表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
バウムクーヘンと彼女と謎解きと  作者: 塚山 凍
Episode reverse:謎解きと彼とバウムクーヘンと
82/94

解熱剤と私の関係

 ────一先ず、思い出すことも出来ない祝辞のことは置いておくとして。

 そこからの私の奇行について、説明をしようと思う。


 ただ、この説明は大幅に省略できる。

 だって、これについては、桜井君がした推理の中で、十分すぎる程説明されているから。


 二回、同じ相手に失恋する──しかも、事実上の婚約を宣言されたことで、これ以上その相手を好きでいられなくなる──という経験を経て、また私は呆然自失としてしまって。

 その動揺を抱えたまま、変な行動につき走った。

 生徒会選挙に出て、しばらくの間何も考えないようにする、という奇行に。


 桜井君は、私のこの行動を、「自分を強制的に忙しい状況に追い込み、失恋のことを考えないようにする対処法」と推理してくれたけど。

 ぶっちゃけた話、当時の私の精神状況を考えると、そこまで色々と考えていたかどうかは、かなり怪しいと思う。


 勿論、そう言う期待を込めての立候補ではあった。

 だけど実情を言えば、ボーっとしているうちに、生徒会選挙のポスターが目に入ったので、何となく申し込みをしてしまった、という方が正しい気もする。


 例えばあれが、生徒会選挙ではなくアフリカ留学のポスターだったなら、私は今頃アフリカに居ただろう。

 或いは、あれが山登りの誘いだったのなら、富士山だろうがエベレストだろうが、呆然としたまま向かっていたのではないだろうか。

 そのくらい、主体性の無い行動というか、流された末の振る舞いだった。


 尤も、そうは言っても、あの行動にそれなりの意味があったのも、また確かだった。

 適当な振る舞いだったとしても、一応の効果はある。


 レアにも後に説明したことだけど、たかが中学生内で行われるだけの選挙だというのに、ウチの中学校の選挙はやることが多い。

 将来、選挙権を持つようになった頃のリハーサル、という意味もあったのかもしれないけど、何かと仰々しい上に手続きが多く、失恋について考える暇が無いのは事実だった。


 だからなのか、この時期の私は、確かに心にショックを抱きながらも、泣くとか悲しむとか、そう言うことはしなかった記憶がある。

 小学三年生の頃の、最初の失恋とは、その点で様子が違った。


 それが、単純に選挙に参加したことで、泣くことにエネルギーを費やせなかったのか。

 或いは、まだ失恋を受け入れられていなかったのか。

 この時点では、正確に分かっていなかったけど。




 ……続きと行こう。

 生徒会選挙は、そんなことを考えているうちに、何とか終わりを告げた。

 一つだけ、問題を残して。


 その問題というのは、選挙でうっかり当選してしまったこと────()()()()

 確かに、こんな不純な動機で始めながら、当選したのには驚いたけど──立候補している時は、心のどこかで流石に落選するだろうと思っていた──それ自体には、そこまで困らなかったと思う。


 先述したように、お兄ちゃんのアパートに通うために、中学入学当初から、私は部活に入っていなかった。

 だから、生徒会活動を行う時間の余裕自体はあるし、部活の両立がどうのこうの、といった揉め事は無い。

 仕事に慣れるのが大変とか、そういう苦労は無いわけでは無かったけど、悩むほどでは無かった。


 だから、生徒会選挙を終えた私に残った問題というのは、そこではなく。

 もっと、根本的な問題だった。




 簡潔に言えば────()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()




 ここが、桜井君の推理が間違っている点であり。

 同時に、私のいじましいというか、未練がましい点だと思う。

 一ヶ月近く、選挙によって目に回るような忙しさの中に居ながら、それでも私は、お兄ちゃんのことを全く忘れられなかったのだから。


 桜井君が推理を間違うのも、こればかりは仕方が無い。

 こんな、鬱陶しい女子の、面倒臭い感情を完全に当てるなんて、誰にも出来ないだろう。

 自分自身でも、呆れてしまったくらいなのだから。


 ……より詳しく言うと、生徒会選挙に出たことが、全くの無駄だったわけじゃない。

 散々言ったように、確かに目にも回る忙しさは、私から失恋について考える時間を奪った。

 私はその時期、選挙活動で身を費やすことで、上手い具合に平静を装うことくらいは出来たのだ。


 だけど、それはあくまで、一時的な物だった。

 当たり前と言えば当たり前の話なのだけど、選挙期間中しかその効果は続かず────当選して時間に余裕が出た瞬間、普通に失恋に落ち込む時間が増えたのだ。


 思うに、私にとってのあの選挙活動は、例えるなら解熱剤のような物だったのだろう。


 病気をした時のことを思い出すと分かると思うのだけど、解熱剤を飲むと、結構大きな病気であろうと、スッと熱が下がる。

 場合によっては、病気なんて全くしていないかのように、元気に動くことすら出来る。


 だけどあれは、本当にただ、熱を止めているだけだ。

 病気を治しているわけじゃない。

 あれは単純に、痛みと炎症を抑えるためだけの薬なのだから。


 軽い風邪だと、痛み止めが聞いているうちに身体が病期に対処するので、さも、「薬のお陰で病気が治った」かのように見えるけれど。

 実際には、解熱剤自体には病気や傷を治すような力は無い。

 せいぜい、「病気が治りやすいように環境を整える」までだ。


 つまり、当然のことながら、もっと重い病気に解熱剤だけを使うと、薬の効果が切れた段階で、また熱がぶり返すことになる。

 そしてそれは、身体が病原体を退治しきるまで続くだろう。

 解熱剤は所詮対処療法であって、根治を目指す物じゃないのだから。


 当時の私の状態というのは、まさにこの「解熱剤の効果が切れた患者」そのものだった。

 選挙活動という痛み止めがなくなったことで、心の痛みを抑える物が無くなってしまったのだ。

 生徒会活動自体はあるけれど、慣れてしまえばそう忙しいものではなく、解熱剤の効果は無い。


 そうなると、私が不意に落ち込んだ時とか、失恋した時の様子とかを思い出した際、それを止める物はどこにもない訳で。

 私の落ち込みは、深く、酷くなっていった。


 当時の思考がどのくらい酷かったかと言うと、ほんの少し放課後に空き時間が出来ただけで、「ああ、以前ならこういう時間はお兄ちゃんアパートに行っていたんだけどな」などと思い出して、それだけで泣いてしまっていたくらいだ。

 それどころか、無関係の人からお兄ちゃんや百合さんの話題を聞くだけで、身体が強張り、息が浅くなっていた。


 つまるところ、私はすっかりアレルギーのような状態になっていた。

 しかも、普通のアレルギーなら、原因物質を取り込まないようにすれば症状が良くなるけど。

 私の場合は、考えまい考えまいとしても、原因物質たる二人のことを、どうしても考えてしまうところがあった。


 あの二人は今、結婚の準備をちょっとずつしているのかな、とか。

 私のことは、特に考えていないんだろうな、とか。

 ……全部、私の独り相撲だったのだろうな、とか。


 そんなことを一々考えては、しっかり落ち込んでいた。

 我ながら純情というか、異常というか。


 ……しかし、今思えば。

 選挙活動が解熱剤に過ぎなかった以上、これは妥当な展開だった気もする。


 だって私は。

 失恋を乗り越えるとか、心の中で整理を付けるとか、そう言うことを一切せずに。

 ただ、逃げたのだから。


 それについて深く考えるのは心が痛みすぎるから、と考えて。

 別のことで、一時的に気を紛らわせただけなのだから。


 しかし、いくら逃げても、気を紛らわせても。

 失恋したという事実と、それに対して感じたショックは変わらない。


 解熱剤を飲んでも病気が治らないように。

 別のことを考え続けても、失恋の傷が癒えるとは限らない。


 そう言う意味では、最初の失恋をした頃の私の方が、失恋からの立ち直りという点では中学一年生の私より優れていた。

 遥かに、ちゃんとしていた。


 だって、あの時の私は、誰にも言わず、一人で頑張って──再燃する程度の未練は残しつつも──立ち直ったのだから。

 泣いて、苦しんで、色々変な演技をしながらも、その想いを風化させる域まで辿り着いたのだから。

 この時の私とは、雲泥の差だ。


 これほどの差が生まれたのは、今回は婚約という、もう手が届かないところにまで相手が行ってしまったせいか。

 或いは中学生になり、より恋愛について深く理解したせいだろうか。


 何にせよ、私はこの時、一人では立ち上がれなかった。

 私がその辺りに整理を付けるのは、もう少し後。

 桜井永嗣という少年について、知ってからのことだった。


 ここが、桜井君のもう一つの推理ミスとなる。

 分からなかったのも、無理はないけど。


 ああ、そうだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 決して、つい最近、お兄ちゃんたちが結婚してからの話じゃない。


 時期としては、その一年前。

 私の生徒会選挙が終わり、多少の時間が経った頃。

 中学一年生の冬の時点で、私は一方的ながら、桜井君のことを知るようになっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ