神代真琴と告白前後の関係
「勿論、ここまでの事を全て、その場で思いついたわけでも無いだろう。僕の手紙を受け取ってから、君は今言った内容を思案した……まあ、あまり洗練できたわけでも無いようだけど」
これは、彼女に与えられた時間のことを考えれば、致し方ないと言える。
というのも、あの時の彼女が、この「四つの謎」について思考するために使えた時間は、手紙を受け取ってから実際に僕に会いに行くまでの、一日未満の時間しかない。
朝に呼び出して放課後に会ったのだから、必然的にそれだけしか時間が無いのである。
授業だってあるのだし、十分に計画を練ることができないのは、寧ろ自然と言えた。
それ故に、彼女は自分で提案したその「四つの謎」について、「四つ」という数と謎解きをさせる事だけ先に決めていて、その内容までは考える事が出来なかった。
今まで散々、「日常の謎」を解いてきた僕が言うのもアレだが、普通に生きていれば、人間はそうそう不思議な事には遭遇しない。
より正確に言えば、仮に遭遇したところで、普通の人はすぐに忘れてしまって、気にも留めない────そのせいで、解かせたいと思えるほどの事件が、碌に無かったのだ。
だから、僕との待ち合わせ時刻になるまでに彼女が思いつけた事と言えば、一つだけ。
その日に至るまでに、彼女が既に遭遇していた、吹奏楽部の一件。
後に「第一の謎」と呼称されるあの話だけを念頭に置いて、彼女は僕の待つ教室にまでやってきたのだ。
「……因みに、ここに関しては流石に直に聞きたいんだけど」
「何?」
「……例の、『第一の謎』を、君は何時解いたんだ?僕に話した時には、もう解いていたみたいだけど、どう言う経緯で真相を知ったのかなって思って」
ふと気になって、僕は探偵役という役目を一時忘れ、神代に直接聞いてみる。
僕が神代の行動の全てを把握していない以上、こればっかりは彼女本人に話してもらうほかない。
以前、「第一の謎」の謎解き内でも言及したが、彼女があの話の真相に早くから気がついていたのは、まず間違いない。
そうでなければ、僕にあの謎を紹介すること自体が出来ない。
そうなると気になるのは、彼女が何時、どうやってあれを解いたのか、という点である。
あの話が正しければ、彼女は僕が告白をする二日前に、例のミス音に初めて遭遇したはずだが。
僕と出会った時点では、もう解けていたことになる。
その合間がどうなっていたのかは、未だに聞けておらず、僕としても気になっていたのだ。
故に、純粋に返答を期待して神代を見つめると、彼女は淡々と、そのあたりの事情を話してくれた。
「あれは別に、謎解きをした訳じゃないわ。単純に、話を聞いただけだから」
「話を聞いた?誰に?」
「勿論、あの第二音楽室を使っている吹奏楽部員よ。私のクラスメイトに、吹奏楽部の子が居たから。それとなく話を聞いてみたら、結構口を滑らしてくれて……それでまあ、大体分かったというか」
単純と言えば、単純な手法。
盲点を突かれた気分になりつつも、僕はその手があったか、と納得する。
確かに、僕ならともかく、彼女にはそう言う手段があった。
僕が「第一の謎」を解こうとした時、「本当は直に聞くのが一番手っ取り早いが、女子が多い上に知り合いもいないから話を聞きにくい、だからこそ状況証拠だけで推理しよう」という風なことを考えたが────神代の場合は、事情が違う。
クラスメイトに吹奏楽部員の知り合いが居るなら、直に聞くという、僕が考えたところの「一番手っ取り早い方法」が使えるのだ。
無論、サボリという教師に叱られそうな行為に走っている以上、生徒会メンバーの神代に、素直に真相を打ち明けてくれたわけでも無いだろう。
しかし、今の話しぶりからすると、推測が可能となる程度には、その生徒は口を滑らしたようだ。
そう言う経緯で、彼女は真相を先んじて知っていた訳である。
「そうか。……だから君は、『四つの謎』の中身をどうするか考えている時、その吹奏楽部の謎を思いつけたんだな。君からすれば、昨日体験したことだし、真相を知っているから答え合わせも出来て、丁度いい」
彼女の視点で言えば、僕の告白の前日に知ったことなのだから、流石に、忘れるとかそういうことは無いだろう。
それで、何か謎解きをさせよう、となった時に、あれなら上手くいくかも、となったのだ。
他の謎に比べて、「第一の謎」だけ異様に神代の手際が良かったのは、そう言う事情があったらしい。
──しかしそうだとすると、本当に神代は色々考えてくれていたんだなあ……。
彼女の表情を見つめながら、僕はしんみりとそんなことを思った。
同時に、とりあえず推理に一区切りついたな、とも考える。
というのも、今言った確認を最後にして、神代が待合場所に来るまでどうしていたかは、おおよそ解けたのである。
推理の大部分は、僕ばかりがベラベラと話す形になったが、神代が否定しなかったところを見ると、内容もそう間違ってはいないだろう。
今までの話は、真実と考えて良いはずだ。
だから、ここから僕の推理は、次の段階に行かなくてはならない。
神代が一人で孤軍奮闘していた告白前から、僕やレアも参加した、「四つの謎」について。
今までの「四つの謎」に関する、舞台裏を語る番が来たのだ。
……しかし、これに関しては正直、推理と呼ぶほどでもない。
何せ、ここからの話に関しては、僕自身も神代と共に体験してきたことなのだから。
基本的には、推理というよりも、今までの記憶の振り返りである。
尤も────その振り返りに、「神代は全ての事情を知っていた」という前提と、「神代自身も、『第一の謎』以外の内容は特に決めていなかった」という舞台設定を追加する必要はあるが。
その点を意識しながら、僕は推理の続きを語る。
「僕に『第一の謎」を紹介してからの君の行動を考察すると、こうなる。……まず、『第一の謎』に関しては、事前にある程度考えていただけあって、かなり上手くいった。やや強引な流れだったとはいえ、君は僕を第二音楽室前にまで連れていって、謎に遭遇させることが出来た」
仮に時間帯が合わなければ、また別日を指定すればいい話ではあるのだが、それはそれとして流れで一気に説明した方が良いのは間違いない。
そう言う意味では、僕の呼び出し時刻が、「第一の謎」で発生する例の音が聞こえる時刻よりも前だったのは、実に幸運だった。
無論、その前に告げた「全ての謎を解くと付き合える」とか、「頭の良い人がタイプ」とか言う話は、全て嘘、ないしそれっぽい理由付けに過ぎない。
流石に何の脈絡も無しに謎解きを頼むのも変な話なので、ギリギリ有り得そうな理由を捏造した、というところか。
「そして、謎解きの方も、まあまあ上手くいった。僕はちゃんと、失恋関係のことを忘れて謎解きをしたし、それを君に語るところまで行った」
彼女としては、上手くいった、と思ったことだろう。
神代の目的としては、僕が失恋について思い返して、落ち込むようなことさえなければいいのだから。
僕が積極的に謎解きをしたという時点で、その目論見はある程度成功しているのである。
しかし────悲しいことに。
この段階で早くも、彼女は失敗をしてしまう。
というか、想定外のことが起こる。
「……だけどここで、君は困った状況に追い込まれた。というのも、僕が『第一の謎』のさらなる真相に気がついたからだ。君が本当に困っていたのではなく、理由は不明だが既に解決した話をわざと持ち掛けたらしい、という点を、推理で突き止めてしまった」
彼女としては、不味い、と思ったことだろう。
そのあたりを突き詰めて考えていくと、彼女の正体────実は百合姉さんの関係者であることが、連鎖的に分かってしまう可能性があるからだ。
かなり無理のある連想ゲームなのだが、もし僕がこの点について考え続けると、「何故か神代は謎解きを持ち掛けてきた=何らかの理由で、僕を夢中にさせたかった?=もしかして、失恋のことを知っている?=となると、百合姉さんの関係者か?」という風に考えられる可能性も、無いではない。
神代としては、こんな早くからそんな推理をさせてはいけない、という思いがあったのだろう。
何せ、失恋のショックで好きでもない相手に告白までしたのが、桜井永嗣という男だ。
そこまで極端な行動に走るくらいだから、百合姉さんに関する事全てが、最早トラウマになっている場合だってある。
つまり、ここで、神代が百合姉さんや我妻蓮さんの関係者であることを知られてしまうと、それだけで──失恋相手と関わりがあるというだけで──僕が神代から逃げ出してしまう危険性があった。
そうなると、彼女が目的とした失恋からの立ち直りや、経験者としての助力など、まず不可能になってしまうだろう。
僕に要らない精神的ショックを与えないためにも、神代は出来ることなら、自分が百合姉さんの関係者であることを伏せたまま接したかったのだ。
……実際、彼女の危惧は当たっている。
散々言ってきたことだが、僕は結婚式の引き出物がバウムクーヘンだったというだけで、それを長らく嫌っていた。
百合姉さん関連のことに対して、そのくらい敏感になっていたのである。
だからもし、あの時点で神代の正体を知っていたなら、僕はそれだけで逃げ出していたかもしれない。
だって、もしかすると神代の口から、「桜井永嗣という人が告白をしてきた」などと、百合姉さんに話が行くのかもしれないのだから。
あの時の僕の精神状態を考慮すれば、それを防ぐためだけにその場から走って逃げるというのも、有り得ない話ではない。
────そのために、彼女は僕に「何者だ」などと問いかけられても、決して返答することは無く。
適当にはぐらかして──「第五の謎」なんて言葉は、その場で苦し紛れに思いついたのだろう──その場から立ち去った。
僕からすると、「謎の美少女が意味深なワードを告げて、悠々と立ち去った」という風に見えた、あの場面。
あれは実際には、「思った以上に正体を推理をされてしまった神代が、これ以上ボロを出す前に逃亡した」という場面だったのだろう。
僕の方も、あの時は大概混乱していたものだが────恐らく神代の方は、もっと混乱していたのだ。




