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バウムクーヘンと彼女と謎解きと  作者: 塚山 凍
EpisodeⅢ:五円玉二十枚の謎
35/94

五十歩と百歩の関係

 そして、僕と全く同じことを考えたのか、レアがまた口を開く。


『何故、四という数字を出したのかは、私にも分かりません。そもそも、今私が言ったことだって、証拠があるわけでも、ありません。ただ……』

「ただ?」

『先程の推理が合っていたとすると、一つ、マコトの行動に納得できる点が増えます』


 そう前置いてから、レアは画面にしがみつくように両手をパソコンの枠に伸ばした。

 どうやら、「大事なことなのでよく聞いて欲しい」というジェスチャーらしい。


『思い出してください。エイジの話を聞く限り、マコトは最初に謎に関しては、凄く手際が良いです。告白直後にエイジに内容を紹介していますし、答えを聞くときも、落ち着いた様子、だったのでしょう?』

「ああ、何と言うか、手慣れていた」

『だけれど、二つ目の謎に関しては、あまり手際が良くありません。強引にエイジを巻き込んだそうですし、そもそも、謎の紹介に至るまでに、時間がかかりすぎています……これだけでも、マコトは最初、四つの謎の内容について考えていなかった、と疑えると思います』


 なるほど、と僕は頷く。

 同時に、レアが指摘した、謎の紹介時期を思い出す。


 ──確かに、「第一の謎」はスムーズに言ってきたのに、「第二の謎」を明かしてくれるまでは一週間かかっているんだよな。別に、生徒会が滅茶苦茶忙しかった、とかでもないのに。そして「第三の謎」に至るまでも、かなり時間が空いた。


 今思えば、これも変な話である。

 仮に彼女が、告白された時から「四つの謎」について詳細に決めていたなら、こうも謎と謎の間にタイムラグがあることは、まず無いだろう。

 最初の謎が解かれたとしても、予めて決めてあった次の謎を、すぐに言うだけである。


 要は、普通なら、一つ解けたら次はこれ、それも解けたら次はこれ、と矢継ぎ早に提示するだろう、ということだ。

 彼女としても、果たして付き合うかどうかも分からない告白相手の処理など、さっさと済ませたいはずなのだから。


 しかしながら、現実にはそうなっていない。

 つまり、彼女は一つ目が解けた後に提示することを決めていなかった訳で────逆説的に、レアの推理の正しさが証明される。


「しかし、そうだとすると……本当に何で、神代はあんなことを言い出したんだ?何か、合理的な理由はあるのか?」

『そうですねー、むー……いけません。今のままだと、マコトが漫画によく出てくる、意味深な予言だけして立ち去るミステリアスキャラ、になってしまいます!』


 良く分かるような、さっぱり分からないような妙な例えを口にしながら、画面を手放したレアが顎に指を添える。

 その動きに同調して、僕は目を瞑り、再び思考を巡らせ始めた。

 しかし、それを遮るようにして────レアが、ふと、何かを思いついたような顔をする。


『むー……もしかして、ですけど』

「あれ、何か思いついたか?」

『はい!ですが……その……』


 そこで突然、レアは首を捻り始める。

 同時に、何事かフランス語らしき単語でブツブツと呟いた。


 どうも、彼女としてもまとめきれない──勉強した日本語では表現しきれない──微妙な可能性を思い当たったようだ。

 しばし、彼女は逡巡するように首を捻り続け。

 やがて、意を決したように顔を上げた。


『一つ、思いつきました。突然ですけど……エイジ、良いですか?』

「……何だ?」

『えーと、ちょっとエイジからすると可哀想?……いえ、悲しい、話ですけど……その』


 言いづらそうに、レアはなおも言いよどむ。

 しかし、結局彼女は、それを口にした。


『あくまで可能性の話ですが……マコトが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ということはありませんか?』

「断りたくて、無理難題……?」

『はい!その、変な女子だと思ってもらって、諦めてもらうように、と言いますか……それで、中身も決めていないのに、謎解きなんて頼んだんじゃ……。私が言うのも変ですが、日本でも普通なら、謎解きを頼まれても断る人は多いようですし』


 言っているレア自身が、凄く傷ついているような顔をして、その仮説を言い切る。

 それを前にしながら、僕は思考を整理する。


 ──要するに、穏便に告白を断りたくて、変なことを言って追い返そうとした、ということか?


 それは、今までの推理とは完全に方向性の違う話。

 告白を受けた神代が変なことを言い出したのではなく、そもそも告白を突っぱねたくて、妙な事を言い出したのだ、という逆転の発想。

 それを聞いて、僕は────。


 ──結構、有り得るんじゃないか、これ。


 奇妙な、納得を感じていた。

 神代が、告白に対してそういう対処をするとは考えにくいが、それでも。

 こう考えれば、大体の謎に説明がつくのではないか、と。


 以前、「第二の謎」の時にも確認したことだが。

 僕たちくらいの年代の学生が一番気にすることに、学校での雰囲気、という物がある。


 誰それが誰それを振った、だとか。

 誰それは仲が悪くて、最近喧嘩しただとか。

 そう言った噂話が、空気感を作り、雰囲気を作り、学生たちを動かす。


 もし、神代がそう言うことに敏感なタイプなら。

 よりはっきり言えば────僕を振ることで、「神代さんって、告白してきた男子をこっぴどく振るらしいよ」などと噂を立てられてしまうことを、気にしたのであれば。

 そしてその果てに、「告白してきた人間を酷く扱うと思われるくらいなら、少しくらい変人に思われて、告白を撤回してもらう方が楽だ」と計算したのであれば。


 僕の方から告白を撤回してもらえるように、変な話を吹っかけて諦めさせる、という選択をすることも、有り得るのではないだろうか。

 例えば、「付き合いたいのなら、四つの謎を解いて欲しい」などと言って、面倒臭い女子だと思ってもらうよう、取り計らったように。

 僕の方から、そんなに面倒くさいんだったら、やっぱりやめます、と言ってもらうことを期待して。


 これなら、「第一の謎」しか内容が決まっていなかったことも、頷ける。

 流石に一つも内容を決めていないと、相手に「因みにどんな謎?」と聞かれた瞬間、簡単に嘘だとばれてしまう。

 一つくらいは、提示する謎が──例え、自分が既に解答を知っていることだろうと──無いと、相手を諦めさせにくい。


 ──だけど、僕がその「第一の謎」を解いてしまったから……。


 彼女としては、後に引けなくなった。

 何せ、自分の方から謎は四つある、などと口走ってしまっている。

 今更、「ごめん、実は最初から断るつもりで……」とは言いにくい。


 だから、ある種の辻褄合わせとして、二つ目以降の謎を提示してきた。

 今回の「第三の謎」を慌てて解かせたのも、その一環。


 そうやって口約束を守っておかなければ、「平気で嘘を言う女子だ」などと言われてしまうかもしれない。

 ただでさえ、あの容姿から、学内でも注目を集める存在なのだから。


 ──……何だろう。凄く、有り得そうな気がする。


 少なくとも、今までの仮説よりも余程しっくりくる。

 同時に、「そんな事、神代がするはずが無い」と断言できるほどの交流が無い、という事情もあった。

 寧ろ、納得できる点が増えるくらいである。


 例えば、四つという微妙な数の謎は、僕に面倒くささを感じさせて、諦めさせやすくするためだろうか。

 流石に謎の数が百や二百だと、断る気満々なのがバレてしまうし、一つや二つだと少なすぎて、そのくらいなら挑戦してみようか、という気持ちにさせてしまう。

 だから、四つ程度にしておいた、というあたりが真相か。


 提示してきたのが、「日常の謎」ばかりだったのも、意図があったのかもしれない。

 今まで解いてきて分かるように、「日常の謎」と言う物は物証が少なく、普通に解いていくと可能性を絞り切れないこともある。

 彼女としては、諦めさせるための──要するに解かせる気の無い──謎なのだから、その性質も都合が良かったのだ。




 ……そうやって、まあまあ被害妄想めいたことを考えていると、手をぶんぶんと振りながら、レアが口を挟んだ。


『あ、いえ、エイジ。まだわかりませんよ!これが正解かどうかは……』

「……」

『その、私から言って置いて何ですけど、マコトがそんな……ええと、酷い?弄ぶ?……不誠実、なことをするようには思えませんし……』

「……まあ、僕の立場からはあまり酷い、とは言えないんだけどな、そのあたりは」


 口に出していないのでレアは勿論知らないが、そもそもにして好きでもない相手に、初恋に破れた傷心を慰めて欲しいという、ふざけた理由で告白をしに行ったのは、僕の方である。

 仮に、今の推理が真実で、神代が僕のことを「告白を諦めさせる気だったのにまだ諦めていない鬱陶しい奴」くらいに思っていたとしても、僕は文句を言えないだろう。


 酷さで言ったら、どっちもどっちだ。

 最初に言ったことの撤回を中々言い出せず、関係をズルズルと続けてしまっている、という点も似ている。

 何なら、初対面の他人に迷惑を掛けたという点では、僕の方が酷いかもしれない。


 そして、そんな自分も酷いことをしている、という意識が、猶更レアの推理を補強した。

 自分がやった以上、彼女が似たようなことをするというのも、否定できない。


「しかし、そうなると……互いに相手のことを、思い通りにならない変な人だな、と思いながら、僕たちはこの一ヶ月くらいを過ごしていたのかな……」


 最後に、そんな事を呟いてみる。

 すると、その瞬間────。




『……貴方にしては、珍しく推理ミスをしたわね、桜井君。それと、レアは後でお仕置きね』




 画面の向こうから、聞き慣れた声がスピーカーを震わせたのが分かった。

 同時に、パソコンに映し出される光景が、さっと湯気で曇る。

 最後に、レアの驚いた声が響いたのが分かったが────それが響き終わるよりも先に、画面の端から伸びてきた、風呂上りらしい血色の良い手が、レアの額をペシン、と軽く叩いた。

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