神代真琴と我妻百合の関係
……そこから、僕は神代に口出しを許さず、一息に推理を語っていった。
全ての始まりから、全ての終わりに至るまでの流れを。
そうでなければ、神代がキツイだろう、と思って。
今、僕がしている話は、神代が心の奥に抱えた、核のような部分でもある。
誰だって、そんなところ他人に触れられたくない。
人の精神の、一番柔らかい箇所なのだから。
しかし、今はそれを話していかなければ、彼女との関係の清算が出来ない。
だから、せめて一気に終わらせる。
それだけを考えて、僕は推理を続けた。
「具体的に、君がいつ我妻蓮さんのことを好きになったのかは知らない。記憶も無いくらいの時期から、いつの間にか好きになっていたのかもしれないし、何か明確な切っ掛けがあったのかもしれないけど、そこは分からない」
「ただ何にせよ、結構な長期間、その想いは続いた。そうじゃなければ、いくらよく預けられていたとはいえ、そう仲良くならないだろうしね。君の方からも、積極的に話しかけていったんだろう」
「だけど……正直な話、これは難しい恋だった。年齢差があるし、向こうも家族の一員、くらいにしか君のことを思っていない可能性もあるから。……酷い場合だと、そもそもにして君の想いに気がつかれない場合すらあるだろう」
「実際、我妻蓮さんは百合姉さんと付き合う前にも、加代さんという女性と付き合っている。ほら、百合姉さんが読み間違いのせいで勘違いしていた、例の女性の名前だ」
「彼が加代さんと付き合っていたのが、何時の事なのかは知らないけど……何にせよその頃から、彼は君を恋愛対象とは見ていなかった、という事だ。そうじゃなければ、彼女を作らないだろうし」
「尤も、この加代さんの件は、君にとっては致命傷にならなかった。話によれば、その後加代さんとは別れたらしいしね」
「だけどその後、決定的な出来事が起きた」
「それが、百合姉さんとの交際だ。……我妻蓮さんがまた新しい女性と付き合い始めたこと自体もショックだっただろうけど、さらにショックなことに、二人の仲は上手くいって、一年前の時点から、結婚を考える段階にまで来た。それこそ、家族──この場合、君も含む──に紹介するくらいに」
「要するに、ただの彼女ではない、婚約者が出来たことで、君は自動的に失恋してしまった、という事だ」
「失恋を自覚した君が、どんな行動をしたのかは知らない。何も言わずに諦めたのか、或いは、玉砕覚悟でも告白しに行ったのか……」
「どちらにせよ、その片想いが実らなかったのは事実だ。その後、普通に我妻蓮さんは百合姉さんと結婚しているんだから……片想いは、片想いのまま終わりを告げた」
「小さい頃からの、長期間の片思いは、全て無に帰してしまった……当然、精神的な衝撃は大きかっただろう」
「それこそ、ショックで変な行動に走ってしまうくらいに、衝撃的だったんだろう?」
「分かるさ……僕も、そうだったから」
「ただ、神代は何というか、妙なところ律儀だから」
「いくらショックだからと言って、他人に対して八つ当たりするとか、当てつけに好きでもない男と付き合おうとするとか、そう言うことはしなかった」
「寧ろ、もっと健全な立ち直り方を選んだ」
「それは何かって?……想像だけど、失恋の事なんて考える暇も無いくらい、忙しい環境に身を置けば、立ち直れるはず、と考えたんだろう?」
「要するに、失恋のダメージを直視することが出来ない状況に、自分を追い込もうとしたんだ」
「だからこそ一年前、君は生徒会選挙に立候補した」
「昨年の生徒会選挙は、丁度一年前の今の時期くらいに開かれていたから──だからこそ、今の時期に神代は生徒会役員の任期を終えている──時系列的には符合する。百合姉さんとの顔合わせ同様、これも一年前の出来事なんだ」
「レアに聞いたよ。生徒会選挙は、四段階の面倒くさいことがあるって。だからこそあまり立候補する人がいないんだけど……そのことすら、他のことを忘れられるから助かったと、君が言ってたって」
「つまり君は、生徒会選挙に立候補したからと言って、別に、生徒会の活動に興味があるとか、内申書を考えてとか、そう言う動機は持っていなかった」
「ただ単に、選挙活動で忙しくしておけば……というか、忙しく動かざるを得ない状況になれば、嫌なことを考えないで済むから、その環境を利用しただけで」
「何なら、落選したってかまわない、くらいのスタンスだったはずだ」
「上手い具合に、失恋した時期と同時期に立候補の期間が設けられていて、その準備は大変だという噂を聞いたことがあったから、自棄になって申し込んだ、くらいの話だろう」
「まあ、不純な動機と言えば不純な動機だけど、気持ちのいい話だと思う。別段、他者に明確な迷惑が掛かっているわけでも無いし。寧ろ、ちゃんと候補者が出ることで、生徒会選挙は盛り上がっただろうし」
「さっき、健全な方法で立ち直ろうとした、というのはそういうわけだ」
「そして実際、この行動は効果があった。……時間はかかったけど、じきに、君は自分の失恋を受容していった」
「だからこそ、それから一年経った今年の十月に、君は我妻蓮さんと百合姉さんの結婚式に普通に出席したんだ」
「……もし、未だに失恋を受け入れていないのであれば、失恋相手の結婚式なんて辛くて行けないだろう?」
「逆に言えば──どの時期に完全に吹っ切れたのかは分からないけど──君は、生徒会選挙やら何やらをしている内に、仕方がないことだな、と失恋を割り切るようになった、という事だ」
「……まあただ、運悪くというか、頑張りすぎというか、申し込んだ生徒会選挙ではうっかり勝ってしまい、君はバッチリ生徒会書記に任命され、一年間生徒会メンバーとして活動することにはなってしまった訳だけど」
「今更、『いえ、実は失恋から立ち直るためにやったんで、生徒会活動自体にやる気は無いです』なんて言えないから、そこからは普通に仕事をするようになった、というところかな」
「まあ、そう言う訳で、君は失恋を受け入れ、新しい日常を送るようになった」
「ただ流石に、いくら失恋は受容できたとは言え、我妻蓮さんと直に会話する機会は減っただろうけど──だから、彼は寂しがっていたんだ──それはそれとして、普通に学生生活を送るようになった」
「尤も、生徒会活動自体が好きな訳ではないから、来期は立候補しないでおこう、とは思っていたようだけど……これもレアから聞いたけど、次の生徒会選挙、出ないんだろう?」
「今となっては、忘れたいほどの何かがあるわけでも無いから、出る理由がない、ということだ」
「もう一度、その四つの面倒くさい段階を経験したくも無いだろうし」
「そういう経緯で、残務処理というか、副産物みたいな生徒会の仕事をこなしているうちに、君は二年生になり……」
「……その中で、ちょっとした事件が起きた」
「まあ、事件という程重大なことでもないけど。……百合姉さんが言っていた、我妻蓮さんの住居の問題だ」
「本来引っ越す予定だった場所に移れなかったから、慌てて元のアパートに延長して住まわせてもらっていた、というやつ。百合姉さんの話では、あの時、君は我妻蓮さんのところに、食べ物とかを持って行ったそうだね」
「いくらちょっと疎遠になったとしても、流石に手を差し伸べないのもアレだし、それ自体は普通の行為だったんだろう。何なら、向こうの親にでも頼まれたかもしれないけど」
「そしてその中で────君は我妻蓮さんと百合姉さんの痴話喧嘩に遭遇した」
「百合姉さんの話に出てきた幼馴染というのが、イコール神代のことなんだから、当然そう言うことになる。あの話は、最後に偶然やってきた幼馴染に仲裁してもらうことで終わったんだから」
「そして、ここからは完全に僕の妄想になるけど……喧嘩が収まった後、君たちは三人で食事でもしたんじゃないか?」
「君が訪ねていったのは夕方と言っていたし、もう時間が遅いから食事を一緒に、という流れになってもおかしくない」
「つまり、君はそこで久しぶりに我妻蓮さんと会話しただけでなく、百合姉さんとも会話する機会を得たわけだ」
「まあもしかすると、もっと早くからこの会話が行われたのかもしれないけど」
「何にせよ……その場で、百合姉さんが世間話でもして、聞いたんだろう?」
「僕の話を」
「仲の良い年下の知り合いという共通項があり、年齢差まで同じだ。話題に出てもおかしくない」
「僕が百合姉さんだったとしても、話のネタにするよ」
「私にも真琴ちゃんと同い年の知り合いが居てねー、みたいな感じで」
「そして、百合姉さんには昔から仲が良い知り合いがいて、今でもよく話すけど、結婚の報告をしてからあまり会えていない、みたいな話がなされたはずだ」
「百合姉さんの認識では、僕はそう言う感じの存在になっているだろうから」
「……でも、話を聞いた君は、思ったはずだ」
「何せ、環境が殆ど同じなんだから。自分と重ね合わせれば、大体分かる」
「そうでなくても、結婚の報告を境に話さなくなるって、結構あからさまだしね」
「その桜井永嗣という少年は、きっと、この百合という人が好きなのだろう────」
「君は百合姉さんの話から、そんな推理をしたんだ」
「……そして、その出来事からしばらく時間が経って」
「君は、我妻蓮さんと百合姉さんの結婚式に参加した」
「そして、式場で目撃することになる」
「新郎新婦に軽く挨拶だけした後、引き出物のバウムクーヘンを受けとって、逃げるように去っていく……世界が終わったような顔をした、同年代の男子の姿を」
「もう、その動きだけで分かったんだろう?」
「そうでなくとも、後で百合姉さんに聞けば良いんだし」
「彼が桜井永嗣だな、と、君はこの時点で確認した」