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バウムクーヘンと彼女と謎解きと  作者: 塚山 凍
Episode reverse:謎解きと彼とバウムクーヘンと
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プロポーズと私の関係

 百合さんの手を取ってから、どうしたのだったか。

 服装的に、そのままとはいかない状態だったので、いったん家に戻って、着替えたのだろうか。

 細かい流れは、よく覚えていない。


 ただ、最終的にお兄ちゃんが「この子も家族だから」ということを言って、私を我妻家に招いたのは間違いない。

 だって、我妻家の人々と、さらに百合さんと一緒に、食事をとった記憶があるからだ。

 百合さんを両親に紹介する場でもあった、その日の夕食で。


 緊張と、和やかさの両方が入り混じったその場所に。

 私は確かに、出席していた。


「……切っ掛けはやっぱり、就活なんだ」


 そんな、よくある言葉から。

 お兄ちゃんは、自分の彼女を紹介し始めた。




 ……お兄ちゃん曰く、百合さんと付き合い始めたのは、入社してからではないらしい。

 お兄ちゃんも、百合さんも、働いている職場は同じなのだけど、そこで働き始める前から、二人は知り合いだった。


 より詳しく言うならば、二人が初めて面識を得たのは、互いに大学四年生となり、就活も終わりが見えていた頃──寧ろ、大学の卒業論文などを心配していた時期──らしかった。

 これには、当時のお兄ちゃんの生活サイクルが深くかかわっている。


 先述したように、当時のお兄ちゃんは地元での就職先を探すため、頻繁にこちらの方に戻ってきていた。

 時期によっては、地元に居る時間の方が、本来の寝床である大学近くのアパートに居る時間よりも長いくらいだったという。


 ただし、私がそのことを知らなかったことからわかるように。

 この時のお兄ちゃんは、地元に頻繁に戻りながらも、実家に泊まってはいなかった。

 例え、数日に渡ってこちらに居なくてはならない事情があったとしても、実家に顔を出すことはしなかったのだ。


 何故そんなことをしたのかは、当時のお兄ちゃんの環境を想像すれば、大体分かる。

 だって、彼は当時、就活中の学生だったのだから。


 家族というのは、なまじ距離が近い分、色々と意味なく話しかけられるものだ。

 つまり、実家に居ると、「今日の面接の手ごたえはどうだったか?」とか、「そろそろ決まりそうか?」とか、そういう就活生が聞きたくない言葉を投げかけられる可能性がある。

 特にお兄ちゃんの母親であるおばさんは、身内のことであろうとそう言うことを噂にする性格だ。


 要するに、お兄ちゃんはあまり、就職先もはっきりしていない状況で、実家に戻りたくなかったのだろう。

 簡単に言えば、家族の目があると何かと鬱陶しい、ということになる。


 だから、お兄ちゃんは地元に戻った際、一人暮らしの友人の家に泊めてもらうことで、寝床を確保していた。

 まあ、妥当な選択だ。

 毎回ホテル暮らし出来る程のお金の余裕はなく、一方で地元であるために高校時代の友人が近くに居る以上、そう言う判断にもなるだろう。


 しかし、そうなると────ある程度必然的な流れとして、「せっかく来たんだし友達同士で飲もうか」みたいな話にもなる。

 同窓会とか、同期の就職決定祝いとか、色々と集まる理由はあった。

 就活と言っても全ての時間が忙しいわけでも無く、地元に帰る度、お兄ちゃんは友人の家で、そう言う飲み会に参加していたようだった。


 百合さんとお兄ちゃんは、その縁で出会った。


 彼女は、お兄ちゃんとは高校が違う。

 大学も違って、百合さんは引っ越す必要も無いような地元の大学に通っていた。

 しかし、お兄ちゃんの同級生には彼女と大学が同じ人がいて、その繋がりで紹介されたことになる。


 勿論、最初から恋愛関連で紹介してもらっていたわけじゃない。

 寧ろ、就活のアドバイスをもらうべく、お兄ちゃんの方から話を通してもらったそうだ。

 二人とも、希望する職種が似通っていたので──何せ、後に同じところに就職したくらいだ──何かと参考になる、と踏んだのだろう。


 そしてその考えは、的中した。

 百合さんとお兄ちゃんは、互いに地元での就職を望んでいることも有り、就活の苦労や愚痴で盛り上がり、比較的早期から仲良くなった。

 やがて、本来仲介役であった、共通の友人を介さずに会うようになるまで、時間はかからなかったのだという。


 加代さんの時もそうだったが、お兄ちゃんはかなりマメな性格で、初対面の人間ともかなりの短時間で仲良くなる。

 高校生くらいまではそのコミュニケーション能力も粗削りで、彼女を作るまではいかなかったようだけど、大学時代になって初めての彼女を作ったのは、そのあたりの性格が要因だろう。

 この時も、お兄ちゃんは百合さんとかなり早く、距離を縮めた。


 いや、それどころか────ちょうどその頃に、加代さんと正式に別れたことも相まって。

 お兄ちゃんは、百合さんともっと距離を縮めたい、という風に、すぐに思い始めたらしい。


 お兄ちゃんはこの理由──かなり早くから百合さんのことを好きになった理由──を、「気がついたら」とか、「一目惚れみたいなもの」と言っていた。

 端的に言えば、言葉を濁していた。

 おばさんが多少突っ込んで話を聞いていたが、のらりくらりと躱していたと思う。


 だから、私は二人の馴れ初めを知っていても、互いに好きになった理由に関しては、よく知らない。

 ただ……何となく、なのだけど。

 私には、その真の理由が推測できた気がした。


 百合さんだけでなく、加代さんのことも知っている私としては。

 お兄ちゃんを見て、思い浮かぶことがあったのだ。


 多分、お兄ちゃんは。

 百合さんと加代さんを、無意識に比べていたのだろう。

 だからこそ、百合さんのことが物凄く魅力的に感じて、好きになった。


 だって、加代さんと百合さんは、考えてみれば凄く対照的な立ち位置にある。

 加代さんが都会での就職を望んだのに対して、百合さんはお兄ちゃんと同じく地元での就職希望。

 加代さんとは段々話が合わなくなっていったのに対して、百合さんとは目指す場所が同じな分、物凄く話が合う。


 加えて、距離に関しても対照的だ。

 お兄ちゃんが地元に帰ることを決めている以上、これから距離的に近くなることが確約している百合さんと。

 例え関係を持続させても、遠距離恋愛になることが確定していた加代さん。


 びっくりするほど、真逆の二人で────なおかつ全ての領域において、百合さんの方が、お兄ちゃんの求める物を備えている。

 野卑な言い方になるけど、片原百合という人は、お兄ちゃんが加代さんに感じていた不満の全てを解消した女性なのだ。

 そりゃあ、知り合って間もないとしても、好きにもなるだろう。


 勿論、こんなことを、お兄ちゃんはその場で語っていない。

 というか、語れない。

 前の彼女と比べて、こことここが好みだったから付き合いました、なんて聞かされるのは、百合さんとしても不愉快になるだけだ。

 大前提として、前の彼女の話をされて、機嫌が良くなる恋人なんていないだろう。


 そのあたりが分かっていたからこそ、お兄ちゃんも私に百合さんの話をこの日まですることがなく、会わせもしなかったのだ。

 加代さんのことも知っている私が、百合さん相手に加代さんの話をしてしまうのを恐れて。

 別に存在を隠すわけじゃないけど、出来るだけ話題に出ないようにしていたんだと思う。


 だから百合さんは、自分の今の彼氏に、かつて恋人がいたことくらいは知っているだろうけど、細かいところは知らないはずだ。

 知っていても、名前くらいじゃないだろうか。


 まあ、何にせよ、そう言う事情があったからこそ、その場でお兄ちゃんは多少言葉を濁していた訳で────上に示した全ては、私の邪推になる。

 ただ、あながち、間違っていない気もするけれど。

 環境的な問題で失恋した人物が、次に何を考えるかについては、私も一家言ある。


 ……ただ、まあ。

 そう言う事情がありつつも、二人の仲は順調に進んで。

 その日、その瞬間に至ったわけだ。


 就職一年目の秋という、かなり早い時期に。

 二人が付き合い始めてから、長く見積もっても二年も経っていない時期に。

 お兄ちゃんが、「結婚を考えている」と両親と私の前で宣言するところにまで────二人は辿り着いた。




 ……しかし、あの時。

 あの宣言の中で、私は何をしただろうか。


 覚悟を決めたような顔をするお兄ちゃんと。

 その隣で、緊張しながらも、はにかんだような笑みを浮かべる百合さん。


 彼ら二人を前にして。


 私はちゃんと、「おめでとう」と、言ったのだろうか?


 二人がくっついた経緯は、こんなにも詳しく覚えているのに。

 その一言の有無については、どうしても思い出せない。

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[良い点] 今のところ辛いことしかない… [一言] てかお兄さんモテモテだ
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