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バウムクーヘンと彼女と謎解きと  作者: 塚山 凍
EpisodeⅠ:音色の研究
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覗き擬きと機械の関係

「えっ……良いの?そう言うの」

「良いんじゃないか?実際、俺はいつもあの小窓の近くで作業をしているが、特に何も言われていない」


 そう言いつつ、ほら、と壁野はまた脚立を押し出した。

 彼の様子からは、「さっさと直に様子を見て、納得して帰ってくれ」という意思が透けて見える。


 推測するに、彼としては手早く作業に戻りたいのだろう。

 元々僕が彼の時間を邪魔しているのだから、当然と言えば当然の対応だった。

 自然、僕もその思考に乗っかっていく。


 ──まあ確かに、あまり付き合わせるのも悪いし、ここはそうしておくのが良いかな……仮に覗きだって言われても、そこで謝ればいいんだし。


 やや犯罪めいたことに臆しながらも、僕は最終的にそう思った。

 そして、だったら早くやろう、という意思の元、脚立に手を添える。


「……じゃあ、ちょっと使う。良い?」

「ああ、出来るだけ早くな」


 ほらほら、と言いながら壁野は急かすように掌を上に向け、ひらひらと動かした。

 それにつられて、僕は脚立に足をかける。

 そして、スムーズに脚立の段を上っていった。


 尤も、そもそもにしてこの校舎は、そう大きなものではない。

 数秒経過した時には、僕は先ほどの壁野と同じ高さ────頭頂部が天井に付きそうな高さにまで辿り着いた。


 ──で、窓って言うのがこれか。


 そう思いながら、顔を左に向ける。

 当然ながらそこには、下からも見えていた小窓が存在していた。


 大きさとしては、一辺が二十センチの正方形くらいだろうか。

 位置からしても、大きさからしても、明らかに換気以外の用途がなさそうな窓だった。


 しかも、近くで観察して分かったのだが、やけに古い。

 左方向にスライドする形で開閉するタイプの窓なのだが、レールや窓枠がかなり錆びていて、あまり触った様子が無かった。

 要するに、開いたまま放置されているのである。


 ──杜撰だな、コレ。いやまあ、とても人が入れるような大きさじゃないから、別に閉まってなくてもいいとされているんだろうけど。


 考察するに、位置的に鍵を閉めるのが大変なので──今の僕のように脚立を使うか、棒か何かで地上から器用に窓を動かす必要がある──どこかのタイミングで一度開放された後、誰も触っていないのだろう。

 そのせいで、吹奏楽部の演奏の音が、廊下でもまあまあの音量で聞こえていたのだ。


 ──まあ、そのおかげで中の様子が良く見えるんだから、この場合は良かったのか。


 そんなことを考えながら、僕は首を伸ばして小窓の方に顔を寄せた。

 恐らく、第二音楽室の方からはかなりのホラーな絵面になっているのだろうが──向こうから見れば、僕の生首が浮かんでいるように見えているはずだ──そのおかげか、中の様子は非常に良く見える。




「おおー、本格的……」


 中を見た瞬間、思わずそんな声を漏らした。

 ヤバ、と一瞬思ったが、幸い、演奏の音に干渉されてか、中には響かなかったようだった。

 それをいいことに、僕は中の様子を出来るだけじっくり見ていくことにする。


 ────最初に目に入ったのは、当然と言うか何というか、ごく普通に吹奏楽部の部員が練習する様子だった。

 二十名くらいの部員が、各々の椅子に座って、名前の分からない金管楽器をその手に持ち、何かしらの曲を奏でている。

 見たところ、全体で音を合わせているのではなく、それぞれのパートに分かれて、個人練習をしているようだった。


 ──生徒だけで、先生は居ないんだな……第一音楽室の方に居るのか?


 練習風景を見ながら、ふとそんなことを思う。

 確か、第一音楽室の前で聞こえてきた音の中では、教師の叱責のような音もあったはずだ。


 顧問教師だかトレーナーだかは、第一音楽室に籠っていて、こちらは生徒の自主練習に任せている、ということだろうか。

 そのせいかどうかは分からないが、今僕が見ている第二音楽室内は、かなりのどかな雰囲気だった。

 顧問教師がいないと、部活の雰囲気とはこんなものらしい。


 ──そして、この中にさっきの凄いミスをした生徒もいるんだよな……見た目だけじゃ全く分からないけど。


 ここまで観察して、僕はやや苦い顔をして首を捻る。

 壁野には、直に見て確認し、さっさと帰れ、みたいなことを言われたが────悲しいかな、いざ見てみても大して分かることがない。

 分かるのは、廊下で確認できた通り、彼女たちが練習をしている、というだけである。


 ──わざわざここまで登ったけど、あまり成果は無かったかな……。


 終いには、そんな思考まで頭に浮かんだ。

 故に、僕はそこで、脚立から降りようとする。

 成果を上げられなかった以上、さっさと壁野に脚立を返した方が良い、と思ったのだ。


 だが、丁度その時────。


「ねえー、一応さ、一回全員で合わせるー?」


 不意に、第二音楽室内の中心の方に居た女子が、そう発言した。

 それも、演奏の音に負けないような、かなりの音量で。

 自然、第二音楽室に居る部員たちと、ついでに脚立から降りかけていた僕の視線が、彼女に向けられた。


「せっかくこんな良い機械あるんだしさ、やろうよ。録音したのがこんな良い音質で聞けるなんて、あんまりないじゃん?」


 自分への視線の集中に気がついていないわけでは無いだろうが、彼女は億すことなくそう発言する。

 同時に、彼女はつかつかと部屋の端の方まで歩き、彼女が言うところの「良い機械」に触れた。

 それに釣られて、僕の視線もその対象に向けられた。


 ──……何だ、あの機械?滅茶苦茶デカいCDプレイヤーとか?


 楽器や楽曲だけでなく、機械にも疎い僕は、この場面を見てそんな感想を抱く。

 実際、そのあたりに大きな音響関係の機具が置かれてあることは分かるのだが、窓が小さいこともあり、名称は良くわからなかった。


 ……ただ、名称は分からなくても、用途は大体想像できる。

 彼女の発言からすると、吹奏楽部の備品の一つで、自分たちの演奏や、手本となる楽曲の演奏を、録音、再生するための機械なのだろう。

 設置されているスピーカーの大きさも、確かに「良い音質」という言葉のイメージに違わないものだった。


 ──と言うか実際、便利そうな機械だな。録音ができるのなら、自分たちの演奏の出来栄えもすぐ確認できるだろうし……。


 率直な感想として、そんなことを考える。

 ここを覗いた本来の目的とは、少々離れた出来事のようだったが、何故か真剣に見てしまったのだ。

 そして、その瞬間────。


 フッ、と。

 僕の頭の中で、小さな閃きがあって。

 それと同時に、()()()()()()()()()()






 ……しばしば、こういう謎が解けた瞬間というのは、物凄く過剰な表現をされるらしい。

 天啓がもたらされたようだ、と言われたり。

 雷に打たれたような衝撃、と説明されたり。


 しかし僕の場合、そんな感じの感覚は一切なかった。

 ある意味で、それは僕にとって、非常に幸運なことだっただろう。


 何せ、今の僕は脚立の上に居るのである。

 そんな衝撃的な体験をしてしまえば、脚立から落っこちかねない。


 だから、その「真相」は、実に僕に対して優しい形で────本当に、ごく自然に。

 グジャグジャになっていた糸の結び目が解けるようにして、僕の頭の中に浮かんできたのだ。


「ああ、そうか……だから……」


 再び、無意識に僕は言葉を漏らす。

 第二音楽室の中では、未だにその「良い機械」とやらの前で部員たちが何やら話しあっていたが、そんなことはもう、意識の外だった。


 そうだ、これ以上は、いよいよ見る必要がない。

 これ以上見ていたところで、彼女たちの姿が変わるはずが無いのだから。

 そう考え、僕は下で待つ壁野の方に話しかける。


「……壁野」

「うん、どうした?」


 下で脚立を支えてくれていた彼が、不思議そうな声を漏らした。

 僕の口調と言うか、雰囲気が変わっていることを察したのだろうか。


「もう、見る物はみたからさ。いい加減降りるよ。……脚立、貸してくれてありがとう」

「おう、そうか」


 そう言って、壁野は心なしか安心したような声を出す。

 それは多分、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 いや、半分くらいはそうかもしれないが、あくまで半分だ。


 ──役者だなあ、壁野。


 ふと、そんなことを思った。

 どうもこの数時間で、同級生の意外な一面ばかり見ている気がする。

 勿論それは、僕自身も含めて、なのだろうが。

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