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バウムクーヘンと彼女と謎解きと  作者: 塚山 凍
Episode reverse:謎解きと彼とバウムクーヘンと
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二人の就活と私の関係

 その情報が届いたのは、確か、小学校の卒業式が迫った頃だったと思う。

 何かの折に私は我妻家に出向き、そこでおばさんに聞いた。


 おばさんがその話をしたのは、何故だっただろうか。

 多分、深い意味は無かったと思うのだけれど。

 単純に世間話というか、歳は違えど女同士、恋愛にまつわる噂話でもしたかったとか、そんなところだろう。


 元々おばさんは、少し下世話というか、身内のことであろうとそういう噂話を好む節があった。

 息子の初めての彼女を、すぐに家に連れてきて欲しいと言うくらいなのだから。


「真琴ちゃん、今度ウチの蓮が、就職でこっちの方に戻ってくるって言うの、知ってるでしょ?どうも、あの二人が別れた原因って言うのは、そのあたりにあるらしいんだけど」


 最初、おばさんはそんな切り口から話を始めた。

 頷きを返すのも忘れかけている私を前にして、軽く話していたはずだ。

 おばさんとしては、既に結構話してみたい話だったらしい。


「発端としては、一年以上前から始まっているんだけどね……それまでは、物凄く順調に言っていた、とか愚痴を言っていたわ」


 ────おばさんの話によれば。

 大学三年生の春くらいまでは、二人の仲というのは実に順調だった。


 多少の喧嘩はあれど、浮気のような問題も起こらず、二人の関係が壊れることも無く。

 時期によっては、殆ど同棲のような状態になっていたとのことだった。


「だけど、二人が就職活動をする、というところまで来て、すれ違いが出た。まだ小学生の真琴ちゃんにはちょっと想像しにくいかもしれないけど……大人って言うのはね、そのくらいの時期から、自分を雇ってくれるところを探し始めるのよ。あの二人は、大学が経済学部だから、そっちの方から当たったらしいんだけど……」


 学部が同じなので、目指している職種自体は大きくずれてはいなかった。

 だから最初の頃は、就活においてもすれ違いは無かったそうだ。

 寧ろ、互いに自分の行った就職説明会の情報を報告したり、面接の練習をしたりと、順調にこなしていったらしい。


 しかし、職種は同ジャンルであろうとも。

 どこで働くかとなると、話は別だった。


 端的に言えば────お兄ちゃんは、私たちも住むこの地元で就職することを望み。

 加代さんは就活を進める中で、東京のようなもっと大きな都市で働くことを望んだ、とのことだった。


 今なら分かる。

 これはきっと、互いの家庭環境の差が生み出したすれ違いだったのだと思う。

 というのも、お兄ちゃんは我妻家の一人息子だけど、加代さんはそうじゃなかったからだ。


 当時のお兄ちゃんは、多分。

 就活の中で、我妻家の一人息子である自分に、将来降りかかる問題について考えたのだろう。


 就職について考える中で、多くの人が直面する問題だ。

 すなわち────これから老いていく両親の世話を、どうするか?


 おじさんとおばさん、つまりお兄ちゃんの両親は、今は非常に元気だ。

 しかし、人間が時間の経過に従って老いる以上、何時までも元気ではいられない。

 いつかは、介護にせよ入院にせよ、一人息子であるお兄ちゃんに頼る機会も増える可能性がある。


 そう言う時、お兄ちゃんがここから遠い大都会で就職をしていると、何かあった時、両親のヘルプに行くことが難しい。

 少なくとも、近くに住んでいる場合と比べて、非常に面倒な事態になるのは確実だろう。


 特にお兄ちゃんの場合は、私の母親のことを知っている分、その想像をリアルにしてしまったはずだ。

 実例が、隣に居たのだから。


 先述したが、私の母親は、自分の両親の介護のためにかなりの労力を割いている立場の人だ。

 それこそ、幼い私を友人の家に預けざるを得ない程度には。


 そんな状態の我が家を見ながら成長したお兄ちゃんとしては、「親の世話というのは大変なことだ」という意識が念頭にあったのではないかと思う。

 故に、お兄ちゃんは実家とも距離が近い、地元での就職を選んだ。

 いつかは発生するだろう、両親の世話で困るようなことが無いようにするために。


 一方、加代さんだ。

 後から聞いた話なのだけど、加代さんは別に一人娘とか、そう言う立場では無かったらしい。


 上にお兄さんが二人、お姉さんが一人居て、両親も含めて六人家族だったようだ。

 現代的な視点で言えば、大家族と言ってもいい。

 典型的な核家族であるお兄ちゃんの家とは、対照的に。


 しかも、加代さんの一番上のお兄さんはその時点で両親のお仕事──自営業で小さな設計事務所をしていた──を手伝って、将来跡を継ぐことまで決まっていた。

 もう一人のお兄さんとお姉さんも、加代さんの実家の近くの方に住んでいたらしい。


 つまり彼女は、お兄ちゃんのような「実家の両親の近くで就職した方が、将来何かと楽」という環境ではなかった。

 実際、他の兄弟の人たちも、加代さんに対しては「俺たちがもうこっちに住んでいるから、お前は好きにしていい」くらいのスタンスだったそうだ。


 要するに、加代さんは実家のしがらみとか、そういうのが一切関係ない立場に居た訳で。

 就職先をもっと自由に探してみるというのもアリかな、という思考になるのは、ある意味当然と言えた。


「どうにも、二人の目指す方向がずれちゃったのよねー。だって、就職先がそれほどずれるってことは、今はどれだけ親しくても、数年後には強制的に遠距離恋愛になるのが確定しちゃったってことだから」


 おばさんはそう言いながら、多少は気まずそうな顔をしていたと思う。

 お兄ちゃんの就活に、自分が少なからず影響を与えてしまったのを気に病んでいたのか。

 勿論、当時の私はそこまでの感情の機微は読み取れなかったけれど。


「……まあそれでも、すぐ別れる、とは流石にいかなかったらしいわ。まあ、なんだかんだで二年くらい付き合っているんだしね。互いに嫌いあっている訳でもないし」


 おばさんは、まるで二人を庇うようにしてそう言った。

 もしかすると、彼女なりのフォローだったのかもしれない。


 だけど、どれほどフォローを重ねても。

 互いの目指す方向が違うということが、静かに二人の関係を壊していったのは、変わらない。


 まず、二人の生活サイクルが合わなくなる。

 就活のためには、どうしても相手企業との面接や、その説明会に出向く必要があるからだ。


 必然的には、お兄ちゃんは私たちの地元の方に、加代さんは東京の方に出向くことが増えた。

 当たり前だが、片方がもう片方の行動に付き添うはずもなく、どうしても別行動をする期間が増えていく。

 ふと気が付いた時には、付き合っているはずなのに互いに全然会っていないな、という状態になっていた。


 これだけでも、二人にはちょっとキツかっただろう。

 それまで、半分同棲のような状態になるまで親密だったのだ。

 唐突に距離が離れ、寂しさとか、不安とかを感じざるを得なかったというのは十分にあり得る。


「段々、話も合わなくなっちゃったみたい。似たような職種だとしても、目指すところが違っていると、当然対策とかも変わってくるだろうから」


 それはつまり、以前よりも共通の話題が減った、ということだ。

 話したところでわかってもらえない話、もしくは話しても特に面白みを共有できない話が増えてしまう。

 二人でいる時間自体が減っている以上、新しい話題がポンポン出てくるはずもなく……自然と、会話の機会自体が減っていった。


「極めつけに、大学生って言うのは終わりの方になると──単位の数にもよるけど──あまり学校に行かなくても良くなってくるから。真琴ちゃんはよく分からないかもしれないけど、週に一回くらいしか行かなくてもいい、みたいになる場合もあるの」


 加えて残っている授業も、常に被っている訳でも無い。

 大学で出会った二人は、この時期には接点が殆ど無くなってしまうのだ。

 無論、スマートフォンやメールで連絡を取り合っていたとは思うけれど────顔を合わせないことで、心の距離が離れる部分はあったことだろう。


「……気が付いた時には別れていた、と蓮は言っていたわ。彼氏彼女なんてそんな物、とも」


 そう言いながら、おばさんはふう、とため息をついた。

 一種のやりきれなさを滲ませて。

 さらに、付け足すようにしてこうも言った。


「まあ、そう言う訳で蓮はこっちで就職を決めて、職場近くのアパートに心機一転、引っ越したということ。ただまあ、実家に戻ってこなかったとはいえ、距離的には近いから────」


 だから真琴ちゃん、と。

 頼み事をするようにして、続きの文言が放たれる。


「また、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。多分、あの子も喜んで迎えてくれると思うから」


 ……そんな、天使のような一言を。

 もしくは、悪魔のような甘言を。

 私の耳は、異様なほど正確に捉えていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] おいおいおい…まじか [一言] おばさんなかなか凄いこといいますね
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