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バウムクーヘンと彼女と謎解きと  作者: 塚山 凍
Episode reverse:謎解きと彼とバウムクーヘンと
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成長と私の関係

 ────少し前に、私にとって生徒会選挙と言う物は、解熱剤に過ぎなかった、ということに触れた。

 失恋そのものから立ち直っていなくとも、とりあえず症状を抑えるために利用していた、対処療法だったのだと。

 だからこそ、やがてその効果は切れてしまい、私はまた立ち直っていない状態に戻ってしまったのだ、と。


 この説明を、もう少し深く踏み入ってみたい。

 そうすると、この頃の私の精神状態が────何故、両親に明るいと言われるほどになったのかが、よく分かる。


 大前提というか、物凄く当たり前のことなのだけど。

 前回の解熱剤の効果が切れたのには、理由がある。

 ごく単純に、生徒会選挙というのは一ヶ月もすれば終わるものだからだ。


 やがては終わってしまう以上、ずっと忙しいまま、とはいかない。

 だからこそ、私は生徒会選挙が終わってから、「忙しくて失恋について考える暇も無い」という状態から脱却してしまった。

 それが、私がまた落ち込んだ原因だ。


 しかし────私がここ最近考え続けていた、「桜井君に対してどう失恋を伝えるか」という問題は。

 思い返してみると、生徒会選挙以上の期間に渡って、解決できないまま持続している。

 彼に出会ったのが今年の二月で、親に先述の言葉を投げかけられたのが四月のことなので、二ヶ月以上だ。


 要するに、図らずもというか、皮肉なことにというか、桜井君の存在そのものが、新しい解熱剤のようになっていたのだ。

 それも、生徒会選挙のように時間が経過すれば自然と終わるものでもない、答えのない問題として。


 それ故に、失恋によるショックは、ここ最近なりを潜めていた。

 文字通り、「二の次」になっていた訳だ。

 桜井君のことを()()()()()()()()心配していたために、本当に自分のことである失恋のショックが、棚上げされていたとも言う。


 その辺りに、親から見て私の表情が明るくなった理由があるのだろう────。




「でも、本当にそれだけ、なの?確かに、いつの間にか失恋について考える機会自体が減っていたけど……他に理由があるとしたら、それは、何?」


 親との会話を終えてから、私は休日なのを良いことに、自分の部屋に籠った。

 そこで、むう、と考え込む。

 まだ、自分の心が分からないな、と。


「桜井君の件が新しい解熱剤になったのは納得できる、けど……そのことと、失恋から立ち直るのとはまた別なはず。根本の悩みが解決していないのなら、そんな明るくなるはずは……」


 でも、と私は何となく、鏡を見る。

 そこには、見慣れた自分の顔があった。

 考え事をしているせいか、軽く口を尖らせている。


 しかし、その表情は、言われてみれば確かに、悲壮感が無かった。

 失恋直後など、泣いてもいないのに目は常に充血し、目元もくまを常備しているくらいで、誤魔化すのが大変だったくらいなのだけど。

 いつの間にか、そう言う物は消え去っていた。


 いや、そもそも、こうやって冷静に失恋について思い返し、考えることが出来ている時点で、ちょっと妙だ。

 少し前なら、その単語を想起しただけで、アレルギーのように泣いていたのに。

 ここ最近は、割と冷静にそれを受け止めている気がする。


 やはり、間違いない。

 桜井君関連での悩み事を抜きにしても、私の精神状態自体が、いつの間にか大きく回復している。

 要するに、別の悩み事を抜きにしても、無意識に失恋のショックから立ち直りつつあるのだ。


「でも、何故……それだけ、時間が経ったから?」


 自分で口にして、それは無いな、と思う。

 普通の人は、多分失恋の傷というのは時間経過と共に癒えていくのだろうけど……私の場合、もうちょっと面倒くさいというか、執念深い。

 加代さんを通して体験した初めての失恋のことを回想しても、時間が経つだけで、ここまで心が回復するとは思えなかった。


 何か、私が自覚していないだけで、明確な理由があるはずなのだ。

 桜井君に心配をして考える機会が減っていた、という理由以上に、私の心を癒していた「何か」が。


 そう言う物がなければ、いつの間にか変化に気づく、なんてことにはならないだろう。

 人間の精神変化は、大抵の場合「いつの間にか」起こるものだということを考慮しても────何か、切っ掛けぐらいはあるはず。

 そう考えて、私はあり得そうな可能性を口に出す。


「……でも、そう考えると、切っ掛けは桜井君しか、ないのかも。ここ最近の変化って、彼のことしかないし。彼が失恋した時のことを心配していただけでなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、とか?」


 鏡の中の自分に言ってみて、即座に何だそれは、と思った。

 知り合うだけで相手の心を癒すとか、桜井君は超能力者なのか。

 いくら何でも、突飛だろう。




 ……ただ、不思議なことに。

 その理屈に、私が一定の説得力を感じていたのも、また事実だった。

 私の心の中を、私はより深く見つめていく。




 再三言っているように、桜井君と私の抱えていた恋愛事情は、ほぼ同じだったと思われる。

 私たちは後天的な双子みたいなもので、小さいころから、似たような条件の人を好きになり、似たような経緯で失恋した。


 彼の方のみ、まだ失恋に気がつけていないけれど、言ってみればあの姿だって、有り得たかもしれない私の姿だ。

 桜井君に聞かれたら嫌がられるかもしれないけど、彼の姿は、私のIFみたいなもの、と言っても過言ではないかもしれない。


 そんな、彼の姿を見続けることで。

 或いは、考えることで。

 私は自然と────初恋真っ最中だった自分の姿を、客観視していたのではないだろうか。


 初めて彼の姿を隠れ見た時、その仕草が自分と似ていることから、「初恋の人って皆同じようなことをするのかな」と考えたように。

 私は桜井君を通して、無意識に自分の行動を振り返っていたのではないだろうか。


 そうそう、こんな振る舞いをしていたな、とか。

 あー、こんな感じだったなあ、とか。


 ……やっぱり、普通に考えれば、叶えるのは難しい恋だよなあ、とか。


 その恋の難しさを、彼越しに再確認して。

 それを繰り返すことで、静かに納得していった。


 元々、理屈としては分かっていたことだった。

 十歳年上の相手のことを好きになるということは、そのくらい難しいことになる、ということは。


 そんな事、お兄ちゃんのアパートに通い始めたあたりから、自覚はしていた。

 精一杯背伸びをしたところで、叶うのは相手の世界を垣間見ることだけ。

 思いが通じるかどうかは、また別の話だと。


 第一、少しでもお兄ちゃんが私を恋愛対象に含んでくれていたのなら、私に彼女や婚約者を紹介するはずもない。

 彼が、私のことを「この子も家族だから」と告げた時点で、私がそう言う対象になることはあり得ないと、断定されていたのだ。


 私は、神代真琴は。

 お兄ちゃんが家族扱いしてくれている、年下の幼馴染ではあるのだけど────それ以上のものではない。

 大前提として、変に恥ずかしがって、想いを伝えたこと自体が無かったのだから、猶更。


 そうだ、この理屈は、ずっと前から分かっていた。

 私だって、常識がないわけじゃない。

 だけど、理屈はともかく、感情は全然納得できていなくて。


 それ故に、今までぐだぐだとショック状態を続けてしまって。

 だけど、桜井君の振る舞いを通して、感情の方も納得し始めていた。

 だからこそ、精神状態が無意識に改善していた。


 桜井君はまさか、そんな目線で見られているとは露ほども思っていないのだろうけど。

 ああやって、第三者視点として「十歳年上の異性に恋をする中学生」という例を見ていると、やはり納得せざるを得ない、というか。

 ああ、当然のことだったんだなあ、と思う部分があった。


 要するに、自分と似た環境に居るはずの桜井君を見て、ようやく感情の方も冷静になり、失恋を受け入れ始めていた、ということだ。

 誰が悪いことでもないと、理解した。


 特に悪いことをしているわけではなく、ああして無邪気に初恋を続けている桜井君が、彼の知らないところで失恋を確定されてしまったように。

 私のことも、きっと、自然な流れというか。


 本当に、仕方の無いことだったのだ。

 自意識よりも先に、無意識がそれを理解していて。

 そして今、私の思考はその理解に追いついた。


「仕方が無い、か……」


 自分で言って置いて、クスリと笑う。

 結局最後まで「好き」と伝えなかった勇気の無さとか、それなのに相手に執着する面倒くささ、さらには関係のない奇行にまで走る異常性までを、この一言で済まそうとするのだから、随分と卑怯な一言だ。


 いや、でも。

 だからこそ。


「だから……失恋したんだ、私」


 そう、言葉に出すと。

 私の見つめる鏡に、水滴が。

 ポツリと落ちた。






 ……まあ、そう言う人に知られざる内的な戦いを経て、私は失恋を受容した。

 もしこの姿を見ている人がいるとしたら、いつまでたっても大人になれない、恥ずかしくて面倒くさい少女の身勝手だと、存分に笑って欲しい。

 中学二年生という年齢を考慮しても、ちょっと酷いと思う、自分でも。


 ただ、自己反省は程々のところで止めておかなくてはならない。

 というのも────これ以降は、解熱剤云々関係なく、私は自分に構っていられなくなったからだ。




 私の失恋の受容から、三か月経った頃。

 結局、桜井君に話しかけることも出来ないまま、時が流れてやってきた七月。

 後少しで、中学生二度目の夏休みに入る、という時期。


 ……世界が終わったんじゃないか、と錯覚するような酷い顔で、桜井君が学校に登校してきたのだ。


 彼の友人たちは、おろおろと心配していたようだけど。

 廊下からその様子を偶然見た私だけは、一発で理解した。

 理解できてしまった。


 ああ、知ってしまったんだ、と。

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