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バウムクーヘンと彼女と謎解きと  作者: 塚山 凍
EpisodeⅣ:そして彼女はいなくなった
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生徒会と来期の関係

 扉の取っ手に手をかけ、グッと自分の方に引いてみる。

 これで引き戸だったらまあまあ間抜けだったのだが、幸いにも普通に開閉するタイプだったらしく、すんなりと扉は開いてくれた。

 同時に、室内から流れてきた少しだけ冷たい空気が、僕の肌に触れる。


「お邪魔しまーす……」


 特に誰も聞かせるわけでも無いのだが、何も言わないのも変な気がして、そんなことを呟きながら一歩踏み出した。

 途端に、僕の視界には様々な物が現れる。


 雑然とした生徒会メンバーの机。

 代表委員会などで使う会議机にホワイトボード。

 さらに────見慣れた金色の髪。


 流れるように見ていった僕は、そこであれ、となる。

 反射的に、口を開いた。


「……あれ、レア?」

「む?……あ、エイジ!もう来たんですね!」


 会議机に収納されるようにして置かれてある椅子の上から、制服姿のレアがぴょん、と立ち上がる。

 さらに、ステップを踏むようにして彼女はトン、トン、トン、こちらに近づいてきた。


 ──もう来ていたのか?神代はいないようだけど……。


 少し不思議に思いながらも、僕は軽くのけ反った。

 レアの動きは相変わらず素早く、反射的に腰が引けてしまったのである。

 特に今日の彼女は、どういうわけか走りながらも拳を握っており──寒いのだろうか──移動の勢いもあって、やや怖かったのだ。


 しかし勿論、ここでレアが僕に殴りかかるはずもない。

 彼女は僕の前まで来たところでキキッとブレーキでもかけるように急停止し、そのまま僕の顔を見上げる。

 そしていつも通り、花が咲くような笑みを浮かべた。


「ようこそ、です、エイジ!ええと、ホストとして、歓迎します!」

「はい、どうも……お呼びいただき光栄です、になるのかな、これ」


 今更のような、他人行儀な挨拶。

 こんな言葉、初めて会った時ですらそうそう言っていない。

 それがなんとなくおかしく、僕たちは同時にフフッと噴き出した。




「今になって、かしこまるのもアレだな……あ、そうだ、ジュース、持ってきたぞ。サッカー部からの貰い物だけど」

「おお!ありがとうございます!例の大会の、贈り物ですね!」


 やや指に無理をさせて、三本のペットボトルを提示して見せると、レアはその一本をひょい、と手に取りつつ、サッカー部の事情を知っているかのような反応を見せた。

 その様子を見た僕は、そう言えばレアは、色んな部活を出入りしていたな、と以前の様子を思い出す。

 見学の一環で、サッカー部のこの騒動も知っていたのだろうか。


「……あれ、じゃあ、ごめん。飲んだことあるか、このオレンジジュース」

「そうですね、一回貰いましたけど……別に、大丈夫ですよ?簡単に飽きる物じゃないですし、お菓子もたくさんあるので、飲み物は必死、じゃなくて、必須ですし」


 そう言いつつ、彼女はちょいちょい、と僕を手招きするような動きを見せ、生徒会室の壁の方に誘った。

 つられて移動してみると、そこには生徒会の資料が詰め込まれた大きな棚があり、さらに棚の一画には、小さめだが冷蔵庫が置かれてある。

 その扉に手を添えながら、レアは軽く得意そうな顔をして、一息にそれを開け放った。


「マコトと話しているうちに盛り上がって、お菓子、たくさん買ってきたんです。ええと、日本語だと……じゃーん、です!」

「いや、その擬音は口にしなくてもいいと思うぞ」


 恐らくは漫画に影響されたのであろう日本語を訂正しつつ、僕も冷蔵庫の中を覗き込む。

 途端に、おお、と感嘆が零れた。


「凄いな、ケーキとかも買ってきたんだ」

「一日保存できるものを選んだので、数は少ないですけどねー。目についたのは、たくさん買いました!」


 彼女の言葉に、嘘は無い。

 正直、お菓子の袋を一つ開けるくらいかな、と事前に思っていたのだが、その予想に反して、冷蔵庫内には洋菓子がたくさんあった。

 チーズケーキらしきものを始めとして、パイやらゼリーやらビスケットやら、食べきれるのか、と心配になるレベルで買い込まれていたのである。


 しかも、カステラがあると思えば、その隣にはスコーンらしきものが並び、その隣にはポテトチップスにチョコを掛けたやつが存在するという、変に国際色豊かな感じになっている。

 妙な例えだが、おもちゃ箱みたいなラインナップだった。

 お菓子の家にが倉庫が存在したなら、中身はこんな感じでは無いだろうか。


「というか、どこで買ってきたんだ、これ……」

「ちょっと遠くの、デパートのお菓子コーナーです。運ぶのはちょっと大変でしたけど」


 それでも、食べたいので予算の限りは買ってきたらしい。

 まさか交換留学プログラムに予算を出した人も、これに予算を使われるとも思っていなかっただろう。

 軽く呆れつつ、僕は頷きを返した。


「まあ、最終日だし、これくらいあった方が派手か……ジュース、入れさせてもらうぞ」

「はい、マコトが来るまで、冷やしておきます」


 そう言いつつ、僕は自分の持った二本のペットボトルを、お菓子を潰さないようにしながら、冷蔵庫内に寝かせて置いておく。

 次に、レアは自分の持つ一本を──もうスペースが無かったので──冷蔵庫の扉の方の棚に設置した。

 そして、その扉を閉めながら、彼女は思い出したように神代について説明をしてくれる。


「私、意外と早く用事が終わったので、こっちに来ましたけど……マコトは、丁度生徒会の仕事が職員室であるので、あとちょっとかかる、と言ってました。三時には、ちゃんと来るみたいです」

「生徒会?……職員室で、何があるんだ?」


 この時期に、何だろうか、と純粋に疑問に思う。

 交換留学絡み以外で、今の生徒会がしなくてはならない用事なんて、何かあっただろうか、と思って。

 そう言う意図で尋ねてみると、レアは思い出すようにして事情を語った。


「ええと、何でも、次のリッコウホシャ?という人の、オウエンエンザツがあるとかないとか……マコトは、先生とその人と、打ち合わせをするらしいです」

「立候補者の応援演説、か」


 ──つまり……生徒会選挙の事か?


 レアの言葉を日本語に直し、密かになるほど、と思う。

 選挙の時期を考えれば、妥当な話だった。


 海進中学校の生徒会選挙では、まず立候補者が生徒の前で演説し、その次に立候補者が頼んだ人物による応援演説が行われ、最後に投票、という流れを踏む。

 予定通りにいけば、生徒会選挙はレアたち留学生が帰国してすぐ、来週には行われるのだから、確かに今の立候補者たちは、演説用原稿の最終チェックをしているくらいの段階だろう。

 神代が応援演説とやらをするということは、彼女もその内容を練っている段階だろうか。


 ────しかし、そこまで考えたところで。

 不意に、あれ、と思った。


「神代が、応援演説を()()のか?()()()んじゃなくて?」

「そう言ってましたよ?」

「え、じゃあ……彼女は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」


 言いながら、僕は何故、と思った。

 有り得ない話ではないが、実に珍しい。


 ────僕がこう驚くのは、理由がある。

 というのは、当然と言えば当然なのだが、ウチの学校の生徒会選挙において、応援演説をする人というのは、選挙そのものには出ない人である。


 これはまあ、普通のことである。

 いくら何でも、既に立候補した者が、別の立候補者の応援をするはずもない。

 だから大抵の場合、立候補者はもう引退する元生徒会メンバー──規則上、これ以上は立候補できない三年生とか──に頼んだり、弁のたつ友達に頼んだりして応援演説をしてもらうのだ。


 つまり、応援演説を引き受けたということは、その時点で、神代は来期の生徒会メンバーには加わらない、ということになる。

 普通、一年生から二年生にかけて生徒会役員になった生徒は、次の年度でも引き続き立候補する──それこそ、最初は書記だったから次は会長を目指すとか──例が多いのだが。

 神代は、そうはしないらしい。


 ──まあ、神代が決めることなんだから、別にいいんだが……珍しいな。


 僕の印象では、神代は別段、生徒会活動に滅茶苦茶やる気を燃やしていた、というわけではない。

 しかし、生徒会の仕事を嫌がっていた訳でも無い。


 嫌がっていたなら、交換留学生のホームステイなど引き受けないだろう。

 それ故に何となく、来期も何かの役職をやるんだろうな、と思っていたので、彼女の選択は意外だった。


 ──何か、他にしたいことでも出来たのか?


 そんな、埒も無いことをつい考えてしまう。

 すると、目の前でレアが、何かを思い出すような口ぶりでこんなことを言い始めた。


「……マコトから聞いた話ですけど、生徒会のリッコウホ?は、準備だけでも大変らしいです。だから、次はしないんじゃないですか?」

「準備?そんなに大変なのか?」

「はい。何でも、()()の面倒なことがあるとか」


 ──四つ?


 随分と、聞き覚えのある数字である。

 ここのところ、その数とは縁が濃い。

 偶然だとは理解しつつも、僕は少しだけ興味をひかれるのを自覚した。

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― 新着の感想 ―
[良い点] オレンジジュースって運動部に送るものではないのでは? なんで送ってきたんだろう [一言] 4が絡むのか
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