ペットボトルと会場の関係
「何でもないよ、ちょっと、こっちの事情」
「いや、そう言われると気になって来るんだが……」
適当にあしらうつもりだったのだが、本当に気になるのか、深宮は意外としつこく聞いてくる。
会話の途中で唐突にバウムクーヘンが出てくるというのは、どうでもいいと切り捨てるには興味を引きすぎる現象だったらしい。
仕方なく、僕は適当に理由を捏造することにする。
……しかし、僕も焦っていたせいか、口から飛び出たのは随分と意味不明な説明だった。
「あ、いや、その……今からの用事が、お菓子とかを食べ合うお別れ会みたいなものだから。バウムクーヘンとかも、お菓子で出るかな、と思って。それで、バウムクーヘンのことを考えていたら、つい口から出てきたというか」
──何言っているんだ、僕。
自分で話ながら、その酷さに引いてしまう。
いくら何でも、話の内容にとりとめが無さ過ぎる。
慌てて、さらなる弁明を行おうとしたのだが────そこで僕は、深宮の表情が、少し動いたことに気が付いた。
「……ん?深宮、どうした?」
「いや、それを聞いて、ちょっと思い出すことがあってな。……今からそう言うことをするのなら、持って行ってほしいものがあるな、と思って」
「へ?」
僕の言い訳以上に、訳の分からない話が飛んできた。
思わず怪訝な顔を向ける僕に対して、場を仕切り直すように深宮は手を振る。
「いや、そういうのを食べるんだったら、普通、飲み物が要るだろう?何も無かったら口がパサパサするし」
「まあ、そうだろうが、多分そう言うのは既に……」
「多くて困るものじゃないだろ?……今、ウチの部室に、滅茶苦茶ジュースが余っていて、困っているんだよ。どうせだから、持ってってもらおうかな、と思って」
話を聞いて、へえ、と思った。
何だか、思っていた以上にお得な話である。
要するに、ジュースを好きなだけ持って行け、という話だろうか。
しかし────。
「何で、そんなジュースとかが余っているんだ?というか、そう言うのって持ち込みOKだったっけ、ウチの学校」
「普通、ダメなんだけどな。ただ……聞いてないのか?ちょっと前に、そう言うのを作っている企業がスポンサーのサッカー大会があってさあ……」
そこから、ベラベラと深宮は彼の所属するサッカー部の事情を話し始めた。
彼曰く、少し前にサッカー部は、飲料会社がスポンサーが協賛しているサッカー大会に出場したらしい。
元々、ウチの中学校のサッカー部はそこまで強いという訳でも無いのだが、その大会では、上手い具合にというか、努力の甲斐あってか、優勝したとのことだった。
それで、かなり大量のジュースを貰ったようだ。
「良い話じゃん……だけど普通、部員で分けるんじゃないのか、そういうのは」
「そうなんだけどな、量が多いって言うから、その日は受け取らずに、後になって学校に郵送で届けられたんだよ。そして、届いたのを見てみたら……」
どういう訳か、百本単位のペットボトルが運ばれてきてしまったようだった。
多分、スポンサーとしては、善意だったのだろう。
サッカーは競技人数も多いので──少なくとも十一人は確実にいるのだから──他の部員の分も含めて、結構な量を送った、という流れのようだ。
「最初は皆喜んでいたんだけど、一種類しかないから、段々飽きが来てさー。スポンサーが太っ腹っていうのも、問題だよな。もう、職員室や部室棟の冷蔵庫は全部埋まってて、部員だろうが何だろうが、皆で飲みまくっている状態だ。それでもまだ、結構残っているし」
「へー……漫画みたいな話だな」
「本当にな。お前は知らないかもしれないけど、三日前の放課後にあれが届いた時は、結構な騒動だったんだぞ。それこそ、お前たちの噂の次くらいには、有名な話だった」
「ふーん……」
どうやらここ最近の海進中学校では、まず神代とレアが、次に多すぎるペットボトルが話題になっていたらしい。
こうして文字にしてみると、随分とファンキーな学校である。
「まあ、そう言うわけだから、お前にも飲むのを手伝って欲しいんだよ。菓子やら何やらを飲み食いするのなら、うってつけだろ?」
「ありがたい申し出だけど……別の運動部に配るとか、しなくていいのか?」
「かなり甘ったるいオレンジジュースだからな……飲んでも逆に喉が渇くって、嫌がられるんだよ。だから、運動部には逆に配りにくい」
なるほど、と僕はようやく完璧に事情を理解する。
運動部であるサッカー部に贈呈されながら、今に至るまで余ってしまっているのは、そう言う事情のせい、ということか。
そう言う意味では、確かにレアのお別れ会にその飲み物を持ち込むというのは、丁度いい話だった。
いくら甘ったるい味をしていようと、お菓子と食い合わせが悪いオレンジジュースというのも、そう無いだろうし。
「分かった、折角だから、それ貰っていくよ。正直、僕だけ手ぶらで参加するのもちょっとな、と思ってたところだから」
「お、そうか。じゃあ早速部室に……」
そう言いながら、深宮は時計の方をチラリと横目で見る。
彼としても、そろそろ部活に向かった方が良い時間になったらしかった。
それを見た僕は、彼に合わせる形でその場で立ち上がる。
まだ、お別れ会の始まる午後三時には遠いが、ここで深宮を先に行かせるよりも、一緒に向かった方が手っ取り早い。
「第一の謎」の時も言ったことだが、帰宅部員にとって、参加もしていない部室に立ち入るというのは、現役部員を伴うくらいしないと、何となくやりにくいのだ。
「ええと、じゃあ行こうか。何本貰えば良いんだ?参加者、三人だけなんだけど」
「そりゃあもう、三本と言わず十本でも……」
そんなくだらない会話をしながら、僕たちはサッカー部の部室に向かった。
そう言う経緯の元、話に聞く通りにオレンジ色に染まったサッカー部の部室に入り込んだのが、二時二十分くらい。
さらに、スポンサーの回し者なんじゃないかという勢いで、多量のペットボトルを持っていくように宣伝する深宮を振り切るのには、もう二十分を費やした。
要は、オレンジジュースの詰まったペットボトル三本を持って、校舎の方に戻った頃には、二時四十分くらいになっていたのである。
「ちょっと早いけど、もう行こうかな……もしかすると、レアたちもちょっと早く来ているかもしれないし」
部室棟からテクテクと歩きつつ、時計をチラ見した僕は、そう呟いた。
仮に彼女たちが時間通りに来るにしても、二十分くらいなら待つのも苦ではない。
適当に、生徒会室の内装でも見ていれば、時間は潰れるだろう。
そんなことを思って、僕は少し早いが、学生鞄とペットボトルを持ったまま生徒会室に向かった。
その足取りに、迷いはない。
一般生徒である僕にとってはまず縁がない部屋だが、記憶が正しければ、一階の角部屋だったはずである。
──一年生の時、代表委員会で行ったことあるしな……。ああいう部屋は、位置を変えることもないだろうし。
僕は昨年、ほんの一時期だが──気まずい空気に負けたせいで──学級委員長なんてものをやっていたことがある。
そして海進中学校では、月に一回、生徒会メンバーと共に全学年の委員長が集まって会議をする──体育祭のスローガンを決めるとか、そういう行事ごとを採決するのだ──代表委員会なる面倒臭いものが存在する。
そのお陰というか何というか、僕は生徒会室の位置は忘れていなかった。
人間、妙なところで昔の記憶が役に立つ。
実際、記憶通りに歩いていくと、見覚えのある分厚い扉が見えてきた。
「ああ、これこれ……何か、懐かしい感じがあるな」
廊下からそう声に出してみると、誰もいないせいか、酷く反響した。
声に対する反応も無い。
レアが言っていた、今日は生徒会室を自由に使える──つまり、他のメンバーはいない──というのは確かなようだった。
先に、鍵も開けてもらえているはずである。
「じゃあ、先に入っておこう……レアとの最後の時間、目一杯楽しむとしますか」
誰も聞いていないのを良いことに、そんな独り言を呟きながら。
僕は、お別れ会の会場へ────転じて、「第四の謎」の会場となるその場所へ、足を踏み入れた。




