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バウムクーヘンと彼女と謎解きと  作者: 塚山 凍
EpisodeⅣ:そして彼女はいなくなった
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テンションとお別れ会の関係

 唐突だが、つい最近になって、気が付いたことがある。

 そう難しいことではない、日常の中で生まれた簡素な感想。

 すなわち、()()()()()()()()、ということである。


 ……ただ、一つ言って置くが、これは恋愛することが楽しいだとか、恋愛に関連する喜怒哀楽が面白いとか、そういう話ではない。

 いくら失恋について受容したとは言え、僕はそこまで恋愛に対してポジティブにはなっていない。


 僕が面白いと思うのは、もっと別の点。

 自身の初恋に夢中だった時期における、僕の女性に対する認識に関する話である。

 より正確に言うならば、かつての僕の目には、百合姉さんはどう見えていたか、ということだ。


 そして、もったいぶって悪いが、この答えは単純明快である。

 以前に記述した話かもしれないが、百合姉さんに夢中だったころの僕の目には────彼女の容姿は、絶世の美女のように見えていた。


 これは、何かの比喩ではない。

 本当に、この世で一番綺麗な人のように見えていたのである。

 戯れにでも、笑顔などを向けられてしまえば、それだけでクラッときたくらいに。


 ……だが、しかし。

 極めて客観的かつ、失礼かつ、残酷な話なのだが────本当に百合姉さんは、あらゆる人の目から見て、そこまで綺麗な人なのか、と考えるなら。

 残念ながら、そうではない、というのが正答だろう。


 無論、滅茶苦茶不細工、という訳でも無い。

 何というか、如何にも「標準的な二十代女性」という感じの容姿であり、正直なところ、そこまで言及する点が無いのだ。

 愛嬌がある、とか、笑顔が柔らかい、とか、細かい美点は多々あるのだが、それは小さい時からお世話になっていたからこそ思う事であり、容姿の評価とはまた別だろう。


 何が言いたいのか、と言えば。

 百合姉さんの容姿というのは、客観的に比較するのであれば──そして年齢の差を無視するのなら──神代やレアよりも遥かに地味だ、という事である。


 この点を、僕は面白い、と思うのだ。

 というのも、僕はその「百合姉さんより遥かに美人であるはずの神代とレア」に何度も会いながら、彼女たちの容姿にクラッと来たことが、あまりない。

 前回の一件でも分かる通り、ハンバーガー屋でたむろっているだけで視線を集めてしまう程の容姿であるにもかかわらず、僕は彼女たちと相対しても、恥じ入ったり、邪な目で見たことがそう無いのである。


 勿論、綺麗な子だな、とは思っている。

 初めて見た時に、ある程度意識をそっちに持って行かれたことも、間違いがない。


 しかし、それ以上の興味を抱くことは、無かった気がする。

 分かりやすく言うならば、初恋中に百合姉さんに対して向けたような反応を、僕は彼女たちにしたことがない。


 失恋後だったから、というフィルターを鑑みても、最初からそう言う対象として見ていなかったのかもしれない、とすら思う。

 曲がりなりにも告白しておいて、こういう感想を抱くのも酷い話だが。


 本当に、恋愛というのは面白く、同時に恐ろしい。

 人の認識と言う物を、感情一つでここまで変化させるのだから。


 誰がどう見たって、地味で控えめな容姿の異性であっても────その人を好きな人からすれば、世界で一番の容姿に見えているのである。

 流石に、僕のように、その認識変化を失恋後一ヶ月以上も続ける人は稀だろうが。




 ────しかし、これまた最近思うことなのだが。

 この認識変化も、そう悪いことでも無かったかもしれない。


 いや、何なら、神代やレアを相手にする際には、良い変化だったのかもしれなかった。

 というのは、情けない話というか、如何にも男子中学生らしい話なのだが。

 仮にこの認識変化が無かった場合、僕が彼女たちと普通に話せていたかどうかを考えると、かなり怪しいからである。


 想像してみて欲しい。

 ここ最近の僕は、傍から見てみれば、「学年屈指の美少女と異国から来た美人留学生に、休日含めて何度も好意的に話しかけられる男子中学生」という、凄まじいシチュエーションの中に居るのである。

 この状況で、一切の動揺をせずに普通に彼女たちと会話できる男子中学生というのが、いったいどれくらいいるだろうか。


 余程自我のはっきりしている人だったら、もしかすると大丈夫かもしれない。

 しかし、多くの人はそうでも無いだろう。

 変に気負ったり、そもそも口を開くことが出来なかったり、嫌に緊張したりと、大小様々な反応を示すのが普通では無いだろうか。


 僕も、普通の状態だったなら──失恋後ではない状態で彼女たちと知り合ったならば──その例外ではない。

 何も言えずにしどろもどろのまま、無駄に高い声で返答する自分の姿が見える。

 神代のよくわからない思惑の元、探偵のようなことまでしてしまっているので、変に冷静な振りをしているが、普段の僕の姿など、こんなものである。


 だからこそ、良かった、と思うのだ。

 失恋後という微妙な状況だった故に、僕は割と普通のテンションで、神代やレアと話すことが出来た。

 特に、割と自分からグイグイ来るタイプであるレアの方とは、この状態で無かったなら気が引けてしまい、仲良くなれなかったかもしれない。


 そう、それこそ。

 一ヶ月という交換留学の期間にも終わりが見え始め、お別れ会まで開こうか、という時期に。

 どうしようもない寂しさを感じる程には、仲良くなれなかったかもしれない────。






『エイジ!明後日の金曜日、さらに言うとその午後、空いてますか!』


 百合姉さんが持ち込んだ一件から、さらに少し経った頃。

 夕方になるのを待って、二、三日振りにオンライン会議用ソフトを起動すると、開口一番、レアはそんなことを言った。


 文章としては疑問文のはずだが、あまりにも勢いが強いので、物凄い強制力を感じる。

 画面越しですらその語調は弱められず、僕は思わずその場でのけ反った。


「ど、どうしたんだ、一体……」

『説明は、返事をくれたら、です。エイジ、空いてますか?』

「いや、まあ、空いているが……」


 体勢を立て直しながら、とりあえずわかり切った答えを返す。

 元々、僕は帰宅部であるうえ、友達の数だってそう多いものではない。


 必然的にというか何というか、基本放課後も休日も、予定はフリーである。

 この間、神代たちとハンバーガー屋に向かったのは、非常にレアケースなのだ。


 だから、これは僕にとって当然の反応だったのだが、それを聞いたレアは、分かりやすく安心したような顔をした。

 それこそ、目の前で爆弾解除が成功したのか、と思うくらいの安堵ぶりである。


「……どうした、本当に。明後日の午後に、何があるんだ?」


 普段からオーバーリアクションをしまくる子ではあったが、流石にここまで来ると不審だ。

 気になって問いかけてみると、先程の言葉通り、レアは説明をしてくれた。


『むー。私から言うのも変な感じですけど……マコトが、私とエイジと一緒に、ちょっと軽いパーティをしようと言ってくれているんです。だから、エイジの予定を聞いておきたかったんです』

「パーティ?」

『はい、えーと、正確に日本語にするなら、多分……オワカレ会、です』


 ──お別れ会、か?


 その単語を聞いた瞬間、頭の中に疑問符が浮かぶ。

 お別れ会を開くも何も────。


「それ、確か昨日あたりに、神代のクラスでやって無かったか?授業中なのに廊下が賑やかだったから、覚えてるんだけど……」

『はい、そうです。私の編入したクラスでは、もうやってくれました』


 画面の中で、コクン、とレアが頷く。

 その様子を見ながら、僕はだよなあ、と思った。


 そう、レアのお別れ会を開くこと自体は、決して不思議なことでは無い。

 元から、一ヶ月しか日本に居ない、と決まっていた少女である。

 その期限が今週の土曜日に迫っていることを考えれば──そして、今がその週の水曜日であることを振り返れば──寧ろ自然な行動と言えた。


 しかし、それに僕が呼ばれる、というのは変なのである。

 僕が指摘した通り、レアのお別れ会は、既に彼女の編入したクラスで開かれているのだ。

 学活の時間にやっていたので、授業中にも関わらず廊下の一画が妙に騒がしく、よく覚えていた。


「一度やっただろうに……またやるのか?」

『はい!』

「何で」

『だって、クラス単位でやっていたから、エイジが参加してないじゃないですか!』


 堂々と、宣言するようにしてレアはそう言い切る。

 その様子にはあまりにもてらいがなく、聞いた僕の方が少し恥じ入った。

 レアが何を不満に思っているか、すぐに分かってしまい、ちょっと照れる。


「……そりゃあ、他クラスの行事だしな。参加できないよ。時間割違うから普通に授業受けてたし」

『そこが、寂しいです!だから、エイジとマコトも一緒に、フランスに帰る前にもう一度やろう、と思ったんです』

「なるほど……」


 そして、その提案に神代が乗り、こうして開催決定、ということになったようだった。

 最後の週になっても、相変わらずのレアのペースである。

 何となく、僕はそのことを微笑ましく思い、軽く額に手を添えた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 達観している中学生… [一言] レアいなくなるのか
[一言] 本当に唐突である。前回、なんで二人は家の方向を知ってたんだろうからの恋愛の話である。唖然呆然である。
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