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バウムクーヘンと彼女と謎解きと  作者: 塚山 凍
EpisodeⅣ:そして彼女はいなくなった
53/94

言われまくっている噂と言ってなかった嗜好の関係

 一応、空白となった木曜日の分だけ時間はあったのだが────それでも、約束の金曜日はすぐにやってきた。

 僕の主観としては、レアとの会話を終えた次の瞬間には、授業の終わりを告げるチャイムの音を聞いたような感覚である。




「ん……まだ、午後二時か」


 五限目の授業と、帰りの会が終わった瞬間、部活に向かうなり帰宅するなりで、クラスメイトたちが一斉に立ち上がる。

 それを尻目に、僕はすぐに帰ることなく、とりあえず時計を見つめてみた。


 ウチの学校は時間割の都合上、金曜日が五限までしか無い。

 だからこそ、週末を前にしてこんなに早くに帰ることが出来るのだが────今日に限っては、その早めの終了時刻も、やや持て余す感じがあった。


 というのも、あの後でレアが告げてきた、お別れ会の集合時刻というのが、午後三時くらいに来て欲しい、というものだったのである。

 交換留学の最終日という事で、神代と共に、事務的な手続きやら貸してもらった物の返却やらがあるらしく、最初の一時間はどうしても行けない、というのだ。

 そもそも、木曜日を丸々買い物に費やしたこと自体、今日はその用事のせいで買いに行く時間がないから、という理由らしかった。


 まあ要するに、今から一時間、僕は暇、という事である。

 どうしようか、とぼんやりと考えた。

 何をするでもなく、余暇時間としては微妙な感覚なので、何をする気にもなれず、ボーっとしてしまう。


 これがもっと短い待ち時間だったら、素直に生徒会室で待っていたし、もっと長かったなら本格的に暇を潰す──気になる本を読むとか──のだが、一時間という微妙な時間が、行動を迷わせていた。

 何もしないのであれば長すぎるが、何かしようと思うと短すぎるのである、この時間は。


 ──と言っても、教室でボーっとしているのもアレだしな。適当に図書室でも行くか……。


 あそこなら、まあ、適当にダラダラしていてもそう文句は言われないだろう。

 そう思いつつ、僕が通学鞄を手に持とうとすると、背後から唐突に声が掛けられた。


「……あれ、桜井。何でまだ残っているんだ?」


 反射的に振り返ると、そこには見慣れた姿がある。

 教室の後ろの方の座席から立ち上がっている、深宮の顔だ。

 部活用のスポーツバッグを手に持っているところを見ると、今まさに荷物をまとめてサッカー部に行こうとしていたところだったらしい。


 既に多くのクラスメイトが教室から出払ってしまい、かなりスカスカになった教室内で、彼は僕の姿を見咎めたようだった。

 恐らく、帰宅部の僕がまだここに居るということ自体を、疑問に思ったのだろう。

 彼の思考を察した僕は、先んじて説明をした。


「この後、生徒会の方でちょっと用事があるんだ。だから、すぐに帰るわけにもいかなくて、ちょっと時間を潰している」

「へえ、そうか。だけど、用事……?」


 何かを思いついたように、深宮は目を瞬かせる。

 そして、こんなことを聞いてきた。


「それは、あれか?生徒会の神代さんとか、留学生の女の子とかの感じか?」

「そうだけど……詳しいな?」


 コイツに対して、あの二人のことを話したことあったっけ、と思い、僕は驚いて返事をする。

 基本的に、あの二人との間に起きたことは──あまり言いふらすような内容でも無いので──他言していないのだが。


 だから、そこで僕は、当然のことを聞いたつもりだった。

 しかし、深宮にとって、それは信じられない答えだったらしい。

 彼はその場で即座に目を見開き、「バッカ……お前!」と絞り出すような声を発した。


「知ってるに決まっているだろう、最近、お前ら三人の噂は、毎日のように学校の中で流れてるぞ?」

「へ?そうなのか?」

「そりゃあ、校内屈指の美人と、元々話題になりやすい留学生の美少女のコンビだ。話題にもなる。特に、その二人が何故かお前みたいな、普通な奴とよく一緒に居るんだからな」


 嫌でも噂になるんだよ、と言いながら、深宮は僕の前の席に座った。

 部活に行く時間を遅らせてでも、言いたいことがあったらしい。

 興奮収まらない、という感じで、彼はその場に留まった。


「やれ、神代さんとお前が手を繋いで音楽室の方を歩いている様子を見た、やれ、講演会の途中で二人で抜け出した……結構、目撃証言があるんだよ。他にも、コンビニで三人集まっているのを見たとか、ハンバーガー屋でデートしているのを見たとか言うのもあったな」

「あー……」


 噂になっている、と聞いた瞬間には驚いてしまったが、こうして聞いてみると、納得してしまう。

 なるほど確かに、身に覚えがある行為ばかりだった。

 学内で起こった前者二つのみならず、校外で集まっていた後者二つに関しても、誰かしらに見られていたらしい。


 いやまあ、狭い地方都市の中学校の校区内でウロチョロしているのだから、他の生徒に見られても全くおかしくない話ではあるのだが。

 それにしたって、世間は狭いな、と僕は軽く呆れた。


「本当に、そんなに噂になっているのか?この一ヶ月、周囲から聞かれるとか、そう言うことは無かったけど」

「そりゃあ、噂を聞いた奴が直接聞きに行くのを躊躇っているだけだ。元々、お前はそう顔の広い奴でもなかったし、初対面の奴に真偽を確かめるのもアレだろ?」

「ふーん……」


 ──何か、口ぶりが本当に真に迫っているな……そこまで噂になっていたのか、僕たち。


 考えてみれば当然のことではあるのだが、あまりにも周囲が大きく変化していることを感じ取り、僕は軽い驚きを覚える。

 もっと言えば、深宮が当然のようにこのことを知っているということ自体、何気に凄まじい。


 深宮は明るい奴だし、僕より余程友達の数も多いだろうが、それでも別に学校内の事情通とか、そんな存在なわけではない。

 要は、そこまで噂話を好むタイプでは無いのだ。


 そんな深宮がここまで知っているのだから、この話は、噂好きでなくてもつい聞こえてしまうくらい、有名な話なのだろう。

 丁度、僕が女子の噂に対して興味が無かったにも関わらず、神代の存在について知っていたようなものだ。

 神代の美貌と同レベルの影響力で、僕たちの行動は注目されているらしい。


 思えば遠くに来たものだ、とそこで僕は妙な感慨を覚えた。

 この一ヶ月ちょいで、酷く周囲の環境が変わっている感じがある。


 ──まあ、その環境の変化のきっかけとなったのは、まさに目の前に居るコイツだけどな……。コイツの提案から僕は告白に走ったんだし。


 ふと、そんなことを思う。

 すると、まるでそれを見計らったかのように、深宮がこんな質問をした。


「……なあ、桜井。因みに、なんだが」

「どうした?」

「思い当たることがありすぎて、今まで聞けてなかったんだが……お前がそういう風に神代さんとかと遊んでいるのは、もしかして、俺のアドバイスを……」


 ああ、とそこで僕は文意を察する。

 そう言えば、成果報告というか、僕があのアドバイスをどう実践したのか、深宮に言ったことが無かった。

 神代の謎行動やら、百合姉さんの一件やらで何かと忙しく、ここ最近、彼とはそう長い話が出来ていなかったのである。


 ──どうせ暇だし、ちょっと事情説明でもしておくか……。


 軽く事情説明でもしておけば、一時間くらいすぐに経つだろう。

 そう思った僕は、一ヶ月前の僕の所業について、軽く述べることにした。


「……ああ、そうだ。僕はあの後、神代に告白した」

「マジかよ……」

「まあ、うん。尤も、別にOKが貰えたわけでも無くて、変な状態になっただけだけど。それで、神代と色々話すようになって、彼女の家にホームステイしているレアとも話すようになったんだ」


 その変な状態の根幹──「四つの謎」を解けば付き合えるとか言う話──について、僕は詳しく説明しなかった。

 言ったところで、理解してもらえるとは思えない。

 僕自身、よく分かっていないのだから。


 しかし、それだけでも深宮相手には十分に衝撃的な話だったらしく、彼は目を白黒とさせていた。

 表情も驚きから呆れまで次々と変化しており、実に目まぐるしい。

 そして、最後は感情が突き抜けて行ってしまったのか、変にしみじみとした表情になった。


「そうか、実行したのか……正直、何もアドバイスできないままなのが嫌で、適当に絞り出した助言だったんだが……実行したんだな」

「……今では反省しているよ。いくら何でも、傍迷惑な振る舞いだった。……というか、そんな苦し紛れの言葉だったのか、アレ」


 意外なところで変な事実が分かってしまい、僕は思わず突っ込む。

 最終的にやることを決めたのは僕なので、今更グダグダ言う気は無いのだが、それでももうちょっと、確信のある助言では無いかと思っていた。


「てっきり、深宮の体験談かな、とか思ってたんだが。違うのか?」

「いや、即興でひねり出したんだよ、あの時。俺が彼女に告白したのだって、流石にもうちょっと知り合ってからだから」


 ブンブンと手を振って、彼は釈明をする。

 どうやら本当に、真剣な言葉というわけではなかったらしい。

 そして、そのことを申し訳なく思ったのか、彼はさらに言葉をつづけた。


「……言い訳するわけじゃないけど、本当にあの時のお前、顔が酷かったしな?帰り道に自殺でもするんじゃないか、みたいな顔だったしな?だから、何も言わずにはいられなかったというか……まあ、すまん」

「顔が酷かった……?」


 ──そんなだったのか、僕?


 深宮の言葉の一部分が気になり、思わず、僕は自分の頬を撫でた。

 そんなに、当時は思い詰めた顔をしていたのだろうか。

 正直なところ、自分でも、当時どんな表情をしていたかは、よく思い出せないのだが。


 行動面から言って、とんでもない状態だったのは確かだが────それにしても。

 一見して変だと分かる程、落ち込んでいたのだろうか。

 だとすると、相当みっともないが。


「……まあ、失恋の余波で、バウムクーヘンを嫌いになるくらいだしな。酷い顔だったんだろう、とは思うよ」


 とりあえず、反応しないのも変なので僕はそう言って置く。

 すると、深宮はポカン、とした顔をした。


「バウムクーヘン?それがどうかしたのか?」

「……あれ?言ってなかったっけ?」

「聞いたことないぞ」


 全然意味が分からない、と言いたげな顔で、深宮が首を左右に振る。

 聞いたけど忘れたとかでもなく、本当に初耳だったらしい。


 ──あの時、深宮相手に愚痴を言いまくった記憶があるけど……流石に、バウムクーヘンを嫌い出したことまでは言ってなかったのか?ただ単に、失恋した事だけ伝えて……。そう言えば、そうだったような気もするな。


 何となく、僕自身にとっては当たり前のことなので、当然言っている物だと思っていたのだが、どうやらあの時の僕は、愚痴語りの中でも、そこに関しては口にしなかったらしい。

 あの状況の中でも、流石にそんなことを言えばさらにドン引きされてしまう、と思ったのだろうか。

 だとしたら、変なところで働く理性もあった物である。


 というか、よくよく考えてみれば、僕は例のバウムクーヘン嫌いに関しては、誰にも言ったことがない。

 結婚式で貰ったバウムクーヘンは普通に両親に投げ渡したので、それを嫌って云々、というのは語っていないし、その他の人には失恋の経緯自体口にしていないからだ。

 何気に、あの嗜好の変化は、僕の中でひっそりと起きたことなのである。


「なあ、本当にどうしたんだ?バウムクーヘンがどうしたって?」

「あ、いや……何でもないよ、うん」


 話が気になった様子で詰め寄る深宮相手に、僕は適当に話を誤魔化す。

 知られていない以上、わざわざ教えることも無いだろう、と思ったのだ。

 せっかく、僕以外は誰も知らない、隠すことの出来たエピソードなのだから。

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[良い点] 神代&レアパワーすごい [一言] ただの恋愛沙汰でスゴいところまで来ましたね…
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