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バウムクーヘンと彼女と謎解きと  作者: 塚山 凍
EpisodeⅢ+α:「゛」の悲劇
42/94

取り繕いとデートの関係

 ──神代……?


 意外な名前を目にして、僕は目を丸くした。

 何気に、向こうから電話を掛けてくるのは、「第二の謎」を解き終えた時以来である。


 あの時の僕は、電話が来たということ自体に面食らったものだが────この時もまた、僕はかなり驚いた。

 何せ、タイミングがタイミングである。

 何の用事で、と率直に思った。


 ただ、電話がかかってきた以上、まさか無視するわけにもいかない。

 僕は百合姉さんの方に軽く会釈してから、すぐに立ち上がって廊下の方に向かった。

 そして、完全に廊下にまで出てから、通話のアイコンを押す。


「……はい、もしもし」

『あ、桜井君?突然電話して、ごめんなさい』


 スマートフォンを耳に押し当てると、普段通りの神代の声が響いてきた。

 最初はまず謝罪から入るのが、変なところ律儀な彼女らしい。


『ちょっと用事というか、誘いたいことがあって電話をしたのだけど……今、大丈夫?もし、忙しいなら掛け直すけど』

「いや、大丈夫だ。何なら、物凄い暇だった」


 実際のところ、百合姉さんとの会話中ではあったのだが、別に忙しいと言えるレベルでも無いので──何なら、理由を付けて抜け出したいくらいなので──こう言って置く。

 謎かけの途中で外に出ていくというのも、ちょっと変な感じがしたが、それよりも神代の電話の内容の方が気になった。


「それで、どうした?何か、困ったことでも?」

『いえ、困った、という程でも無いのだけど……さっきも言ったように、遊びの誘い、だから』

「遊び?」


 何だそれは、と疑問に思う。

 しかし次の瞬間には、その疑問は解かれていた。

 というのも、突然、スマートフォンから響く声の主が、変化したのである。


『そう、遊びですよ、エイジ!オヤシミ、じゃない、えーと、お休み?なんですから、一緒に遊びましょう!』

「え、その声……レアか?」

『はい!』


 堂々と、恐らくスマートフォンの向こうでは胸を張っているんだろうなあ、と分かる声が、僕の耳を通り抜けた。

 それを聞いて、瞬時に僕は事態を把握する。


 ──ああ、なるほど……休みの日の午前中だからってことで、神代とレアは遊びに出かけたんだな。で、多分レアの方が、どうせだから僕のことも誘おう、とか言い出したのか。


 如何にも、ありそうな話である。

 ついでに時計を見てみれば、いつの間にか時刻は十二時近くになっていた。


 百合姉さんが来たために有耶無耶になっていたが、もうそんな時間になっていたらしい。

 彼女たちとしても、昼食を食べに行くのは丁度いい時間だろう。


『もう、レア、返して……桜井君?』

「ああ。神代、戻ったのか」

『ええ、今レアを取り押さえているから……それで、どう?時間も時間だし、お昼ご飯でも食べながら、どこか行かない?まあ、行くとしても近場だけど』

「なるほど……」


 一瞬、僕は百合姉さんと母さんの待つ、リビングの方に視線を向ける。

 恐らくは、未だに例の喧嘩の話、或いはその前段階となる、「ハロイ亭」やら「すずもり」やらの地図の話をしているのだろう。

 もしかすると、話のオチを言うために、僕が戻るのを待っている状況かもしれない。


 ……それを見つめながら、頭の中で、僕は天秤を用意する。

 僕の中での、概念の重さを量る天秤だ。


 片方に乗せるのは、先程の話に抱いた興味と、百合姉さん。

 もう片方に乗せるのは、神代とレア。


 拮抗するか、とも思ったのだが、意外とすぐに脳内結果が出た。

 それを受けて、僕は返事をする。


「……分かった、行くよ。さっきも言ったように、暇だし」

『いいの?』

「ああ、何もやることが無くて、困っていたくらいだから」


 そう口にしながら、変わったものだな、と僕は軽く自嘲する。

 何というか、自分の言い草というか、変わり身の早さがおかしく思えたのだ。


 百合姉さんを前にして、別の場所に行く算段を立てる、など。

 ほんの少し前なら、考えられなかったことだ。

 あの頃なら、他のどんな影響を無視してでも、百合姉さんとの時間を増やそうとしたものだが。


 しかし、過去は過去、今は今である。

 先程の百合姉さんからの謎かけが気にならないわけでは無かったが────僕の中では、今の百合姉さんの近くに居ることによる気まずさの方が勝った。


 だから、僕は手早く、神代相手に集合場所と集合時刻を決め、電話を切る。

 そして、一応、という体でリビングに戻った。


「……えー、じゃあ、その名前で?」

「そうですよー。彼の昔付き合っていた人が、丁度カヨさんって名前で……」


 戻ってみると、皿を片付けるためか、母さんはキッチンの方に戻っていた。

 それ故に、大分距離を開ける形で、百合姉さんと母さんが会話の続きをしている形になっている。


 文脈が分からないが、謎かけの方も、進展があったらしい。

 何やら、気になることも言っている。

 もう、「ハロイ亭」に関する真相は話したのだろうか、と思って少し考えていると、母さんと話していた百合姉さんが僕に気が付いたらしく、パッと顔を上げてこちらを見た。


「あ、永ちゃん、戻ったんだ。どうだった?」


 純粋に、何の用事だったのか、向こうも興味があったのだろうか。

 ごく普通のテンションで、彼女は僕に着席を促す。


 しかし僕は、その誘いには乗らず、寧ろヘラッとした顔を向けた。

 もう、神代たちと遊びに行くことは決めてしまっている。

 だから、適当にこの場を離脱する理由を言って置こうと思ったのだ。


「あー、ごめん、百合姉さん。今、友達からちょっと遊びに誘われたから……そっち行って良い?」


 流れるようにそう言ってから、僕はごめんね、と語尾に謝罪を付けておく。

 一言断ってから出て行った方が、角が立たないだろう、とだけ思って。


 もっと言えば、百合姉さんの性格上、こう言って置けばまず断らないだろう、という読みもあった。

 事実、僕の言い訳を聞いた百合姉さんは、軽く驚いたような顔をして。

 それから、気にするな、とでも言いたげに掌をブンブンと振り始める。


「え、いいよー。元々、私が突然来ちゃったんだから……急ぐの?」

「あー、まあ、うん」

「だったら、すぐに行ってあげなよ、永ちゃん」


 そう言って、百合姉さんは僕を急かすように、ほらほら、と掌を振る。

 ほぼ同時に、キッチンの方から、門限までには帰りなさいよ、という母さんの声も響いた。


 まあ、これで、外出しても大丈夫だろう。

 そう思った僕は、手早くリビングに背を向けようとして────しかしそこで、百合姉さんは何かに引っ掛かったように、不思議そうな口調で言葉を発した。


「だけど、永ちゃんがそう言う風に急いで遊びに行くのって、珍しいね。昔から割と、インドアな方だったから、意外と言うか」

「あっ、それは……」

「……それは?」


 ──う、まず……。


 ここへきて、変なところで違和感を抱かれた。

 しかも、変に口ごもってしまったために、不思議に思われてしまっている。、

 少々不味い事態になったことを察し、僕は心中で舌打ちをした。


 ……厳密に言えば、僕は決してインドアだったのではない。

 ただ単に、百合姉さんと会うために家に居る機会が多かっただけだ。

 家が隣なのだから、外に出向くと彼女に会う機会が減ってしまうので、極力そうしていたのである。


 しかし、彼女から見れば、そんな僕の様子は、余程外が嫌いな子どもに見えていたのだろう。

 要は、「わざわざ会話を中断してまで外に遊びに行く桜井永嗣」というのは、微かにだが、おかしさを感じる態度だったのだ。


 ──何か、言い訳しとかないと……。


 別段、何も言わずに適当に押し切っても大丈夫だったかもしれない。

 しかし、この時の僕の中では、そんな事をするといよいよ違和感が大きくなるかもしれない、という恐怖が強かった。

 そして、違和感が大きくなってしまう、芋蔓式に僕の初恋もバレるかもしれない、と思ったのだ。


 それだけは、何としても避けなくてはならない。

 ただでさえ、独り相撲で勝手に初恋に破れるという、色々とアレな状況なのに、そのことを当の初恋相手に知られてしまうなど、羞恥心だけで軽く死ねる事態である。

 断じて、百合姉さんには知られたくなかった。


 だから、僕は考えて、考えて、考えて────。

 終いには、こんな言い訳を口にした。




「……いや、その、()()()()()()()()()()()()()()()……急ぎたくて」




 少しだけ、会話に間が空く。

 それを乗り越えるようにして、百合姉さんが呟きを返した。


「え、それって……」


 彼女は、本気で驚いたように目をパチクリと瞬かせる。

 そして、一オクターブ上がった声で、軽やかに声を上げた。


「もしかして……デートに行くの?永ちゃん!」

「……えーと」

「凄い……そうだね、永ちゃんも思春期だもんね」


 明るくそう言ってから、百合姉さんは僕を励ましたかったのか、グッと拳を握り、それを前に突き出す。

 さらに、キッチンの方に居る母さんに向けて、報告しようと思ったのか顔を向けて────しかし、あまり深く突っ込むことでも無いと思ったのか、口をつぐんだ。

 そして、これ以上ない程微笑ましいものを見る感じの顔で、彼女は僕を見る。


「女の子、待たせちゃ駄目だよ。何か、永ちゃんも大きくなったなあ、と思ってちょっと寂しいけど……頑張ってね!」

「……うん」


 ──何で僕、初恋の人に、架空の女子と上手くいくように励まされているんだろう……。


 何でも何も、追い詰められた僕が変なことを言ったせいなのだが、あまりの不条理に僕は心中でぼやく。

 何というか、百合姉さんに初恋のことを知られるのとは別ベクトルで、惨めな状況だった。


 しかし、一度言った以上、撤回も出来ない。

 結局僕は、その言い訳を事実として、リビングに背を向けた。


「じゃあ、行ってきます……」

「うん、行ってらっしゃい!」


 百合姉さんは、最後まで、ニコニコとしているようだった。

 その奥では、恐らく母さんも似たような顔をしているのだろう。

 背を向けたために、顔は分からなかったが、声だけでもそれは分かった。


 ──ああ、キツ……。


 自分から蒔いた種であるため、後悔しても仕方ないのだが。

 我が儘な僕は、そんな事を最後に思った。

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