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バウムクーヘンと彼女と謎解きと  作者: 塚山 凍
EpisodeⅢ+α:「゛」の悲劇
40/94

マリッジブルーと彼女の関係

 確か、私が初めて差し入れに向かった日のことです。

 何とか彼が再契約をして、そのアパートにもう一ヶ月滞在することが決まった、二日後でした。


 彼が前日に電話で、日持ちして、常温で食べられそうなものを幾つか持ってきてほしい──まだ電気もガスも復旧していなくて、冷蔵庫も動きませんでしたから──と言っていて。

 それで、缶詰とかお弁当とかを買って、持って行ったんですよ。


 本音を言えば、お弁当を買うくらいは、蓮に自分でやってほしかった気もしたんですけど……まあ、彼も結婚式と、その後の新婚旅行に備えて、ある程度仕事をやっておく必要がありましたから。

 自分が休むせいで仕事が滞らないよう、予め色々とやっておきたかったらしくて。

 出来れば、実家暮らしでそのあたりに余裕のある、私にやってほしかったんでしょうね。


 ああ、後、当時の私は結構時間に余裕があった、と言うのもあるかも。

 ほら、私たち、同じ職場で結婚したから、仕事を続けるにしてもそのまま、とはいかないでしょう?

 変に距離が近くても気まずいですし、片方が配置転換をするんですよね、こういう場合。


 私もその例に従って、今まで働いていたところとは別の部署に、配置転換をしている最中でしたから。

 新しい部署に机を移したばかりで、そう大きな仕事を任されることもありませんし。

 その日も、まだ平日だというのに、私は偶然半休が貰えていました。


 だから、午前中だけ少し仕事をしてから、私は買い物をして、彼のアパートに向かったんです。

 そこまでは、スムーズな流れでしたね、うん。


 ……ええ、そこまでは、と言うのは、まあ。

 その後、少々スムーズではなくなったからなんですけど。

 主に、私の精神的な面において。


 いや、大した話ではないんですよ?

 寧ろ、結婚前の女性としては、よくある話というか。

 簡単に言えば、当時の私は、その、所謂……()()()()()()()、だったんです。


 ……おばさんはともかく、永ちゃん、驚いてるね。

 まあ確かに、私、普段は普通に、明るい性格なんだけど。

 あの時期は、割と、ちょっとした事で落ち込んだり、逆に怒り出したり、そう言う事が多かったなー、という感じで。


 ……ああ、おばさんもそう言う時期があったんですか。

 何なんでしょうね、本当に、アレ。

 自分でも制御できないくらい、感情が不安定な時期があって。


 しかもほら、私の場合、さっき言ったように引っ越しでのトラブルがあったじゃないですか。

 普通の精神状態でも結構イライラしがちな、トラブルの対処なんて事に追われていたからか、さらにピリピリしちゃって。

 本当にあの時期は、どうでもいいような事で怒ったり、泣いたりしてました。


 だから、なんでしょうか。

 あの日、買い物をして彼のアパートに向かおうとしていた私は、普通に、手に持ったレジ袋を揺らしながら歩いていたんですけど。

 その最中に偶然、レジ袋を道端の木の枝に引っかけて、破いちゃったんですよ。


 多分、常にピリピリしていたから、どこかのタイミングで、レジ袋を乱暴に振っちゃったんでしょうね。

 まあ、破いたと言っても、別に買った物が零れたわけでも無くて。

 単純に、ちょっと傷がついただけ────普段なら、ミスったな、と思うだけの話なんですけど。


 だけど、マリッジブルーのせいか、私。

 たったそれだけで、滅茶苦茶機嫌悪くなったんですよ。


 平たく言うと、そんなしょうもないことで、物凄く怒っちゃったんですね。

 人生で初めて、舌打ちなんて行為をしました。

 なんかもう、色んな事にイライラしちゃって。


 だからもう、今思うとギャグみたいですけど、そこからは歩きながら怒ってましたね。

 何かこう、色んな状況が憎らしくて。

 ……おばさんはともかく、永ちゃんには、まだ分からない感覚かもね、これは。




 長々と話しましたけど、何が言いたいか、と言うとですね。

 ようやく彼のアパートに辿り着いた時、私はその出来事のせいで、滅茶苦茶イライラしていた、ということです。


 控えめに言っても、正常な判断が出来ていなかった、という前提で、ここからの話を聞いてください。

 そうじゃないと、この後の展開が、分かりにくいでしょうから。


 話を戻します。

 その後、私はまあ普通に、彼の家に合鍵で入って、食べ物を置いていったわけですけど。

 その時、変な物を見つけちゃったんですよ。


 「それ」は────彼が使っているメモ帳は、蓮の部屋の真ん中、無造作に置かれた机の上にありました。

 ()()()()()が持ってきてくれた、幾つかの荷物に埋もれるようにして、ですけど。




 そのメモ帳の内容がですね……え?

 どうしたの、永ちゃん?


 その幼馴染って、誰のことかって?

 あ、そうか、そう言えば永ちゃんには、まだ言った事なかったっけ。


 ごめんごめん、じゃあちょっと、話が中断しちゃうけど、説明しておくね。

 この後、話の中でちょっとだけど出てくるから、知っておいた方が話が分かるだろうし。


 実はね、蓮には昔から、凄く仲が良い幼馴染が居るの。

 歳はちょっと離れているんだけどね、そう言うのを感じさせないくらい仲が良い幼馴染。


 私も、一年くらい前に顔を合わせたから、よく知っているんだけどね。

 いい子よ、とっても。

 あんまりにも蓮と親しいから、ちょっと嫉妬しちゃったくらい。


 その子は、まあ当然と言うか、引っ越しに関して彼が困った状況になった、という事も連絡を受けていてね。

 私に先駆けて、幾つか救援物資と言うか、生活に必要な物を持ってきてくれていたの。


 ええ、本当に気が利く子よね。

 ここ一年くらいは、昔と違ってあまり会話する事が減っていた、と寂しがっていた蓮が、感動していたもの。

 ……丁度、私と永ちゃんみたいな関係かな?


 彼の幼馴染の説明は、これくらいで良い?

 じゃあ、話を戻すわね。




 ええと、おばさん、私、どこまで話しましたっけ?

 ああ、メモ帳を見つけたところですね。


 ……最初は別に、そんな覗き見るようなことをする気は無かったんですよ。

 ただ単に、どうせ来たのだから、ちょっと掃除でもしておこうか、と思っただけで。


 ええ、そうですね。

 マリッジブルーで苛々していた割に、そういうことはやろうとしていたんですよね、当時の私。

 もしかすると、掃除をすることで、気持ちを落ち着かせようとしていたのかもしれませんけど。


 後、当時の彼の部屋が、相当酷かったというのもあるんじゃないですかね。

 だって、ほら、本当はもっと前に新居に移る予定で、荷物も全て段ボール箱の中にまとめてましたから。

 引っ越しが一ヶ月後にずれた都合上、荷物をまとめた段ボール箱も、そっくりそのまま戻ってきている訳で。


 本来なら、もう一ヶ月はそのアパートで過ごす以上、開封するのが一番良いんでしょうけど……。

 でも、一ヶ月後には今度こそ新居に移るんですから、荷解きをするのもちょっと躊躇われるでしょう?

 仮に荷解きをしてしまったら、また荷造りをしないといけなくなっちゃいますから。


 それでまあ、彼は段ボール箱をアパート内でほとんどそのままにしていて、必要最低限の物だけ、その都度引っ張り出していたんです。

 ……そうなると必然的に、剥き出しの服とか道具とかが、何も敷いていない床に散らばることになる訳で。

 その日の彼の部屋は、驚くほど散らかっていました。


 そう言う訳で、とりあえず物の配置くらいは整えて、明らかなゴミは捨てておこう、と思って色々やっていたんです。

 私がメモ帳を見つけたのは、その最中のことでした。


 彼はそのメモ帳を、特に隠す気も無く置いていましたし。

 自然、意識せずとも目に入ったんです。

 実際それは、誰でも気軽にみられるよう、置いてあるものだったので。


 ほら、忘れっぽい人とか、良くやるじゃないですか。

 メモ帳とかの紙に「明日十時、散髪」とか、「電気代、支払い」とか書いて、枕元に置いておく奴。

 それで、次の日に目を覚ました時、忘れずにそれを出来るように備えておく、みたいな。


 彼がおいていたメモは、まさにそれです。

 常に目に入るように置いておいた、直近の予定に関するメモですね。

 それをまあ、掃除の最中に見たわけです。


 ……そしてそのメモが、私たちの大喧嘩の発端となりました。

 マリッジブルー恐るべしと言うか、誤解って怖いというか。

 私、そのメモを見て、「彼は()()()()()()()()()()()()!」って、思い込んじゃったんですよね……。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ちょくちょく永ちゃんにダメージ与えてる… [一言] どういう謎なんでしょうか 楽しみです
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