捨てる物と拾う謎の相互関係(Episode Ⅲ+α 終)
「……どうしました、エイジ?」
不意に、かなり近くからレアの声が響き、僕は現実に帰還する。
ほとんど上の空のようになっていた思考を、目の前の光景に戻してみると、いつの間にかレアと神代は立ち止まり、僕の顔を覗き込むようにして見つめていた。
どうやら、押し黙ったままでいる僕のことが心配になり、足を止めてしまったらしい。
「あー、いや、何でもない。ちょっと、考え事してただけだから」
彼女たちにこれ以上心配させないよう、手を振って僕はそんなことを言う。
これでは、先程までの神代のことを言えない。
ミイラ取りがミイラ、という言葉が頭の中に浮かんだ。
「……そうなの?何か、物凄く真剣な顔をしていたような気がするのだけど。人生に悩んでいる人、みたいな」
当の神代は、自分のことは脇に置いてそんなことを言う。
相変わらずというか何というか、彼女の指摘は妙に鋭い。
そのことが何となくおかしく、僕は笑みを顔に浮かべた。
「いや、本当に関係ないよ。少し、考えをまとめていただけだ」
「そう?」
「ああ。まあ、重要なことではあったかもしれないけど」
そうだ、重要なことではあった。
しかし、わざわざ他の人に話すようなことでもない。
だから、僕はそれ以上のことを話す気は無く────その意図が伝わったのか、神代たちはそれ以上聞いてはこなかった。
寧ろ、何かを察したように、別の話題を提供してくる。
「……そうね、じゃあ、これからどこに行くのか、決める?ハンバーガー屋さんを出てから、特に当てもなく歩いてしまったけど、今なら……」
「あ、良いですね!そう言えば結局、午後の遊ぶ場所、決めてませんでした!」
レアはそう言って、またその瞳をキラキラと輝かせた。
つられて時間を確認してみれば、まだ時刻は午後二時くらいだった。
確かに、もう一か所くらいは遊びに行ける時間帯ではある。
ただ────。
「あー、ごめん。僕、ここで抜けて良いか?ちょっと用事を思い出したから……」
恐る恐る挙手をして、僕はそんなことを言ってみる。
途端に、神代たちがまた不思議そうな顔をした。
さっきの様子もそうだが、突然どうしたんだ、という心配が透けて見える。
しかし、僕の方もこれを譲るわけにはいかない。
というのも、先程の思考の中で、不意に思い出したことがあったのである。
「むー?用事があるのなら、仕方ないことでしょうけど……何の用事なんです?」
「えーと……ゴミ捨て、かな。ここに来る前、大掃除の途中だったから」
自分の部屋の光景を思い返しながら、僕はそう言ってみる。
嘘は言っていない。
今日の午前中、僕は思い立って部屋の掃除をしていた。
そしてそのせいで、あの部屋の中に、僕は捨てなくてはいけない物を残しているのだ。
正確には、今なら捨てることが出来そうな物たち、か。
ここに来る直前に発見し、机の上に積んでしまった────かつて、百合姉さんから貰った手紙たちを。
今日の午前中、あれらを見つけた時。
僕は、その処遇をどうするか、決め切れなかった。
挙句、途中で百合姉さんが乱入したのを良いことに、机に置いたまま放置してしまった。
……今なら、僕が何故あの手紙たちの処遇を決め切れなかったのか、何となくわかる気がする。
それは、送り主に対して不義理な気がするとか、そういう理由以上に。
あれらを捨ててしまうと、百合姉さんと自分との繋がりが一気に途切れるような気がして、決断できなかったのだろう。
だけど、今なら。
あの手紙だって、捨てられると思う。
元々、僕自身が読み返すことも無く、百合姉さんの方も覚えているかどうかわからないような紙きれなのだ。
とりたてて保存する必要も無いし、捨てて大丈夫だろう。
捨てたところで、誰が困るという話でもない。
だから、手早く、捨てに行きたいのだ。
そうでなければ、また僕が変に気の迷いを発して、捨てないままでいてしまう可能性もある。
あと、放っておくと、あれらを母さんに見られてしまうかもしれない、という危険もあった。
元々、掃除機をかけるときなどは、母さんは僕の部屋に勝手に入っている。
その最中に、机の上を確認する可能性は、十分にあった。
一度親に見られてしまうと、ああいうのを捨てるのは、ちょっと難しくなるだろう。
ウチの親は、そう言う思い出を結構大事にする。
懐かしいものなんだから、取っておきなさい、と言われる未来が見えた。
だから、さっさと帰って、捨てておきたいのだ。
神代とレアには、かなり悪いことをしてしまうが。
「……今思い出したんだけど、早いこと処分した方が良い物を、部屋の中に置いてしまっているんだ。だから、帰らせて欲しい……ごめん」
「謝ることではないですけど……日本のごみ処理って、そんなに急ぐんですか?」
キョトン、とした顔でレアが質問をする。
それには答えず、僕はただ笑みだけを返した。
また、彼女に変な日本のイメージを与えてしまった感があるが、仕方がない。
これに関しては、また例のビデオ通話などで誤解を解いておこう。
そう考えつつ、僕は神代にも謝っておく。
「神代も、ごめん。暇で暇で仕方がない、とか言ってたのに、途中で抜けることになって」
「誘ったのはこちらなのだし、それは大丈夫だけど……それよりも、桜井君」
そこで、唐突に神代は言葉を切る。
そして、彼女は表情を変えて。
かなりの真剣さを籠めたような表情で、こう言葉を続けた。
「そのごみは……本当に捨てて良いの?捨てても、大丈夫なの?」
────その口調は、ただのごみ捨てに対する感想としては、有り得ない程に真面目なもので。
そんなことあるはずが無いのに、僕は、まるで彼女は僕の初恋にまつわる事情を全て知っているのではないか、と錯覚した。
まあ、ただ。
その錯覚があったところで、答えが変わるわけでも無いのだが。
「……ああ、大丈夫だ。何なら、一ヶ月くらい前には、もう捨ててよかったんだから」
軽く、笑って。
何でもないことのようにして、そう言い切る。
少々過激というか、あまりにも断言しすぎた感があったが、構わなかった。
仮にいつか後悔したとしても、それはいつかの僕に任せるとしよう。
「じゃあ、そう言うことで……また、埋め合わせは何とかするから」
当ては特に無かったが、最後に礼儀としてそう言って置く。
そして、二人が頷いたのを確認してから、僕は彼女たちに背を向け、自分の家へと戻っていった────。
……帰りながら気が付いたのだが、適当に歩いているうちに、僕たちは知らず知らず、元々いた「すずもり文具店」からかなり離れた場所まで来ていたらしい。
周囲の風景から推察すると、方角としては、僕たちは自分たちの通う中学校のある方向にまで、テクテクと歩いていた。
海進中学校は、僕の家と「すずもり文具店」の間に存在するため、家に帰ろうとする僕は、自然と、普段の帰路をなぞるようにして帰ることになる。
──しかし、やっぱり歩きだと結構かかるな。普段は自転車だから、猶更そう思う。
テクテクと早足で自宅に向かいながら、僕はつい、そんな事を考えた。
神代たちと徒歩で出歩くと決まっていたので、自転車に乗れなかったのは仕方がないのだが、今の状況では、どうしても気ばかりが急いてしまう。
いやまあ、基本は手紙を燃えるゴミに出すだけなので、焦っても仕方が無いのだが。
──行きの時は、神代たちがかなり僕の家の方にまで歩いてきてくれたから、実際にはあまり歩かずに合流したんだよな……。
焦りを誤魔化すためか、僕はさらに、そんなことを思い返す。
確か、本来は中学校で集合だったのだが、待ちきれなかったのか、彼女たちは勝手に、僕の家と中学校の中間地点くらいまで歩いてきていたのだ。
あれが無かったら、もうちょっと合流まで時間がかかったことだろう────。
──…………ん?
不意に。
僕の頭が、何か、違和感を抱く。
急いでいるのは変わらないので、足は止めない。
しかし、思考は全てそっちに回った。
何か、おかしい。
彼女たちの行動は、変だ。
そう、思ったのだ。
「……おかしいな。彼女たちを家に呼んだことなんて無いし、家の住所を教えた機会も無いのに……」
たまらず、声に出してしまう。
早足での歩き以外の理由で、心臓がその脈を速くした。
「何故、神代たちは、僕の家の方向を知っていたんだろう……?」