が一時期、お兄ちゃんに関する全てのことを避けていたように、桜井君も百合さんに関する全てのことを避けるようになってしまっているという可能性は、ゼロではない。


「じゃあ、私が百合さんの関係者であることは、最初は明言しないようにして……そうだ、私の正体自体も、その『日常の謎』の一つにしてみようかな。それなら、彼も興味を持ってくれるかも」


 いくら何でも怪しすぎる気もするけど、上手くやれば、桜井君の意識を失恋から私の正体に誘導できるかもしれない。

 つまるところ、失恋の痛みを味わう時間がより減るわけだ。

 そんなことを考えながら、私はメモ帳をじわじわと埋め始めていた。




 ……そう言う経緯で、「桜井君に謎解きを持ち掛け、失恋について意識させないようにする」という計画は、私の中ではいつの間にか既定路線になっていた。

 今思えば、随分と不確実な話というか、生真面目に考えすぎて訳が分からない方向に突っ走ってしまった感じがあるけど、当時の私としては真剣だった。

 なまじ失恋の経験が生々しい分、直接的な励ましや接触を、極端に避けていたのかもしれない、とも思う。


 それでも、それから私は桜井君に持ちかける用の謎を、メモ帳にちょこちょこと書いていった。

 真剣に、生真面目に。

 変なところで、私は妥協が出来ない。


 ……ただ、結論から言ってしまえば。

 私が始めたこの計画は、随分と時期が悪かった。

 端的に言えば、少々遅すぎた。


 というのも先述したように、私が計画を練ったこの時期というのは、夏休みに入る直前、七月のことだ。

 もう、平日に学校で桜井君と会うのは、何日も無いかもしれない、というレベルの時期である。


 しかし、この時の私は、変にこの計画に凝ってしまい、複数の「日常の謎」を探そうとしていた。

 いくら何でも、一つしかない状態で話しかけては、すぐにボロが出ると思って。


 だが、「日常の謎」というのも、名前に「日常」とついている割に、頑張って見つけようと思わないと、中々見つからないものだ。

 複数用意しようと思うと、それなりに時間がかかる。


 必然的に、私がそれを用意するのにもある程度の時間は必要で。

 そんなことをしているうちに────当の、夏休みが到来してしまったのである。


 普段なら、夏休みというのは私としては喜ぶべきイベントだった。

 学生らしく、楽しく遊ぶ時期である。


 しかし、この時に限っては、夏休みは私たちのすれ違いの材料と化していた。

 これは、考えてみれば当然のことなのだけど────帰宅部である桜井君は、夏休みになると完全に学校に来なくなってしまうからだ。

 要は、私が会いたいと思っても、会えないのである。


 それを抜きにしても、失恋のショックを引きずっているのか──深宮君あたりから聞いた話によれば──その夏の桜井君は、殆どの時間を自室で過ごしているらしかった。

 外に買い物に出るのも珍しい、というレベルだったそうだ。

 つまるところ、ただでさえ無い私と桜井君の接点が、完全になくなってしまったのだ。


 こうなると、私が桜井君に会おうとすると、彼の家に押しかけるしか手段がなくなってしまう。

 幸か不幸か、百合さんの家の位置は聞いたことがあったので、彼の家に行くこと自体は可能だった。

 正確な住所は知らずとも、方向は分かる。


 ただ、実際には。

 私には、それをする時間が無かった。

 ……私の方も夏休みに入ると、予想外に忙しくなってしまったからだ。


 当時の私はうっかり忘れていたのだけど、この夏休みというのは、この県の中学校とフランスの学校の間で行われた、交換留学のプログラムの準備が本格化した時期でもあった。

 要するに、私の家にレア・デュランという少女──この時点では名前しか知らない──を迎えるための準備を、生徒会メンバーとしてやる必要が出てきてしまっていたのだ。


 普通の生徒会の仕事であれば、ある程度時間をずらしてしまったり、多少は遅刻したりしてもまあ何とかなる。

 所詮は、中学校の内部のことなのだから。


 しかし、外部の人が絡む交換留学というイベントの打ち合わせとなると、そう予定をずらすことも出来ない。

 いくら「日常の謎」を見つけても、中々、桜井君に会いに行く時間は捻出できなかった。


 ──何でこう、私が桜井君に会いに行こうとすると、途端に周囲が忙しくなるのかな……。


 そんなことを、夏休み中に何度もぼやいたと思う。

 そう愚痴ってしまうくらい、当時は忙しかった。


 しかも、これまた結果から言うのだけど。

 私のその忙しさは、決して、夏休みに限定されたものでは無かった。

 夏休みが終わった後も、変に続いてしまったのだ。


 例えば、新居への引っ越しの件でトラブルが起きてしまい、困っているというお兄ちゃんの元に食料を届けて欲しい、と言われたり。

 その出向いた先で、二人の痴話喧嘩というか、些細な誤解に巻き込まれてしまったり。

 もしくは、久しく遊んでくれなかった舞が突然遊びに誘ってきて、流石に小学校時代からの親友の誘いということでそちらを優先すると、また変な行動を見せられたり。


 細々とした外せない用事というのが、この時期は妙に連続してしまっていた。

 それらの案件を、何とか捌いているうちに、九月は終わってしまったと思う。


 私の主観としては、いつの間にか九月が終わり、十月の初めに────お兄ちゃんと百合さんの結婚式にまで、時間が飛んだかのような感覚だった。

 桜井君の様子を見る時間なんて、殆ど取れなかった。




 ……だから、私がようやく彼に会えたのは、もう少し後。

 十月八日、お兄ちゃんと百合さんの結婚式場だった。

 この日になって、何とか、私は桜井君の現状を知ることが出来た。


 まあ、いざ行ってみると、桜井君は正式に出席せず、バウムクーヘンだけ持ってすぐに帰ってしまったために、実際に彼の姿が見えた時間は三分も無かったけど。

 そんな刹那であろうと、やっと、私は彼に会えたのだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ずっと桜井くんのこと考えてるじゃん… [気になる点] ここで一話目に戻るわけか
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