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バウムクーヘンと彼女と謎解きと  作者: 塚山 凍
EpisodeⅣ:そして彼女はいなくなった
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推理ミスと間接キスの関係

「じゃあ、今度こそやりましょう!お別れ会……いえ、区切り会、みたいなの!」

「そうね。いい加減、お菓子が傷んじゃうから……」


 仕切り直し、という風に、レアが音頭をとる。

 その表情には、もう一切の無理がない。

 それを理解してか、神代と僕は彼女の言葉に乗っかり────ようやく、ジュースやらお菓子やらを食べ始めた。




 ……そこからの流れは、まあ、普通だった。

 要は、ただ単に、食べて飲んで、楽しく話しただけである。

 だから、詳しい話は省略する。


 勿論、それらの一つ一つが、かけがえのない程大切な時間だったのだが────同時にそれは、これからも続く日常なのだから。

 特筆するべきことでは無いだろう。

 いや、正確には、僕たちが約束を守り続けるならば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 だから、僕たちは普段通り、その日常を楽しんで。

 ようやく所有者が分かったオレンジジュースについても、ゴクゴクと飲み干して。

 ……あっという間に下校時刻にまで至り、片付けの時間となった。




「むー?ビニールゴミ、やっぱり多いですね」

「全部、買ってきた奴だしな……」


 そんなことを言いながら、僕とレアはテキパキとドーナツを包んでいた包装やら、ケーキを収めていた箱やらを片付けている。

 因みに、神代は今、この生徒会室にはいない。


 理由は単純で、ごみを収めるためのビニール袋を取りに行っているからである。

 間の悪いことに、生徒会室のごみ箱は丁度満杯になっていて、このお菓子のごみたちを入れると溢れかえりそうだったのだ。

 だから、この部屋の使用者として、ごみ捨てのやり方を知っている神代が、先んじて外に出向いているのである。


「……あれ、このお茶は、どこに戻せばいい?」


 そうやって片付けていく中で、ふと、机の一点を僕は見つめる。

 それは、お菓子を食べる途中で持ち出された、お茶のペットボトルだった。

 一リットルくらいの容量がある大きなもので、僕の持参したオレンジジュースが無くなってきた頃に、紙コップと共に神代が持ち出した飲み物である。


 もしこれが、神代が持ち込んだ物であれば、彼女に返さなくてはならない。

 一方、生徒会室に元からあった物であれば、冷蔵庫に戻す必要があるだろう。


 冷蔵庫の中身は最初に見ていたが、今一つ詳細を覚えていなかったので、レアに問いかけてみる。

 すると、彼女はすぐに冷蔵庫の方を指さした。


「それ、元からあった物、です。マコトが、冷蔵庫から新しく取り出してました!」

「そうか、ありがとう」


 感謝の言葉を告げてから、僕は冷蔵庫の方まで歩いて行く。

 これを戻せば、片付けも終わりのようだった。


 ──ああ、けど、ペットボトルが大きすぎるから、寝かせて置かないといけないな。冷蔵庫の扉の方に付いている棚には収まらないだろうし。


 細々とした事を考えながら、僕は冷蔵庫の扉を開け、ペットボトルを中に戻す。

 そして、扉を閉める際、何となく。

 扉の内側に付随した棚の部分を、流れで見つめた。


 元から冷蔵庫が小さいこともあって、小さなペットボトルくらいしか入らないその棚。

 先程、三本のペットボトルを冷やす際にも、一本はこちらに入れていたはずだ────。




 ──……ん?




 しかし、そこまで思い出した瞬間。

 不意打ち気味に、僕の中で浮かび上がる情景があった。


 それは、つい先ほどの、ペットボトルの所有者に関する謎解きの、最終場面である。

 神代が提示した「第四の謎」が、決着した場面だ。


 僕はあの時、レアの手の怪我を指摘することで、「血が付着したペットボトルはレアの物だ」という推理をした。

 そして、保健室に向かった神代とレアが戻ってくるまでの間に、それらのペットボトルを所有者が分かるようにして並べた。


 全くべたついていないペットボトル────神代の物は、テーブルの隅に。

 べたつきがあり、血がついていないペットボトル────僕の物は、そのまま持ち続け。

 べたつきがあり、レアが触ったために血がついているペットボトル────レアの物は、主賓という事で、真ん中に置いた。


 この内、神代の物に関しては別にいい。

 乾杯の時の様子からして、「べたついていない=神代の物」で間違いないからだ。


 しかし、残りの二本。

 僕のペットボトルとレアのペットボトルを区別する段階において、僕は。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 ……不意に思い浮かんだその可能性に急き立てられるように、僕はその場で立ち止まって黙考する。

 冷蔵庫の中を見ることで、少し、見落としていた物がなかったか、気になったのである。

 突然動きを止めた僕を、レアが不思議そうに見つめているのは分かっていたが、考えを止められなかった。




 ──まず、僕があの時、レアのペットボトルはこれだ、と断定したのは、それに血が付いていたからだ。血が付いているのに気が付いた時点で、推理を止めた。


 そう断定した理由は、簡単だ。

 レアが触らなければ血が付着することは無い以上、血が付いている物こそ彼女の物に間違いない、と推理したわけである。

 これで間接キスは避けられる、とも思った記憶もあった。


 しかし────本当に、そうだろうか。

 レアは、本当に。

 自分が口を付けたペットボトルに触れる前に、何か、別の物を触ってはいないのだろうか?


 レアの手の傷は、やや深かったとはいえ、それでも範囲が小さい。

 出血量も少量で、少なくともだらだら流血している、という感じでは無かった。

 一度何かに触ってしまえば、それに血痕が残るのは確実だが────それ以降に触った物に関しては、特に跡も残らない程度の。


 つまり、レアが乾杯の際に手に持ち、実際に口を付けたペットボトルを触る前に、()()()()()()()()()()()()()()()()

 その、「口を付けた訳ではないが、一度触れたペットボトル」にのみ血が付着し、その後に触れた「実際に口を付けて、乾杯の際に持っていたペットボトル」には何も付着しない、ということも有り得る。


 そうなると、「血が付着しているペットボトル=レアが口を付けたペットボトル」という、僕が考えていた図式は崩れるのだ。

 この場合、血が付いているそれは、ただ単に彼女が乾杯に至る前に、興味本位に触った物、ということになるのだから。


 そして、そうなると。

 また、思い出される光景がある。

 三本のペットボトルを持って、この生徒会室に入室した時の様子だ。


 あの時、僕が生徒会室に入ると、既にレアが部屋の中で待っていて。

 彼女の手は、しっかりと握り締めていた。

 さらにその後、彼女は僕が手にしていたペットボトルの一本を、何気なく手に取っていた……。


 そうだ、間違いない。

 あの時、彼女は一度、三本のペットボトルの内、適当な一本を手にしていたのである。


 もし、あの時点で、彼女の手の傷口から、既に出血が見られていたとすれば────その状態で、何気なくペットボトルを手にしたとすれば。

 ペットボトル側面にあった血の跡は、あの瞬間に形作られたことになる。


 そして────その、血が付着したペットボトルを、僕はどうしたか?


 ──すぐに、冷蔵庫で冷やしたんだ。三本とも……そしてレアは、自分が持っていたそれを、()()()()()()()()()()()


 幸いなことに、はっきりとした記憶があった。

 スペースの都合上、そう置かざるを得なかったのである。

 僕は、二本のペットボトルを寝かせて置いて、彼女は、自分の触れたそれを扉の棚に設置したはずだった。


 さて、問題はその後。

 さあ乾杯しよう、となって、冷蔵庫からペットボトルを取り出した時────僕たち三人は、どのペットボトルを手にしたか?


 ──確か、持って行こうとしたら、レアが横から手を伸ばして……寝かせてある二本を、自分と神代の分として持って行った。だから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……。


 ……恐らく、その時の僕が手に持ったペットボトルには、血の跡が存在していたのだろう。

 何せそれは、ついさっき、手に怪我をしたままのレアが触った物なのだから。


 しかし、乾杯を急かされて、ペットボトルをよく見ていなかった僕は、それに気が付かなかった。

 そもそもにして、褐色に近い血液の跡は、オレンジジュースを収めたペットボトル相手では保護色のように紛れ込んでしまい、パッと見では分かりづらい。


 さらにその後、僕たちは乾杯をしたのだから、つまるところ。

 あの、血液が付着したペットボトル──僕がレアの物だと推理した物──というのは、乾杯の時に僕が口を付けた物なのである。

 そして、べたついていながら血の跡が無かったペットボトル──僕が自分の物だと推理した物──こそ、レアが口を付けた物なのだ。


 要するに、僕は推理ミスをしてしまった訳である。

 僕のペットボトルと、レアのペットボトルを、逆に推理してしまった。


 ……無論、可能性だけで言えば、他のパターンも考えられる。

 例えば、最初のレアの出血はそれほどでもなく、乾杯の段階で初めて傷口が開いて血が付着した、という可能性──すなわち、僕の最初の推理は正しかったという可能性──も存在するだろう。


 しかし、一つ。

 この、訂正版の推理が正しいとすると、頷ける点がある。


 僕が、「第四の謎」を解くためにペットボトルを観察し、そして血痕に気が付いた時。

 確か、その血の跡を爪で引っ掻いたような記憶がある。

 それが、ペットボトルの内側に付いているのか、外側に付いているのか、確かめたかったからだ。


 その結果、あの血の汚れは剥がれ落ちたわけだが……それはつまり、あの時点で、付着した血液は液状のそれではなく、()()()()()()()()()という事だ。

 それなりに凝固していなければ、ああいう剥がれ落ち方はしないはずである。

 仮に固まっていなかったなら、それを爪で引っ掻いたところで、もっと、擦れたような跡になったのではないだろうか。


 そして、何故そんな短時間で血液が固まっていたか、というと。

 それは、()()()()()()()()()()()、ではないだろうか。

 短時間とは言え、冷蔵庫の中に置かれていたために、付着した血液は固形状になっていたのではないだろうか。


 要するに、あの剥がれ落ち方こそ、血の付着したペットボトルが冷蔵庫で冷やされたという事実の証拠────乾杯に至る前に、レアがあのペットボトルを触ったという証拠なのである。

 もし、乾杯の段階で初めてペットボトルに血液が付着したならば、あの血の跡は、もっと液体状だったはずなのだから。


 ──この推理が正しいなら、僕はさっき、自分が一口飲んだ奴を、レアの物だとして彼女に渡したのか。当然、それ以降のレアは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()訳で……。


 逆に僕は、実際にはレアが乾杯の際に口を付けた物である、血のついていないペットボトルを、自分の物だと思って飲み続けたのだ。

 話の流れ上、そう言うことになってしまう。


 何のことは無い。

 僕が中途半端な推理をしたせいで、僕のペットボトルとレアのペットボトルは入れ替わってしまった訳だ。




 つまるところ────間接キスを避けるために推理をしたはずが。

 実際には今の今まで、ガッツリ間接キスをしていた、ということだった。




 この推理に、至った瞬間。

 口の中が、一気に甘ったるくなった気がした。


 何だろう。

 あのジュース、こんなに甘い味付けだっただろうか────。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 頭が良すぎるのも考えものですね… [一言] 青春って感じ
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