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バウムクーヘンと彼女と謎解きと  作者: 塚山 凍
EpisodeⅠ:音色の研究
6/94

壁新聞と吹奏楽の関係

「しかし……謎を解くといっても、どこから解こうか」


 神代の前で、その要請に頷いてから五分後。

 未だに第二音楽室前に佇む僕は、うーん、と唸りながらそう呟いた。


 当たり前だが、僕は今までこんな謎解きやら捜査やらをした経験など無い。

 だから、真相を知りたい、と思うことがあったとしても、どこから手を付けて良いのやら見当もつかない。

 せめて、もう一人くらい仲間が居れば良かったのだが────。


「神代、行っちゃったものなあ……」


 誰もいない隣の空間を見ながら、そんな言葉が漏れた。

 そう、丁度、僕が神代の要請するところの謎解きを受け入れた直後。

 彼女は、新しい用事が出来たという生徒会長に連れられて、生徒会室に戻ってしまったのである。


 何でも、こういう風に突発的に他の仕事に連れていかれるというのは、生徒会メンバーにはちょくちょくある話らしかった。

 神代が僕をいきなり巻き込んできたのは、もしかすると生徒会の影響なのかもしれない。


「まあ、そんなことはどうでもよくて……とりあえず、最初にすべきことは」


 むん、と唸ってもう一度考える。

 今、最も効率的な選択肢は何か、と。

 すぐに、一つの解決法が脳裏をよぎる。


 ──いやまあ、究極的には、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。「さっきの音なんだー?」って聞いて。疚しいことが無ければ、普通に教えてくれるだろうし。


 身も蓋も無いが、最初に思いついた解決法はそれだった。

 日常の謎における最強の謎解き────「当事者に直接聞く」である。

 要するに、特に深い事情も無かったのなら、そこらの吹奏楽部の部員を捕まえて話を聞けば、それだけで分かるかもしれない、ということだ。


 ただ────個人的には、この方法はとりたくなかった。

 何故かと言えば、単純に、恥ずかしいからである。


 というのも──もしかすると僕が人見知りなだけかもしれないが──自分の所属していない部活の部屋を勝手に尋ねるというのは、それだけで緊張する行為なのだ。

 何というか、パスポートも無しに海外に出向いたような気分になる。


 しかも、今回尋ねる対象は、吹奏楽部だ。

 当然というか何というか、ウチの中学校の部活の中でも、特に女子生徒の割合が多いところである。

 女友達よりも、男友達の方が多い僕のような生徒からすると、この部室に入っていくのは、中々の心理的抵抗があった。


 ──だから、出来れば吹奏楽部の部員とは話さずに謎を解決したいな……我儘かもしれないけど。


 そう考え、僕が「直に聞く」という選択肢を、心の中で一時棚上げした。

 もしあまりにもこの謎の真相が分からなかったら、その時にもう一度考慮しよう、くらいの心づもりである。


 ──しかしそうなると、次善の策を考えるしかないな……。


 最速の解決法を放置した後、僕はもう一度、腕を組んで別の可能性を当たってみる。

 幸いと言うか何というか、こちらもまた、あっさりと選択肢が浮かんだ。


「一人で考えても埒が明かないし……吹奏楽部じゃない、事情を知っていそうな生徒に話を聞くか」


 そう呟くと同時に、神代が言及していた掲示板の方向に視線を向ける。

 そこでは、未だにある男子生徒が作業をしていた。


 彼の名前は、壁野敦(かべのあつし)

 僕のクラスメイトでもある、壁新聞部の部員である。




「おーい、壁野ー。ちょっといいー?」


 小さめの脚立に上りながら、壁新聞の近くに折り紙を張り付ける壁野。

 彼の元に歩み寄ると、流石に気が付いたらしく、彼は廊下の上方──殆ど天井に接するレベルの高さだ──でくるりと振り向いた。

 その手には、精巧に折られた小さな折り紙と、きらびやかなモールのような物が握られている。


「桜井か?どうしたんだ?」

「いや、ちょっと話を聞きたくて……」


 少し時間をくれないか、と続けようとした瞬間に、向こうから言葉を差し込まれる。

 その先を聞く必要は無い、と言わんばかりの速度だった。


「……すまないが、少し待ってくれ。この折り紙の角度を崩したくない」

「あー……わかった」


 急かしても無駄だろう、と直感して頷いておく。

 すると、小さくありがとう、と言った壁野は、すぐに壁新聞の上あたりに視線を戻した。

 どうやら今の彼は、その手に持つ鳩型の折り紙に執心らしい。


 ──相変わらずだな……。


 彼の様子を見ながら、僕は軽く笑った。

 彼が部活動をしている様子を見たのはこれが初めてだったが、あまりにも、イメージ通りである。

 壁野敦と言う生徒は、普段からこういう存在だった。


 一言で表すのなら、芸術家タイプ、と言うのだろうか。

 本当に、授業以外の全ての時間を使って、ああいった紙細工──小さいころからの趣味らしい──を作っているような生徒なのである。

 僕のクラスメイトの中でも、ぶっちぎりの変人と言っても良いだろう。


 その趣味だけでも、一般の中学生としては注目を浴びるに十分なものだったが、その趣味のために入った部活が壁新聞部と言うのだから、変人さにも磨きがかかる。

 まあ確かに、ウチの美術部は絵画が専門で、彼の得意とする紙細工を発表する機会は乏しかったらしいので、妥当と言えば妥当な判断なのだろうが。


 ──それでも、「じゃあ壁新聞部に入って、壁新聞を目立たせるための飾りつけを全部作ります」って決断するのは、凄いよなあ……。まあ、彼のお陰で、校内の飾りつけは物凄くグレードアップしたらしいけど。


 こんな感じで活動しているんだなあ、と再確認しながら、僕は真剣な表情で折り紙を掲示板に固定する彼の姿を見つめる。

 放課後になっても彼の姿があることから分かる通り、彼は部活と称して、放課後は常にこうやって何らかの飾りつけをしているようだった。


 だからこそ、数日前からあの掲示板の前に居たのだろう。

 神代の時にも思ったが、ウチの学年は変人が多いのかもしれない。


 ……しかし、彼の拘りを尊重するのはいいとして。

 廊下に佇んだままの僕としては、生憎とやることがない。


 自然、手持ち無沙汰な僕は、彼の脚立の近くを意味もなくぐるぐると回ったり、ただただ壁の方を見つめたりして、時間を潰した。

 ただ一つ、彼の脚立の近くには作業道具や紙細工の材料──要するにまだ折られていない折り紙だ──が置かれてあるので、それを踏まないようにだけは注意したが。

 尤も、その折り紙の一番上には赤色の折り紙が置かれており、遠くからでもよく目立っていたため、そうそう踏むことはなさそうだったが────。





 そんなこんなで、待つこと十分。

 一度地面に戻って形を整えたり、他の紙を使ったりと、色々なことをしていた壁野は、ようやく脚立から降りてきた。


「いや、すまなかったな、桜井。丁度、力を入れて作った奴を持っていて」

「ああ、それはいいけど……今度こそ、大丈夫か?」

「大丈夫だよ。……それで、何か用か?と言うか、お前確か、帰宅部だったよな」


 何で放課後のこの時刻になって、まだ校内に居るんだ、と聞きたげな目で壁野が僕を見る。

 それを察しながらも、微妙に説明がしにくく、僕は後頭部をボリボリと掻いた。


 実際、ここに至るまでの経緯は訳が分からなさ過ぎて、他人に納得させる形での説明が難しい。

 何故、僕はこうも真剣に謎解きをしようとしているのか。


 理性を取り戻した思考が、一瞬そんなことまで思ったが─────神代相手に一度は頷いたものを、今更反故にするわけにもいかない。

 仕方なく、僕は敢えて詳細な説明をせず、要点だけ聞くことで場を凌いだ。


「いや、ちょっと気になったことがあったから、話を聞きたいんだ。……さっき、吹奏楽部が物凄いミスをして、変な音が廊下まで響いたよな。聞こえていたか?」


 位置的には、彼も聞いていたはず、と予測を籠めて、そんな問いを発する。

 彼が先程作業をしている掲示板は、第二音楽室の隣なのだ。

 あそこにいて聞こえない、というのはまずあり得ない。


 だから、当然頷いてくれるものと思っていたが────意外にも。

 彼はすぐに、首を横に振った。


「……え、聞こえていなかったのか?」

「ああ。集中していたからな。……何か、変な音でも聞こえたのか?」


 如何にも不思議そうな顔で、壁野はこちらに問い直す。

 それを前にして、僕は言葉に詰まった。


 ……困った。

 まずあの音のことを思い出してもらって、その上で「何か吹奏楽部に変わった様子でも無かったか、昨日や一昨日もその音を聞かなかったか」と質問する気だったのだが。

 彼自身が音を聞いていないとなると、質問自体が無理筋になってしまう。


「……本当に、聞こえなかったのか?まあまあ凄い音だったんだけど」

「そうは言っても、ずっとここで作業してるからなあ。吹奏楽部の練習音自体は、当然何時も聞こえているんだが、もう慣れているよ。だから……」


 多少変な音が聞こえていようが、耳が慣れた以上記憶にもない、ということらしい。

 何ともまあ、彼らしい話だった。

 他の人が言ったなら、「流石にあれに気がつかなったなんて嘘かもしれない」と疑ったかもしれないが、壁野なら有り得る気がする。


 ──となると……壁野は本当に何も知らないかもな。最悪、二日前から神代が隣に居たことも覚えていないんじゃないか、彼。


 当然の思考の流れとして、そう言う可能性が思い浮かんだ。

 要するに、壁野は何も悪くないが、この「日常の謎」の証人としては役目を果たせない、ということである。

 ……ただ、それでも諦めきれない物があり、僕はダメもとで最後の質問をした。


「そうか、分かった。……ただ、これだけ教えてくれ」

「何だ?」

「ごく最近、作業をしている中で、吹奏楽部に何か変化は無かったかな?こう、新しい楽器を運んでいたとか、大会に出ていたとか、お前が気づいた範囲のことで……」


 何も知らないって言ってきそうだな、と思いつつ、僕はそう問いかける。

 すると、壁野はうーん、と分かりやすく困ってから、不意に何かを思いついたような顔になった。


「何でお前がそんなに吹奏楽部を気にするのかがさっぱり分からないが……そんなに気になるのなら、直に見たらどうだ?」

「直に?」

「そうだ。ほら、そこの脚立を使えばいい」


 そう言って、彼は自分が今の今まで使っていた脚立を指さす。


「この音楽室、天井近くに小さな窓があるんだよ。多分、換気用なんだろうが……だから、そこから覗き見れば、中の様子は分かるぞ?」


 まあ、ちょっと犯罪めいていて気が引けるけどな。

 そんなことを言いながら、壁野は僕に向けて、脚立を押し出してきた。

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