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バウムクーヘンと彼女と謎解きと  作者: 塚山 凍
EpisodeⅢ+α:「゛」の悲劇
44/94

予定と視線の関係

 ────件のハンバーガー屋に辿り着くのには、歩いて五分もかからなかった。

 尤も、これに関しては、その店が近くにあるというより、日本のチェーン店を見たがったレアが、結構な早足で進もうとしたから、という事情が大きいのだが。

 後ろから距離を詰めてくる彼女に急き立てられるようにして、僕も何となく早足になったのである。


 そう言う訳で、異様にせかせかした動きで目的に辿り着いた僕らは、キョロキョロと内装を見渡すレアを宥めつつ、何とか注文を果たした。

 それらを抱えて座席に座ると、ようやく、落ち着いた感じになる。


「……だけど、本当に良かったのか、神代?こんな、どこにでもあるような店で?」


 最初の一口としてチーズバーガーを齧りながら、僕はそう尋ねた。

 何となくの流れで、すぐにここを食事場所と決めたことが、気になったのである。


 もしかすると、レアはともかく、神代の方はもっと行きたい店があったのではないか、と思ったのだ。

 しかし、どうも僕のそんな心配は杞憂だったらしく、神代はすぐにフルフルと首を左右に振った。


「いえ、特に行きたい場所も無かったから……そもそも、これからの予定は、全く決めていなかったもの」

「そうなのか?」

「ええ。そもそも、今日レアと外に出たのは、元々は遊び目的じゃなかったから」


 そう言いながら、彼女は口元に付着したタルタルソースを上品に拭き取る。

 そんな何気ない動きですら、上品に見せるのだから、彼女も中々凄い。


「ほら、この前、私の叔母さんがやっているコンビニに行ったでしょう?『第三の謎』の時の……」

「ああ、言ったな。レアに対して、この辺りの頼れる店を紹介するとか何とか……」

「そう。そしてあの時は、『第三の謎』に夢中になって中断してしまっていたから、今度こそ紹介をしていたのよ。今日の午前中にね」


 あの日以降の平日の午後だと、レアも忙しかったみたいだから、とさらに説明が加わる。

 それを聞いて、僕はなるほど、と思った。


 確かに、あの「第三の謎」に遭遇して以降、すなわち正式に海進中学校で授業を受けるようになってからのレアは、中々に忙しそうだった。

 というのも、元々好奇心が旺盛なせいか、放課後になると必ず、学内のどこかの部活に混ざって、練習に参加しているのである。

 昨日はバスケ部に参加、今日はサッカー部に参加、という具合に。


 勿論、僕は帰宅部なので直にその様子を見たことは無いのだが──そもそも、レアが編入したのは神代のクラスで、僕のクラスではない──サッカー部の深宮から話は聞いていた。

 この間来た留学生は、美人な上になんか凄い、と。

 既に彼女の性格を知っている身としては、だろうな、と思いつつ、微妙な表情になった物である。


「……何気に、あのコンビニの一件以来、碌に顔も合わせていないくらいだったしな。同じ学校に通っているのに」

「ええ、だから、私も休日に紹介をしておこうと思って。……恐らくは今週も、この子はどこかの部活に参加するでしょうから」


 そう言いながら、苦笑いを浮かべた神代は、隣でポテトを高速で口に運ぶレアを見つめ、宥めるようにして彼女の頭を軽く撫でる。

 すると、口一杯にポテトを詰め込み、ハムスターみたいな顔になっているレアは、「ふみゅ?」と声にならない疑問符を返した。

 どうやら、食べるのに夢中で話は全く聞いていなかったらしい。


 それでも、流石に自分が話題になっていることは察したらしく、彼女はもしゃもしゃと超スピードでポテトを咀嚼し、瞬く間に飲み込んだ。

 さらに、目の前にあるドリンクを一口。

 そうしてから、ふう、と息を吐いて会話に参加してくる。


「……どうしましたか?エイジ、マコト。何やら、二人が私のことを、ええと……残念なものを見る目?で見ている気がします」

「変な日本語知ってるな……まあ、流石にそんな目では見てないけど」

「ならば、何を?」

「レアは元気で良い子だなって、そう話していただけよ」


 上手い具合に、神代がフォローを入れてくれた。

 何となく便乗して僕も頷いておくと、素直に信じたのか、レアは少しばかり得意そうな顔になる。


「そうですね。私、昔から元気だと褒められること、多かったです」

「だろうな……」

「今日だって、マコトの教えてくれるお店の紹介、午前中だけで終わっちゃいました!」

「へー……」


 ──ああ、なるほど。それで、昼になってから僕に誘いが来たのか。


 ここに来ることとなった正確な事情を把握し、僕は一人得心する。

 要するに、以前出来なかった頼りやすい店の紹介をするために午前中から家を出たのだが、レアが持ち前の元気さでパパッと移動してしまい、思った以上に早く終わってしまった、という流れだろう。


 それで、昼前にして予定が無くなってしまい、僕でも呼ぶか、という話になったのだ。

 神代がこれからの予定を決めていないというのも、この経緯によるものと見て良いかもしれない。


 ──しかし、恐るべしだな。レア・デュラン。神代をここまで振り回すとは……。


 目の前では、レアが興味深そうにメニュー表にかじりつき──フランスのそれとはメニューが違うらしい──神代がまた彼女を抑えにかかっていた。

 その様子は、「留学生と同行する生徒会メンバー」というよりも、「子どもの思い付きを制御するお母さん」という雰囲気である。


 レアに引きずられるようにしておろおろしたり、或いは軽く叱ったりする神代の姿は、実に感情豊かだ。

 本気で困っているのであろう彼女には悪いが、見ていて飽きない。


 ──「第二の謎」くらいまで、僕が神代の謎行動に振り回されることが多かったんだけど……最近は、神代の方が振り回されているな。何か、新鮮な感じがする。


 ポテトをつまみながら、僕はふと、そんな感想を抱く。

 同時に、ちょっとおかしな感想かもしれないが、微笑ましい、と思った。


 彼女たちの会話を見ていると、変な例えになるが、娘と孫の喧嘩を眺める祖父のような心境になってしまう。

 大変だな、と思いつつも笑みがこぼれるというか。




 ──だけど、他の客の迷惑になってはいないかな……。


 ……そう考えているうちに、今更だが、そんな事が気になった。

 故に、僕はつい、店内の様子を横目で伺う。

 もしかすると、五月蠅い中学生として、どこかから睨まれていないか、と思ったのだ。


 そして、そこで気が付いたのは────。


 ──あれ、僕たち、結構見られてる?……でも、睨まれているんじゃないな、寧ろ……。


 気がつけば────周囲の客、特に男性客が、レアや神代のことを見つめていた。

 食事に集中している振りをして、チラチラと覗き見る人。

 もしくは、気づかれていないのを良いことに、ガッツリ凝視する人。


 やり方は色々だが、びっくりするほど多くの人が、主に神代とレアの方を見ている。

 その視線に巻き込まれるようにして、僕の方にも注目が集まっているくらいだった。


 一瞬、僕は変な焦りを覚える。

 もしかして、何か変なことを意図せずやらかしているのか、と思ったのだ。


 しかしすぐに、脳内の理性がその思考を止めた。

 というのも、そんな仮定よりも先に、考えるべき可能性があることに気が付いたのである。

 僕はともかく、この二人が見られているというのは、つまり────。


 ──単純に、見た目が良いから見られているのか。まあ確かに、このレベルの女子が二人も居るんだし……。


 視線の理由に納得が行き、僕は一人頷いた。

 そうだ、そうだったな、と。


 最近、慣れも相まって忘れてきた感があったのだが、今僕が目の前にしている二人の少女は、相当なレベルの美少女たちである。

 何もせずとも学内で噂になり、交換留学という公式の行事に置いて、ポスターのモデルに選ばれる程度には、美人だ。

 こうやって食事店に入れば、注目を集めるくらいはするだろう。


 ──そうだよな……本来、二人とも僕が関わることが無いような美少女たちなんだよな……見られるのも、当然か。


 何となく、原点に立ち返ったような気分になり、僕は軽く物思いにふけった。

 本当に今更だが、僕がここに居るというのは、変な状況だ。


 ほんの一ヶ月前まで、面識も無かったはずなのに。

 今こうして、顔を合わせている。

 人間関係というのは、実に流動的だと言わざるを得ない。


 ──だけど僕、二人をあまりそう言う目で見てないな。……何でだろう?


 ついでに、そんな事も考える。

 尤も、この疑問に関しては、考え始めて一秒で、「百合姉さんのことを未だに引きずっているため」という明々白々な理由を見つけてしまい、微妙な気分になったが。






 そんな感じで、周囲に見られながらわいわいと食事をすること、十五分。

 いい加減食べ終わってきたな、というところで────レアがふと、こんな要求をした。


「……そう言えば、エイジ。今日は、何か変なことに遭遇しませんでした?」

「変なこと?」

「はい!最近、部活にばかり参加していて、探偵に関わってませんでしたから、久しぶりにやりたいんです、謎解き!私、エイジが関わった話があるなら、何でも聞きたいです!」


 そう言って、彼女はキラキラとした目をこちらに向ける。

 同時に、グイッと身を乗り出し、彼女は僕の目の前にまで詰め寄った。


 余程器用に体を曲げているのか、互いの額がぶつかりそうになるほどの近距離である。

 彼女のあまりに大胆な動きに、周囲の客がザワッ、と音を立てた。

 さらに、詰め寄られている僕の方にも、好奇の視線が飛んでくる。


 ……だから、だろうか。

 周囲の視線を気にしたわけではないのだが、僕は何となく、あの動きに圧を感じてしまう。


 要は、咄嗟に断れなかったのだ。

 そんな話ないよ、と断るわけではなく。

 反射的に、要求通りに謎を探してしまった。


 そして、頭の中を引っ掻き回して────最初に思い浮かんだのは。

 やはりというか何というか、先程聞いたばかりの、百合姉さんの謎かけだった。

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