五十歩と百歩の関係
そして、僕と全く同じことを考えたのか、レアがまた口を開く。
『何故、四という数字を出したのかは、私にも分かりません。そもそも、今私が言ったことだって、証拠があるわけでも、ありません。ただ……』
「ただ?」
『先程の推理が合っていたとすると、一つ、マコトの行動に納得できる点が増えます』
そう前置いてから、レアは画面にしがみつくように両手をパソコンの枠に伸ばした。
どうやら、「大事なことなのでよく聞いて欲しい」というジェスチャーらしい。
『思い出してください。エイジの話を聞く限り、マコトは最初に謎に関しては、凄く手際が良いです。告白直後にエイジに内容を紹介していますし、答えを聞くときも、落ち着いた様子、だったのでしょう?』
「ああ、何と言うか、手慣れていた」
『だけれど、二つ目の謎に関しては、あまり手際が良くありません。強引にエイジを巻き込んだそうですし、そもそも、謎の紹介に至るまでに、時間がかかりすぎています……これだけでも、マコトは最初、四つの謎の内容について考えていなかった、と疑えると思います』
なるほど、と僕は頷く。
同時に、レアが指摘した、謎の紹介時期を思い出す。
──確かに、「第一の謎」はスムーズに言ってきたのに、「第二の謎」を明かしてくれるまでは一週間かかっているんだよな。別に、生徒会が滅茶苦茶忙しかった、とかでもないのに。そして「第三の謎」に至るまでも、かなり時間が空いた。
今思えば、これも変な話である。
仮に彼女が、告白された時から「四つの謎」について詳細に決めていたなら、こうも謎と謎の間にタイムラグがあることは、まず無いだろう。
最初の謎が解かれたとしても、予めて決めてあった次の謎を、すぐに言うだけである。
要は、普通なら、一つ解けたら次はこれ、それも解けたら次はこれ、と矢継ぎ早に提示するだろう、ということだ。
彼女としても、果たして付き合うかどうかも分からない告白相手の処理など、さっさと済ませたいはずなのだから。
しかしながら、現実にはそうなっていない。
つまり、彼女は一つ目が解けた後に提示することを決めていなかった訳で────逆説的に、レアの推理の正しさが証明される。
「しかし、そうだとすると……本当に何で、神代はあんなことを言い出したんだ?何か、合理的な理由はあるのか?」
『そうですねー、むー……いけません。今のままだと、マコトが漫画によく出てくる、意味深な予言だけして立ち去るミステリアスキャラ、になってしまいます!』
良く分かるような、さっぱり分からないような妙な例えを口にしながら、画面を手放したレアが顎に指を添える。
その動きに同調して、僕は目を瞑り、再び思考を巡らせ始めた。
しかし、それを遮るようにして────レアが、ふと、何かを思いついたような顔をする。
『むー……もしかして、ですけど』
「あれ、何か思いついたか?」
『はい!ですが……その……』
そこで突然、レアは首を捻り始める。
同時に、何事かフランス語らしき単語でブツブツと呟いた。
どうも、彼女としてもまとめきれない──勉強した日本語では表現しきれない──微妙な可能性を思い当たったようだ。
しばし、彼女は逡巡するように首を捻り続け。
やがて、意を決したように顔を上げた。
『一つ、思いつきました。突然ですけど……エイジ、良いですか?』
「……何だ?」
『えーと、ちょっとエイジからすると可哀想?……いえ、悲しい、話ですけど……その』
言いづらそうに、レアはなおも言いよどむ。
しかし、結局彼女は、それを口にした。
『あくまで可能性の話ですが……マコトが、実はエイジの告白を断りたくて、それで無理難題を吹っかけた、ということはありませんか?』
「断りたくて、無理難題……?」
『はい!その、変な女子だと思ってもらって、諦めてもらうように、と言いますか……それで、中身も決めていないのに、謎解きなんて頼んだんじゃ……。私が言うのも変ですが、日本でも普通なら、謎解きを頼まれても断る人は多いようですし』
言っているレア自身が、凄く傷ついているような顔をして、その仮説を言い切る。
それを前にしながら、僕は思考を整理する。
──要するに、穏便に告白を断りたくて、変なことを言って追い返そうとした、ということか?
それは、今までの推理とは完全に方向性の違う話。
告白を受けた神代が変なことを言い出したのではなく、そもそも告白を突っぱねたくて、妙な事を言い出したのだ、という逆転の発想。
それを聞いて、僕は────。
──結構、有り得るんじゃないか、これ。
奇妙な、納得を感じていた。
神代が、告白に対してそういう対処をするとは考えにくいが、それでも。
こう考えれば、大体の謎に説明がつくのではないか、と。
以前、「第二の謎」の時にも確認したことだが。
僕たちくらいの年代の学生が一番気にすることに、学校での雰囲気、という物がある。
誰それが誰それを振った、だとか。
誰それは仲が悪くて、最近喧嘩しただとか。
そう言った噂話が、空気感を作り、雰囲気を作り、学生たちを動かす。
もし、神代がそう言うことに敏感なタイプなら。
よりはっきり言えば────僕を振ることで、「神代さんって、告白してきた男子をこっぴどく振るらしいよ」などと噂を立てられてしまうことを、気にしたのであれば。
そしてその果てに、「告白してきた人間を酷く扱うと思われるくらいなら、少しくらい変人に思われて、告白を撤回してもらう方が楽だ」と計算したのであれば。
僕の方から告白を撤回してもらえるように、変な話を吹っかけて諦めさせる、という選択をすることも、有り得るのではないだろうか。
例えば、「付き合いたいのなら、四つの謎を解いて欲しい」などと言って、面倒臭い女子だと思ってもらうよう、取り計らったように。
僕の方から、そんなに面倒くさいんだったら、やっぱりやめます、と言ってもらうことを期待して。
これなら、「第一の謎」しか内容が決まっていなかったことも、頷ける。
流石に一つも内容を決めていないと、相手に「因みにどんな謎?」と聞かれた瞬間、簡単に嘘だとばれてしまう。
一つくらいは、提示する謎が──例え、自分が既に解答を知っていることだろうと──無いと、相手を諦めさせにくい。
──だけど、僕がその「第一の謎」を解いてしまったから……。
彼女としては、後に引けなくなった。
何せ、自分の方から謎は四つある、などと口走ってしまっている。
今更、「ごめん、実は最初から断るつもりで……」とは言いにくい。
だから、ある種の辻褄合わせとして、二つ目以降の謎を提示してきた。
今回の「第三の謎」を慌てて解かせたのも、その一環。
そうやって口約束を守っておかなければ、「平気で嘘を言う女子だ」などと言われてしまうかもしれない。
ただでさえ、あの容姿から、学内でも注目を集める存在なのだから。
──……何だろう。凄く、有り得そうな気がする。
少なくとも、今までの仮説よりも余程しっくりくる。
同時に、「そんな事、神代がするはずが無い」と断言できるほどの交流が無い、という事情もあった。
寧ろ、納得できる点が増えるくらいである。
例えば、四つという微妙な数の謎は、僕に面倒くささを感じさせて、諦めさせやすくするためだろうか。
流石に謎の数が百や二百だと、断る気満々なのがバレてしまうし、一つや二つだと少なすぎて、そのくらいなら挑戦してみようか、という気持ちにさせてしまう。
だから、四つ程度にしておいた、というあたりが真相か。
提示してきたのが、「日常の謎」ばかりだったのも、意図があったのかもしれない。
今まで解いてきて分かるように、「日常の謎」と言う物は物証が少なく、普通に解いていくと可能性を絞り切れないこともある。
彼女としては、諦めさせるための──要するに解かせる気の無い──謎なのだから、その性質も都合が良かったのだ。
……そうやって、まあまあ被害妄想めいたことを考えていると、手をぶんぶんと振りながら、レアが口を挟んだ。
『あ、いえ、エイジ。まだわかりませんよ!これが正解かどうかは……』
「……」
『その、私から言って置いて何ですけど、マコトがそんな……ええと、酷い?弄ぶ?……不誠実、なことをするようには思えませんし……』
「……まあ、僕の立場からはあまり酷い、とは言えないんだけどな、そのあたりは」
口に出していないのでレアは勿論知らないが、そもそもにして好きでもない相手に、初恋に破れた傷心を慰めて欲しいという、ふざけた理由で告白をしに行ったのは、僕の方である。
仮に、今の推理が真実で、神代が僕のことを「告白を諦めさせる気だったのにまだ諦めていない鬱陶しい奴」くらいに思っていたとしても、僕は文句を言えないだろう。
酷さで言ったら、どっちもどっちだ。
最初に言ったことの撤回を中々言い出せず、関係をズルズルと続けてしまっている、という点も似ている。
何なら、初対面の他人に迷惑を掛けたという点では、僕の方が酷いかもしれない。
そして、そんな自分も酷いことをしている、という意識が、猶更レアの推理を補強した。
自分がやった以上、彼女が似たようなことをするというのも、否定できない。
「しかし、そうなると……互いに相手のことを、思い通りにならない変な人だな、と思いながら、僕たちはこの一ヶ月くらいを過ごしていたのかな……」
最後に、そんな事を呟いてみる。
すると、その瞬間────。
『……貴方にしては、珍しく推理ミスをしたわね、桜井君。それと、レアは後でお仕置きね』
画面の向こうから、聞き慣れた声がスピーカーを震わせたのが分かった。
同時に、パソコンに映し出される光景が、さっと湯気で曇る。
最後に、レアの驚いた声が響いたのが分かったが────それが響き終わるよりも先に、画面の端から伸びてきた、風呂上りらしい血色の良い手が、レアの額をペシン、と軽く叩いた。