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バウムクーヘンと彼女と謎解きと  作者: 塚山 凍
EpisodeⅣ:そして彼女はいなくなった
63/94

名探偵と夢の関係

「……戻ったわ」

「戻りました!エイジ、続き、始めましょう!」


 声に釣られて、入り口に視線をやる。

 途端に、コントラストの利いた二人が視界に入り込んだ。


 まず神代は、少し暗いような雰囲気で。

 次にレアは、対照的に明るく。

 自分たちが帰還したことを知らせてくれる。


 ……そうやって帰ってきた彼女たちの顔を見て、ある種反射的に。

 僕は、二つのことに気が付いた。


 ──レア、テンションを明らかに作っているな。多少、無理してオーバーリアクションしているというか……。


 ついさっきまでは、「レアは明るい子」というフィルター越しに見てしまっていたため、全く気が付かなかったが────一度気がついてしまうと、その無理矢理さはあからさまだった。

 なまじ手の怪我がバレてしまった事で、演技が過剰になってしまったのだろうか。


 かなり意図的に、彼女は頬の肉を上に上げ、手をぶんぶんと振りまわす。

 その様子は、見るだけで「空元気」という単語を脳内に浮かばせた。


 ──そして、神代もそれに気づいているな。……細かい経緯はともかく、怪我の治療を見たことで察したか。


 もう一つ、気が付いた点。

 いつになく暗い感じの表情をしている神代────より正確に言えば、チラチラと、レアのことを心配そうに見る彼女の振る舞い。

 それを見て、僕は神代が、僕と同じような推理をしたことを察した。


 彼女に、それなり以上の推理力があることは、「第一の謎」の時点から分かっている。

 加えて、彼女は保健室にまで同行し、レアのあの傷を──どう考えても爪のせいで出来たとしか思えない傷口を──まじまじと見ているのだ。

 大体の真相に辿り着くのは、当然と言えた。


 ──だけど、レアにかける言葉が見つからず、結局は保健室から戻ってきてしまったって感じかな……。


 そんな推測をしているうちに、レアはスタスタと室内に入ってくる。

 さらに、机の上にあるお菓子を見て、「あれ?全然、減ってないですね!」と大きく声を上げた。


 それだけではない。

 ケーキがこれで、ドーナツがこれで、と誰も聞いていないのにブツブツと小声で独り言を呟く。

 ……さながら、何か言い続けていないと、寂しさが自分を喰ってしまうのではないか、と恐れているかのように。


 僕は、ある種呆気にとられるようにして、彼女のその動きを見た。

 悪化しているな、という確認と共に。


 恐らく、僕が推理中に手の怪我を指摘したことで、自分の内面に気づかれたのではないか、面倒臭い女の子だと思われたのではないか、という、あらぬ心配をしてしまったのだろう。

 彼女は、言葉では呼びかける割に、僕の方を見ようともしなかった。

 何かをこらえるようにして、首を背ける。


 ……そんな、レアが初めて見せた「弱さ」を前にして。

 僕の中に、ポツン、と心が湧き出た。




 ──……ああ、()()()()()()




 不意に、そう思った。

 無理というのは、他でもない。

 この状況で、気が付かない振りをし続けるのは、もう無理だと思ったのだ。


 お節介でも、過剰でも。

 やはり、何か言った方が良い。

 それが、この一ヶ月、色々と親交を深めた僕に出来る、精一杯だと直感する。


 だから、僕は軽く、息を吸って。

 同じように、辛そうな表情でレアの背を見つめる神代の様子を、横目で伺い。

 それから、先程から思案していた内容を、言葉にした。


「……なあ、レア」

「むー?何です?」


 こちらに顔を向けず、彼女は言葉だけを返す。

 その横顔に向けて、声を重ねた。


「レアが教えてくれた、オンライン会話のソフト……あれって、確か海外からでも使えたよな」

「……ですね」

「だから、さ。思ったんだけど……」


 いつでもあれを使って通話していい、とか、こちらの予定は気にしなくてもいい、とか。

 そう言う、ありきたりな言葉は言わなかった。

 何というか、陳腐すぎるし、所詮は一時的に慰めるための、嘘だと捉えられるんじゃないか、と思ったからだ。


 勿論、これからもレアとああいうツールを使って連絡を取りたいし、仲良くやっていきたい、というのは本心である。

 僕としても望むことだし、レアにとっても一番寂しくない選択だろう。

 しかし、どれだけこちらが本気で言っても、レアがそれを信じなければ、言葉としての意味が無いのだ。


 だから、もっと。

 レアの興味を引けて、レアが楽しんでくれそうな提案。

 なおかつ、僕が力になれるような提案が、必要だった。


 だとすると、これはもう。

 一つしかない。

 その唯一の案を、僕は間髪入れずにぶつけた。


「もし、フランスに帰っても、身近に不思議なことが起きたら……つまり、レアが何か、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。……解いて見せるから」

「……はい?」


 流石に、聞き流すことができなかったのか、レアが思わず、と言った態でこちらを見る。

 その表情は本気の当惑で満ちていて、僕の提案が確かな影響を及ぼしていることを感じさせた。

 きっと、この瞬間だけは、離別の寂しさも忘れているに違いない。


「桜井君、それ、どういう提案なの?」


 入り口の方から、レアと同様に困惑した表情の神代が疑問を発した。

 まあ、傍から見れば、僕が唐突に妙なことを言い出したようにしか見えないだろうから、仕方がない。

 僕は微笑を浮かべ、二人に説明するようにする。


「いや、何というかさ……ここ最近、それこそ推理小説の探偵みたいに、謎解きをする機会が多かったんだ。それで、頭をよく使っていたんだけど、何か、楽しかったし?だから、これからも、そう言うのをしたいなー、と最近思うようになって」


 実際のところ、僕が謎解きを繰り返してきたのは成り行きという面が強く、そんな感想を抱いたことは特に無いのだが、とりあえずそう言う設定にしておく。

 重要なのは、レアが納得してくれることなのだから。

 嘘も方便、という言葉はこう言う時のためにある。


「だけどまあ、前も言ったけど、日本は殺人事件なんてそうそう起こらない。だから、謎解きをしたいなら、身近な小さな事件を追うしかない訳で……それで、レアにも協力して欲しい、と思って。……フランスに戻ってからも」

「……つまり、私に、推理小説の依頼人みたいな立ち位置になってほしい、ということですか?」


 上手い具合に、レアが話の内容をまとめてくれる。

 僕の言葉を理解するよりも先に、好きな物語の構造に現状を当て嵌めるところが、実に彼女っぽかった。

 故に僕も、「そうそう、それそれ」と軽く告げる。


「でも、エイジ。そんな小さな謎は、日本でも普通に見つかるんじゃ……」

「いやいや、僕、あまり友達いないから。正直、レアに協力してもらわないと、そう言うことに遭遇も出来ないし、教えてもくれないから」


 そう告げて、アハハ、と軽く笑った。

 自虐的な笑いも入れて、雰囲気を明るくする。

 僕にしてはテンションが高すぎる、いっそ不自然な振る舞いではあったが、ここは致し方ないだろう。


 ただ単に、僕の考えを提案するだけなら、ここのセリフは不要である。

 しかし、今は必要だと思った。


 要するに、話の全体として、「レアを慮って敢えて提案する」という流れではなく、「僕の方がレアに無理を言ってお願いする」という形にしたかったのである。

 というのも、実情が前者であることに気づかれてしまうと、レアの方が気が引けて、断ってしまう可能性があるからだ。

 寧ろ、エイジにそこまで気を遣わせてしまった、などと気に病むかもしれない。


 だからあくまで、僕の我が儘を通してしまっている、という体にした方が、レアの方も受諾しやすいだろう。

 そう思って、僕は尚もレアに配慮した言葉を並べた────ではなく、「我が儘を承知で、頼み込んだ」。


「レア、お願いだ。フランスに帰ってからも、謎を提供して欲しい。ただ、暇な時に、ちょっと連絡を取るだけで良いんだ……それだけで、大丈夫だから」

「……大丈夫、ですか」

「ああ、大丈夫だ」


 強く、断言する。

 頼み込む最中に頭を下げていたため、視線こそ合わせなかったが、実に真剣な言葉だった。


「レア、そうやって、暇な時にでも連絡してくれれば、僕たちは大丈夫だ……そう、大丈夫なんだ」


 ……図らずも。

 作った設定ではなく、本心が形となってこぼれ出る。

 ある種、僕が一番伝えたかったところだったからかもしれない。


 そして、その意図を汲んでか。

 これまで黙っていた神代が、不意に、口を挟んだ。


「レア、私からもお願い」

「マコト?」

「桜井君、こんなにも謎が解きたいらしいから……フランスに帰ってからも、付き合いを続けましょう?互いに、色々と話したいこともあるでしょうから」


 そう言って、彼女は僕に合わせるように、軽く頭を下げる。

 その声色は、完全に「我儘な男子のお願いを、一緒になって頼んでくれる女子」のそれだった。

 上手い具合に、僕の意図に添ってくれたようだった。




 ……そうやって、しばらく。

 僕と神代が、レアに向かって頭を下げるという、妙な光景が繰り広げられる。


 この光景を、彼女がどんな思いで見つめていたのかは、よく分からない。

 頭を下げたせいで、視線が下に向いた僕としては、それを知るすべもない。


 もしかすると、本気で信じてくれたのかもしれないし。

 或いは、あまりにも臭い僕たちの演技から、その真意を察したのかもしれない。

 どちらかは分からないが、何にせよ、しばらく彼女は口を開かなかった。




 ────しかし、少しだけの、沈黙の時間を通り過ぎて。

 不意に、レアは声を発した。


「……だけど、多分、そういうのはすぐにメンドウ、になりますよ?」


 まるで、駄々をこねる子どものように。

 或いは、泣いて縋る大人のように。

 ほんの少し、湿りを帯びた声で、彼女は問いかける。


 彼女の中を埋め尽くす寂しさよりも、現実的な不安の方が前面に出てきたのか。

 レアの言葉は、辛さを隠そうとしない割に、僕たちへの配慮が忘れられていなかった。


 いや寧ろ、僕たちに変に配慮しているからこそ、寂しかったのかもしれない。

 事実、彼女はその言葉を止めようとしなかった。


「きっと、連絡を返してくれなかったら、私、怒っちゃいますよ?……話せなかったら、ヤダ、ですよ?……それでも」

「……大丈夫だよ。こっちとしても、色々と努力するから。というか、努力したいくらいだから」


 まだまだ続きそうな不安の羅列ではあったが、言葉の最後まで待たず、僕は顔を上げてそう返す。

 現実的には、それなりに難しく、同時に面倒くさいことなのかもしれないが────それでも。

 ここで、彼女を笑顔にできるなら、その程度の努力は安いと思ったのだ。


「でも……」

「大丈夫よ、レア。今の時代、電話もメールもあるのだし……何より」


 レアの言葉を遮るようにして、今度は神代が口を開いた。

 彼女は、しっかりとレアのことを見据えて、そして断言する。


「私たち、貴女からどういう形で連絡が来ても……それを『鬱陶しい』とか、『嫌だ』とか、決して思わないから」


 ()()()()()()()()()()()()()、と。

 やはり全てを察していたらしい神代は、そう話を締めくくった。


 その言葉を境に、再び、幾ばくかの沈黙。

 だが、今度の沈黙は、先程よりも早く終わった。

 神代の言葉を聞いたレアは、じきに口を開き────。


「……絶対、ですよ?……約束、ですよ?」


 そう、ポツリとこぼした。


 ……恐らくそれは、彼女なりの、最終確認だったのだろう。

 この、目の前に居る二人の友人を、どう思っていいかの、最終確認。

 この段階に至って、まだそんな確認をするあたりに、明るい態度に隠された彼女の地というか、年齢相応に怖がりな部分が現れているような気がして、僕は何とも言えない気分になる。


 まあ、何にせよ。

 こうまで言われたら、返す言葉は決まっている。

 僕と神代は、どちらともなく視線を合わせ、そして頷いてから返事をした。


「ああ、絶対、だ。ちゃんと、レアがフランスに帰ってからも……謎解きを、やっていこう」

「約束、だから」


 僕と神代が、そう返すと。

 不覚にも、という雰囲気で────レアの表情が、ふわりとした笑みへと変化した。


 先程までの、今にも泣きだしそうな顔ではない。

 無論、保健室から戻ってきた時の、無理をした笑みでも無い。


 うっかり本音が漏れてしまった、と言わんばかりに、本音を映し出す笑顔。

 その表情のまま、彼女は。


「……だったら、私……本気に、しちゃいます!」


 そんなことを言って。

 強く、頷いてくれた。




 ──良かった、レア、笑ってくれた。


 レアのその言葉を聞いた瞬間、意図せず、ふう、と息を吐く。

 どうやら、レアだけでなく、こちらまで変に緊張していたというか、気負っていたらしい。


 ある種の反動で、肩の力がごっそりと抜ける。

 隣を見ると、神代も同じような顔をしていた。


 視線が合った僕たちは、何となく、互いに苦笑いを浮かべる。

 さらに、そんな僕たちを見て、レアはクスクスと笑いを溢した。


 その勢いのまま、レアは。

 やや唐突に、こんなこと言い出す。


「何となく、今思い出したんですけど……日本に来たばかりの時、エイジやマコトは、私によく言ってましたよね。現実の日本は、殺人鬼も探偵もそうそういない。そんな事件は頻繁には起こっていないし、探偵にも会うことは無いって」

「ん……ああ、そう言えば、そんなことを言ったな」


 今となっては、懐かしさを感じる誤解の訂正だった。

 一ヶ月前、初めて出会った頃、彼女とそう言う会話をした。

 特に神代は、ホームステイ初日からその誤解を解くのに奔走したらしい。


 ただ正確にはこれは、未だに完全には解けていない節のある誤解である。

 尤も、最近は流石にこの国の治安の良さは分かってきた、とか言っていたような気がするが────。


「二人の話を聞いて、流石に、私も納得しました。ですけど……今思えば、アレ、()()()()、マコト、エイジ?」

「えっ……いえ、そこは嘘ではないけど」


 今更のように繰り返される妙な話に、素で神代が突っ込みを入れる。

 僕の方も、この状況で何を言い出すんだ、と目を丸くした。


 しかし、そんな反応も何のその。

 レアは、「いーえ、嘘です!」と言って、僕たちのことを見つめる。


「だって、日本に来た私は、ちゃんと出会えましたから」

「出会えた……?」

「はい!……物凄く優しくて、物凄く、私の心の中を推理してくれる、素敵な探偵たちに、です」


 そのタイミングで、彼女は腕を広げるようにして、両腕を左右に開く。

 或いは、僕たち二人のことを、手の方向で指し示していたのかもしれない。


「どんな推理小説にも、推理ドラマにも出てこない、素晴らしい探偵、なんです。……だから、探偵に会うことが夢だった私が、この学校に留学したのは、本当に良かった、です。だって……」




 ──私は確かに、()()()()()()()()()()()()()




 最後に、彼女はそう言って僕たちを見つめ返して。

 さらに、もはや握り締める必要もない手を、楽しそうに動かす。

 それから、彼女はもう一度、最高の笑顔を見せてくれた。

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