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バウムクーヘンと彼女と謎解きと  作者: 塚山 凍
EpisodeⅢ+α:「゛」の悲劇
43/94

雑談と解消の関係

 忸怩たる思いを抱きながらも、身体はちゃんと動いたのは幸いだった。

 僕はパパっと適当に身支度を整え、手早く外に出る。

 自転車を使おうか、とも思ったのだが、同行者二人が徒歩であることを考えると、邪魔になるだけだと考え、思いとどまった。


 集合場所である中学校前──どうも、二人してそのあたりでウロウロしているらしい──までは、普段は自転車通学しているくらいなので、歩きではやや時間がかかるが、まあ良いだろう。

 先程の電話の中で決めた集合時刻からすると、歩きでも間に合うくらいだった。


「まあ、ボチボチ行くか……」


 無意識に、爺寒い感じの声が出た。

 尤も、仮に自転車に乗っていようが、あまり元気溌剌とペダルを漕ぐことは出来なかっただろうが。

 どう考えても、僕の中にそこまでのエネルギーが存在していない。


 ──これから遊びに行こうって言うのにアレだけど、百合姉さんとの会話で、ごっそり気力が減ったな……。


 そんなぼやきを感じながら、ポツポツと歩くこと、十五分。

 そろそろ、中学校までの道のりの中間点まで来たかな、と思ったところで。


 ────不意に、前方からけたたましい声が聞こえた。


「あー!いました、マコト!エイジです!」

「レア、外だから声は小さく……」


 反射的に顔を上げると──気分の問題か、自然と俯いていたのだ──見慣れた街並みの中に、二つ、目を引く対象が存在している。

 一つは、金髪碧眼の異国少女。

 もう一つは、黒い髪を伸ばし、隣の影を抑えるようにして手を回す少女だった。


「神代、レア?」


 どうして集合場所でもないここに、と一瞬疑問に思う。

 だが、すぐにその疑問は氷解した。


 簡単な推理だ。

 状況から言って、僕が辿り着くのを待ちきれず、集合場所である中学校から僕の家までの道を逆に辿ってきたのだろう。


 レアの行動力からして、実に有り得そうな展開である。

 そう言う経緯で、丁度通学路の中間点辺りで出会ったのだ。


 そんな事を考えているうちに、レアは物凄い勢いで走り寄ってくる。

 そして、僕に辿り着く直前で急ブレーキをかけ、そのままこちらの顔を覗き込んだ。

 さらに、僕の推理通りの説明を、一言で済ませてくる。


「待ちきれなくて、来ちゃいました!」

「あ、うん。こんにちは」


 軽く手を挙げて挨拶すると、何か勘違いしたのか、レアは突如として僕の掌に自分の掌を合わせ、「ハーイ!」と言いつつハイタッチをした。

 自然、僕たちは意図せず、滅茶苦茶ハイテンションな挨拶をしてしまう形となる。

 それに驚いて軽く混乱してると、向こうから神代が駆け寄ってきて、レアの肩を軽くつまんだ。


「レア、桜井君、まだ貴女のテンションについてこれていないから、抑えて抑えて」

「むー?そうですか?」

「貴女はいつも、最初からフルスロットルだから……」


 そう言ってから、神代は詫びるようにこちらを見つめ、一度会釈をする。

 だから、僕は気にしてもらいたくなくて、手を軽く振って否定した。


 というのも、今この場に限っては、レアのハイテンションは有難い気持ちがあったのだ。

 何というか、彼女に引きずられる形で、家で失ってきたエネルギーの補充が出来る感じがある。

 そう言う意味では、彼女の明るさは何よりも救いだった。




 ──しかし、ちゃんとした私服を着てるな、二人とも……。


 レアの元気に相乗りする形で活力を取り戻した僕は、何となく、その勢いのままで二人の様子を観察する。

 今までの記憶を振り返ってみるに、僕が二人の私服を見るというのは、初めての体験だった。

 そのせいか、ついつい、僕の視線は二人の服に移る。


 パッと目についたのは、かなり活動的な恰好をしているレアの方だった。

 コーディネートとしては、襟の長い洒落たブラウスと、スッキリとしたデニムパンツ、さらにヒールの低いブーツ、といったところだ。


 やや簡素な雰囲気で、何ならこの季節では寒そうな服装ではあったのだが、それは多分、目を放すと走り回る自分の行動力に配慮した物なのだろう。

 実際、先程の素早い走りからして、その目論見は成功していたようだった。

 それに加えて、シンプルな分レアの容姿の良さが映えていて、よく似合っている。


 一方、彼女の隣に並ぶ神代の方は、もう少し暖かい恰好をしていた。

 と言っても、そこまで豪奢という程でもなく、白いニットとベージュのスカート、黒いローファーに同じく黒いニーソックス、という装いだ。


 神代の大人びた容姿も相まって、全体の雰囲気としては非常に綺麗に見える。

 変な例えだが、中学生というよりも、どこかのお洒落な大学生のようだった。


 総じて、何となく予想はついていたが、非常に綺麗な装いである。

 無論、僕も大してセンスがあるわけでも無いので──百合姉さんが言うところのインドア派でもある──はっきりとは断言できないが、少なくともこの二人を見てダサいという人は、この世に居ないだろう。

 居たとしたら、その感想はやっかみと見てまず間違いない。


 そんな感じのことを、僕は黙々と考える。

 そして、もしかするとこういうのは口にした方が良いのかな、と思って、それを口に出した。


「二人とも、私服初めて見たけど……似合っているな」


 そう言うと、目の前まで来ていたレアと神代が、どちらともなく顔を見合わす。

 そして、しばらく見つめ合ってから、フフッ、と笑みをこぼした。


「確かに褒めましたね、マコト。ここは、私の負けかも、です」

「でしょう?だから、気にしてたの」

「……どうした?」


 会話の流れが読めず、僕は二人の間の空間に問いかける。

 すると、神代が軽く手で謝りながら説明を入れた。


「ああ、ごめんなさい。少し、私の家を出る前に、桜井君は女の子の服を褒めるタイプかな、敢えて言及しないタイプかなって、少し話題にしていたから……」

「私が褒めない方に、マコトが褒める方に賭けたんです。そうしたら、ちゃんと褒めてくれましたから、面白くなったんです」

「えー……どういう流れでそんな賭けをしたかは知らないが……楽しいのか、その会話?」


 どうやら、変なところで自分が会話の種になっていたらしいことを察し、僕は微妙な気分になる。

 他人の会話内容に口を出すのもなんだが、もうちょっと生産的なことを話したらどうだろうか。


「むー?でも、私たち、結構エイジの話、してますよ?マコトと私の、共通の知人、ですから」

「……そうなのか?」

「はい!勿論、悪口とかじゃないですよ。マコト、いつも褒めてます!」


 ──本当か?というか、本当だとしても、それはそれで不気味な光景だな……。


 何というか、こんな唐突に褒められていると言われても、嬉しさより不思議さが勝つ。

 僕のどこら辺を褒めて、そう言う会話をしているのか。

 神代もそれを察したのか、手刀を切るようにして掌を動かし、会話を軽く打ち切った。


「まあ、雑談はそのあたりにして……お昼ご飯、どこで食べる?」

「あ、決めてないのか?」

「ええ。待ちきれずにこっちに来ちゃったから、桜井君に教えてもらおうかな、と思って」


 神代がそう言うと、レアがおおー、と軽く呟き、僕の方を見つめる。

 明らかに、期待を寄せている目だった。


 ──えー……食べる場所?


 しかし、そう期待されても、あまり有益な提案は出来そうになく、僕は一瞬で困り果てる。

 これで、お洒落なカフェでも紹介出来れば格好いいのだが、どうにもそんな知識は無い。

 そもそもにしてこの辺りに食事できる場所は少ないし、その中でも僕が知っている場所となると、さらに限られる。


「……近いところで言うと、あっちに歩くとハンバーガー屋があるけど」


 仕方なく、僕は世界的に超有名なハンバーガーチェーン店を話題に出した。

 呆れられるか、とも思ったのだが、意外にもそこで、レアが目を輝かせてくる。

 さらに、文字通り食いつくかのような勢いで身を乗り出した。


「あ、私、そこ行きたいです!」

「え、そうか?……フランスにもあるんじゃないか、あのチェーン店」

「ありますけど、ああいった店舗は、国ごとに特徴が違うと聞いたことがあります……日本の店舗には、まだ行ったことがありません!」

「じゃあ、決まりかしら」


 ポン、と神代が掌を合わせる。


「リーズナブルだし、近いし、そこで食べましょう。桜井君、案内頼める?」

「ああ、OK」


 そう言って、僕は二人を引き連れつつ、そのハンバーガー屋の方に歩いていった。

 気がつけば、随分とお腹が空いてしまっている。


 それにつられて、何を注文しようかな、などと考えていると────いつの間にか、百合姉さんとの会話で感じていた心の痛みは、雲散霧消していた。

 その感覚が消えたことにも気が付かないくらい、完全に。

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